Project-YUCA


第五話 破綻



「あっ....」

長谷川豊に抱きついた由香が小さく叫んだ。 由香の背中から赤い血しぶきが流れ出し、ゆっくりと崩れ落ちていく。

「由香ぁーっ。」

長谷川豊が由香に飛び付き抱き上げた。 腿の上に横たえられた由香の背中から流れ出す血が暖かい感触を 長谷川豊に与えている。

「医療部を呼べっ!!」

銃声を聞いて駆けつけた研究員達に長谷川豊が叫んだ。 相馬所長は、入ってくるなり、近くの研究員に指示を出し、 近くの端末からどこかにアクセスを始めた。

「あ、井上綾さんをお願いします。はい、所長からのご指示です。」

指示を受けた研究員がどこかに電話している。

「由香ーーーーっ。どうしてっ.....」
「私ね...ペットだから....飼い主を....守らなきゃ...いけないんだ...」

由香の胸が大きく波をうっている。 苦しそうな呼吸の中で由香は喋り続けた。

「お兄ちゃん...大丈夫?...」
「あぁ、俺は何でもないよ。」
「良かった...最後に....ペットらしいこと...できて....」
「違うっ。おまえは人間だ。ペットなんかじゃないっ。」
「お兄ちゃん...この前はペットでいいって...言った...じゃない....」
「俺が悪かったんだ。ごめん。」
「いいんだよ....これで....」

由香の目が虚ろになってきた。

「あぁ...もっと...お兄ちゃんの....お顔...見ていたいのに.... 目が....見えなく...なって...来ちゃった...」
「由香ぁーーーっ」
「ごめんね....明日から...起こして...あげられない...みたい... 朝ごはんも....作って...れないや...ごめんね....」
「そんなことないっ。おまえが生きるんだっ。ずっとずっと生きるんだよ!」
「ごめん...なさい...私...ペット...だけど..... いくら....飼い主様の....命令でも....できない..ことは.... できない..の....ペット....失格だ..ね...」
「由香はちゃんとした人間なんだよっ!」
「人間か....あぁ...もう一つの....お洋服.....着たかった....な... 海にも...行きたかったし.....お山にも..... 頂上で....おにぎり...食べるんだ....美味しいだろ...な...」
「あぁ、行こう。これから行けばいいじゃないかっ!」
「もう....無理...だよ.....でもね....私....幸せだったよ.... お兄ちゃんと....いられて.....本当に....幸せだっ.......」
「由香ぁーーーーっ。由香ぁーーーーーーーーーーーーーっ!」

由香の身体がピクンと揺れ、それきり動かなくなった。 わずか65時間という、由香の短い生涯が幕を閉じた。 由香の顔に長谷川豊の涙が次々と落ちた。
「高橋っ。きさまっよくも由香をっ」

長谷川豊が高橋繁を殴りつけた。 高橋繁が5mほど飛んだ。

「お前かっ。 Project-YUCA の当初、 "Yonger Uranic Colonists and Autocrat"だった頃、 このプロジェクトを悪用しようとしてる連中がいると通知された。 おまえが、そのスパイだったのかっ。」

長谷川豊が怒りをぶつけて怒鳴った。

「高橋君、とんでもないことをしてくれたね。」

銃声を聞いて駆け付けた相馬佳男所長の表情も険しい。

「ちっ。これまでか。 そうさ。このプロジェクトはなぁ、ただ従来の人間を越える能力を 持った新しい人間を作るだけじゃない。肉体労働に向いている Colonists と、政治家など統率力などに優れた Autocrat を作るというものだ。 Colonists はあちこちの戦争に兵隊として使えるし、 Autocrat は Colonists を指揮するだけでなく、 相手国に潜入させ、思いのままに政治を動かすこともできる。 しかも、クローン人間なら死んだって悲しむ家族がいる訳じゃないし、 いくらでも補充できるからな。商売になるんだよ。」
「それじゃ売られるクローン人間の気持ちはどうなるんだっ!」
「そこでテレパシーが重要なのさ。Autocratの指示通りに動かすためにな」
「だから、由香にテレパシー能力を与えたのかっ」
「そうだよ。俺のマシンでAIを動かしてな。それを母親と思わせることで 由香を自由に動かすテストをしてたんだ。 夜中に由香が『お母さんと話してた』って言った時に指示を与えてたんだ。 次の朝、由香はお前を起こしただろ。あれがその指示だ。」
「この野郎...それは次のクローン人間でテストするんじゃないのかっ。」
「そうなんだけどよぉ。あちこちから早くしろって言われてるんだ。 既に買手がついてるもんでね。」
「それで由香を...」
「全く、これが男ならすぐに Colonist の製作にかかれたのによ。 どっかの誰かさんが少女にしちまったからなぁ。 だから、兵士って訳にもいかないからペットってことにしたんだ。」
「そのために、由香は死んだんだぞっ!」
「あぁ、実験は成功さ。自分の命を捨ててまで飼い主を助けたんだ。」
「由香の気持ちはどうなるっ!死ぬ直前の由香の言葉を聞いたろ! 由香にはやりたいことが沢山あったんだっ!」
「普通の少女の精神プログラムをベースにしたのが失敗だったようだな。 おまえの話をきいて、記憶を操作したが間に合わなかったようだな。」
「黒幕は誰だっ。」
「さぁなぁ、そこまでは教えられねぇな。あばよっ。」

高橋繁は自分の頭に拳銃を向け引き金を引いた。 二度目の銃声が響き渡った。 全員が呆然とした。

「所長、これからどうしますか。」

我に帰った長谷川豊が相馬佳男所長にきいた。

「高橋君は自殺として警察を呼ぶしかあるまい。 由香については、既に処置を指示した。 長谷川君。実験対象に感情移入していたら、 この先の研究はできないぞ。」
「ですが、やはり人間の精神や考えを操作するってのは、 やはり許されないことのように思います。」
「そうか。では他の研究に回ってもらうことになるが...」
「いえ、辞めさせて頂きます。」

長谷川豊は横たわった2つの死体を見ながら言った。


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