Project-YUCA


第四話 迎えるべき終末



「ねぇっ、美味しい?」
「うーん、ちょっとコゲた所が苦いな。」
「お兄ちゃんがなかなか起きてくれないからだよ〜っ」
「ごめんごめん」

長谷川豊は、誕生して60時間足らずの由香が焼いたトーストを ほおばっていた。由香と向かえる朝に幸せを感じていた。

「由香ぁ、研究所に行くぞぉ。早くしろぉ」
「ちょっと待ってぇっ。えっとぉ、どっち着ようかなぁ。迷っちゃうぅ。」
「どっちでもいいだろぉ。もう一着は明日着ればいいんだからぁ。」

やはり女の子だなと思いながら、長谷川豊はタバコに火を付けた。

「おはようございまーすっ」

由香の明るい声が殺風景な検査室に響く。 研究員達の顔まで明るくなる。すっかり由香のペースになってるようだ。 由香を検査室に残し、長谷川豊は高橋繁の研究室に向かった。

「昨日のことなんだけど。」
「あぁ、由香の記憶データは追加されてたよ。 精神プログラムも操作されてるようだ。」
「だろうな。で、あの後にちょっと....」
「また何かあったのか?」

長谷川豊は、由香の記憶を操作されたらしく苦しみ出したことを 話した。

「あぁ、明らかに操作されてるな。昨日の午前中に。」
「全く許せないよ。一体誰がっ。」
「なぁ長谷川、そこまでできる人間って限られてないか。」
「え?」
「だって、精神プログラムを書き換えたり、記憶を操作したりするには、 俺のマシンにアクセスできなきゃならないだろ。」
「あぁ、さらに記憶操作のためのマシンにもだ。」
「とすると、ただ一人だけ、どのマシンにもアクセスできる人間がいる。 それも、スーパーユーザとしてだ。」
「相馬佳男所長...」
「そう。」
「ちきしょうっ。」
「なぁ、長谷川。これ以上は深追いしない方がよくないか。」
「なぜだよ!」
「相手が所長じゃ調べるのは無理だよ。 所長にしかアクセスできないマシンだって沢山あるんだぜ。」
「しかし...」
「しかも、決定的な証拠がなけりゃ、認めさせられないだろ。」
「そうかぁ。」
「なぁ長谷川、いけないことだったのかなぁ。」
「何っ?」
「由香は確かに普通の少女として作られるはずだった。 でも、次のクローン人間で今の由香と同じ研究をしてたはずなんだ。 ちょっと早くなっただけじゃないか。」
「しかし、由香にだって感情や意思はあるし、人生があるだろ。」
「長谷川、冷静になれ。由香は研究対象なんだ。俺達の成果物なんだよ。」
「また昼前に来るよ。それまで考えてみる。」
「あぁ、待ってるよ。」

長谷川豊は自分の研究室に入った。 高橋繁が最後に言ったことが正しいのかもしれない。 しかし、どうしても納得することはできなかった。

(由香は自分をペットだと言った。なぜだ。 あの世と交信できる人間、人間を越える新たな人間、 それが何でペットだなんて言うんだ。)

(だいたい、次の予定だった研究を先にやっただけなら、 なぜ俺達に隠そうとするんだ。)

 長谷川豊は再び調べずにいられなくなった。 Project-YUCAのメイリングリストの過去のログを全て読んでみた。 これまで、どうしても技術面の話題中心に読んでいたから、 もしかしたら、 管理面のメールに重要なのがあったかもしれないと思ったのだ。 また、自分がこのプロジェクトに回される前のメールは 読んでなかったので、最初から全て読むことにした。

「おかしい、初期のメールが削除されている。」

まぎれもない事実だった。明らかに幾つかのメールが消されている。

「ないっ。ペットに関する記述なんてないっ。」

いくら読んでもペットに関する記述はなかった。

「はっ。これは....」

一つだけ、気になるメールがあった。

『当プロジェクトを悪用しようとする動きがある。 所外における研究に関する言動に注意すること。 また、自分の身辺に注意すること。』

相馬佳男所長の発信したメールだ。 そして、次のメールも相馬佳男所長のメールだった。

『Project-YUCAのYUCAとは "Yonder Uranic Colonists' Association" である。 これまで、誤った記述があったが、徹底するように。 今後、これ以外の記述を認めない。』

発信した時間から、ほぼ続けて発信したことがわかる。 さらに、それに対するリプライが続いた。

『YUCAの意味について、自分が聞いた物と違います。』
『私が認識しているものとも違います。』

そういうメールが続いている。ほぼ全員からだ。
それに対して、所長は

『そっちが間違っているだけだ。今後、この話題に触れることを禁ずる』

と強引に押し通している。 明らかに不自然である。
 今度は、資料室に向かうことにした。 ここに、プロジェクトの初期段階からの書類が保存されてるのだ。 片っ端から目次を見る。YUCAに関する記述。そして、ペットに関する記述を 探した。

「あっ。」

それはProject-YUCA発足時の資料だった。
"Yonder Uranic Colonists' Association" の Colonists' Association の部分が後から修正液で消され、 書き直されている。

「やはり、最初は違う意味だったんだ!なんて書いてあったんだ!?」

長谷川豊は裏から透かして見たり、なんとか見ようとした。

"Colonists and Autocrat"

確かにそう読めた。

「開拓者達と独裁者....それをクローンで作る.....」

長谷川豊は、頭の中で何かが組み上がったような気がした。 すぐに高橋繁の研究室に向かった。
 いつの間にか昼前になっていた。

「あ、お兄ちゃん。」
「あれ!?由香もいたのか。」
「あぁ、検査が早めに終わったもんで、 お前がここに来るって言ってたから、ここに連れて来たんだ。」
「おい、いい子にしてたか。」
「うんっ。大丈夫。」
「ちょっと俺達話があるんだ。由香は俺の研究室で待っててくれないかな。」
「うん。わかった。お兄ちゃんっすぐ来てよぉ。」
「わかってるさ。」

 由香がドアに向かって歩き出した足を途中で止めた。

「あ、お母さんだ。お母さんだぁ。お母さんっ。お母さんっ」

由香が高橋繁のマシンに愛しそうにすがり付いた。 高橋繁はマシンに駆け寄ると、接続されていた何かの装置のコネクタを 外そうとした。由香が血相を変えて高橋繁の腕を押さえた。

「だめーーっ。お母さんを壊さないでっ。やだぁーーーっ。 やだよぉっ。お母さんを壊しちゃやだぁーーーーーーっ。 やめてぇーーーーっ。お願いだからぁーーーっ。 やだぁあーーっ。お母さぁんっ。お母さぁん。お母さーーーーん。」
由香が真っ赤な顔で大粒の涙をボロボロとこぼし泣き叫び続けている。

「どういうことだっ!高橋っ!」
「ちっ.....」

高橋繁は手を離した。

「うわあーーーーーん。」

由香の泣き声だけが続いた。

「なぜ、由香がおまえのマシンを母親というんだっ。答えろ!」

高橋繁は自分の机の引き出しを開けた。

「それはなぁ.....こういうことだよっ」

高橋繁が出したのは拳銃だった。

「お兄ちゃんっ!危ないっ!!」

泣き崩れていた由香が長谷川豊に飛び付いた。 乾いた銃声が響き渡った。


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