Project-YUCA


第二部

第一話 まだ見ぬ人との出会い



「きゃあーーーーーーーーーーー」

前方からの強い圧力で後退した由香の身体が空中に踊り出た。 そのまま崖下の岩場へと急激に落下していく。岩場が急速に近付く。 パニックになりそうな頭の一方で、由香は「なんとかしなきゃ」と 考えた。脳を100%活用できるように作られたクローン少女のためだろうか。

(少しでも軟らかく着陸したい。)

それだけは確かだった。 岩場に向けて由香は両腕両脚を延ばし、眼を閉じた。 一瞬の出来事のはずだが、長く感じる。 (ぐしゃっ)という音と共に、両腕両脚が岩場を擦り抜けるような感覚があった。 由香はそっと眼を開け起き上がろうとした。 しかし両腕両脚が自由に動かない。 由香は自分の両腕を見た。 両腕共に上腕部の途中から砕け散り消滅していた。 引きちぎられたような断面から血が吹き出している。 額から流れている血を拭うことすらできない。 由香の眼から涙が流れ始めた。 胴をもぞもぞと動かして仰向けになる。 由香の美しかった両脚も大腿部の途中から砕け散り跡形も無くなっていた。 周囲には、由香の両腕両脚であった肉片が血まみれになって散乱している。 両腕両脚からの出血は止まりそうにない。

「お兄ちゃん...」

由香の眼からどんどんと涙が出て来る。 ふと、崖の上から大きな鳥が羽根を広げ、 由香に向かって急降下してくるのが見えた。

「助けてぇえーーーーーーーーーーー」

由香の絶叫が響き渡った。

由香は自分の声に驚いて飛び起きた。 いつもの部屋だった。かなり息が荒くなっている。 カーテンの合間から月明かりが差し込んでいる。 隣の布団では長谷川豊がいびきをかいて眠っている。

「お兄ちゃん....」

涙声で由香が長谷川豊を呼んだ。

「お兄ちゃん....」

しかし、長谷川豊が起きる気配は全くない。 その時だった。

「どうしたの?」

由香の頭の中に女性の声が聞こえた。 それは明らかに年上と思われる暖かく優しい声だった。

「怖い夢を見たの。崖から落ちてね。手と脚がなくなっちゃうの。」

怖くなっていた由香はすがり付くような気持ちで答えた。 テレパシーに関する知識を持たない由香であったが、 能力は潜在的に持っているため使うことができたのだ。 その能力を呼び起こす程の恐怖心だったのかもしれない。

「そう。大丈夫よ。もう大丈夫だからね。お名前は?」
「相馬由香。お姉ちゃんは?」
「私は今井恭子。私が由香ちゃんのこと守ってあげるから、 安心してお休みなさい。」
「うん、恭子姉ちゃん、ありがとう。」
「おやすみなさい。」
「おやすみなさーい。」


 いつも先に起きて朝食の準備をしてから長谷川豊を起こすのが 日課となっている由香が、その朝は寝坊をした。 長谷川豊が起きても由香はまだ寝ていたのだ。
 既に由香は毎日行われていた確認検査を終え、後は定期的に能力検査を 行うだけになっていた。長谷川豊が勤務し、クローン少女の由香を 作り出した相馬生物学研究所は自由時間制となっていたため、 今日のように由香の検査がなければ、長谷川豊は自由な時間に 研究所に出勤すれば良いことになっていた。 長谷川豊が朝食の準備をしていると、音で目が覚めたのか、 目を擦りながら由香が起きてきた。

「お兄ちゃん....おはよう....」
「どうしたんだ。由香が寝坊するなんて珍しいじゃないか。」
「うーん、夜中に怖い夢を見てね....」

由香は昨晩の出来事を話した。

「その女の人からの声も夢だったんじゃないか?」
「違うもん。夢じゃないもん。本当にお話ししたんだもん。」

長谷川豊は由香のテレパシー能力が目覚めたことを確信した。 由香は通常の人間と異なり、脳の全てを活用できるようになっている。 だからいかなる能力に目覚めても不思議ではない。 まして、テレパシー能力があることは本人の記憶が消されているだけで、 使ったことがあるのだ。

「そうかぁ!?それより今日はどうする?研究所に来るか?」
「うーん、留守番してる。」

検査が無い日でも、留守番はつまらないからという理由で 由香は研究所に来ることがあった。彼女にとっては、 生まれた場所だし。研究者達が唯一の知り合いなのだ。

「じゃあ、これ昼飯代。」

長谷川豊は由香に昼飯代を渡すとアパートを出た。 その時、コートを着た人影が曲がり角の影に姿を隠したのを 長谷川豊は気が付かなかった。


 研究所に着くと相馬佳男所長の所に由香の様子を報告に行く。 今日は、由香のテレパシー能力が目覚めたらしいことを報告せねばならない。 由香の普段の行動の全てが研究の一部になっているのだ。

「そうか。テレパシーが目覚めたか。」
「と思われます。」
「まぁ、元もと目覚めていた能力だ。単に記憶を消して 使うことがわからない様にしていただけだからな。 よほど、その夢が怖くて、それで無意識に使ったのだろう。」
「だろうと思います。しかし、相手が気になります。」
「テレパシーを持った人間がいるということがか?」
「はい。」
「それは不思議じゃないぞ。超能力を研究しとる所もあるしな。 そういう能力を持った人間の一覧等も作成されているらしいぞ。」
「そういうもんですか。」
「なんならN2班の内山和輝君の所に聞きに行きたまえ。 彼が超能力担当だからな。」
「わかりました。」


その頃、由香は掃除を終え、洗濯物も干し終わっていた。

「お姉ちゃん。恭子お姉ちゃん。」

昨日のように、今井恭子を呼んでみた。 しかし、何度呼んでも返答はない。

(やっぱり夢だったのかなぁ)

そう考え、呼ぶのをやめると。昼飯を買うため、 近所のコンビニに向かった。 最近では見慣れた町並みであったが、由香は何か違和感を感じていた。

「なんだろ。なんか変だなぁ。」

それが、誰かに見られているような感じがであることに 由香が気付くのはしばらくしてからだった。


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