Project-YUCA


第四話 由香のささやかな戦い



「キャー痴漢ーーーー!!」

由香が叫んで、長谷川豊の所へと戻ろうとした。 脚に草がからまって走りにくい。 もう少しで元の道に出られるという時だった。

「死ねぇっ」

コートの人物は両手を由香に向けて伸ばした。 すると、由香の身体が何か強い力で押されたように、 道の反対側の木に向けて吹き飛ばされる。 テレキネシスを使っているのだった。

「ぐっ」

由香は全身を木にぶつけられ、うめき声を上げると座り込んだ。

「由香ぁーーーーーっ。」

長谷川豊は慌てて由香に駆け寄った。

「由香っ、大丈夫かっ。」
「うん。」

由香は脅えた表情になっている。 どうやら、由香を持ち上げるのが精一杯で、 あまりダメージを与えられなかったようだ。

「ふっ。安心しな。私は女だ。」

コートの人物は帽子とサングラスを取ると、 帽子に隠されていた長い髪が垂れた。 色の白い無表情な少女だった。 体つきから察するに、由香より5〜6才くらい年上で17〜18才くらいだろうか。 無表情なため、冷たい印象である。 細い首に銀色のリングが光っている。

「私はヘルエンジェル。お前を殺しに来た。」
「何のためだっ。」

長谷川豊が食い付くように叫んだ。

「私が一番であることを、私が完璧な存在であることを 証明するために。」

ヘルエンジェルがまた両手を上げ始めた。 長谷川豊は足元に落ちていた石を拾い、 ヘルエンジェルの腕めがけて投げ付けた。

「うっ」

ヘルエンジェルの手が下がる。 すかさず、もう一つを脚に向けて投げ付ける。

「くっ」

ヘルエンジェルはあまり表情を変えず、脚を抑えた。 長谷川豊は由香をおぶって走り始めた。 ヘルエンジェルは脚を痛めているから、逃げ切れるはずだと思っていた。 木々がどんどん背後へと去って行く。長谷川豊の息がはずんでくる。 しばらくして、登山道は二股に分かれていた。 細い方の道を選んでそのまま走り続ける。 突然、開けた場所に出た。展望広場であった。

(まずい、どこかに隠れなきゃ)

そう思った時だった。

バサッバサッバサッバサッ

大きな羽音が聞こえた。ヘルエンジェルが二人の前に降り立ったのだ。 咄嗟のことで二人は驚き、由香は長谷川豊の背中から降りた。

ヘルエンジェルはコートを脱いでいた。 下には白い水着かレオタードのような物を着ていた。 背中は大きく開き、白い素肌が出ていた。 その部分から、白鳥を思わせる白い翼が伸びている。

「君は....」
「私は現在の人類を越えた、新たに地球を制覇するもの。 その手始めとして、そのクローン少女に死んでもらう。 私の方が完璧な存在であることを証明するために。」
「今井博士に作られたのか。」
「そうだ。」
「なら、君は騙されている。 今井博士は君を、君の仲間を売ろうとしてるんだよ。 各国の軍隊に兵士として売ろうとしてるんだ。 兵士として殺されるために売られるんだっ!」
「嘘だ!貴様なんかに何がわかるっ!」
「今井博士は、以前うちの所長の助手だったんだ。 だが開発した技術を悪用し、最強の兵士を製造して 各国の軍隊に売ろうとしたんだ。 それがバレて研究所を追放されたんだよ」
「過去は過去にすぎない。」
「違う。過去じゃない。 現にうちの研究所にスパイを送り込んでいたんだ。」
「嘘だ!」
「嘘じゃない。高橋繁という名前を知らないか。」
「えぇーい、うるさいっ。 私はそのクローン少女を殺せばいいのさ! 貴様は邪魔だっ」

ヘルエンジェルは長谷川豊を追い払うように手を動かした。 それだけで、長谷川豊の身体が数10mくらい飛ばされる。 ヘルエンジェルは由香に向けて両手を開き、 由香を押すように前に伸ばした。 由香の身体が軽々と飛ばされる。

「あ゛っ」

由香の叫び声が聞こえる。 ヘルエンジェルは伸ばした腕を上げた。 すると土が剥がれ、石や木々の枝などと共に空中に浮かぶ。 手を握りながら両腕を胸の前で交差させ、 再び手を開いて由香に向けて伸ばす。 すると、空中に浮かんでいた物が凄い勢いで由香にぶつかって行く。

「きゃーーー」
「由香ぁーーーっ」

ヘルエンジェルは攻撃の手を休めない。 手を木に向け、握るようにして由香に投げ付けるような動さをする。 すると、木が抜け由香に向けて飛んで行く。

「由香!逃げるんだっ!!」
「ぎゃっ」

由香が逃げるより先に木は由香に激突した。 由香は倒れたが、一瞬の間があってから、むくっと起き上がった。

「う゛っ....う゛っ....う゛っ....」

由香が目にいっぱい涙をためている。

「私....何もしてないのに....酷いよぉ..... 私何もしてないじゃない......なのに......」

由香は涙声で呟き始めた。 泣く子にはかなわないという。 今、由香はその無敵状態になろうとしていた。

「あたしっなにもしてないのにぃいいいいいいいいいいいいいっ」

由香はボロボロと涙を流しながら叫び、両手を上に伸ばした。 この時由香のテレキネシス能力は完全に目覚めた。 正に無敵状態になるはずである。 ヘルエンジェルに比べれば小さなものとはいえ、 土塊や石や小枝などが空中に浮かぶ。 あとはヘルエンジェルに向けて投げれば良いだけだ。 ところが....

「あ゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん」

由香は号泣しており、そんな冷静な行動をとれる状態ではなかった。

「あ゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん」

由香は泣き叫びながら上げた手をめちゃくちゃに振り回し始めた。 空中に浮かんでいた物が四方八方にめちゃくちゃに飛んで行く。 その一部は長谷川豊の所にも飛んで行った。

「いてっ。由香っ!ちゃんと目を開けるんだ!! 相手を見るんだ!!いてっ」
「あ゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん」

既に由香の耳に入る状態ではなかった。 無敵ではあるが、誰の見方でもない状態になっていた。

その時、長谷川豊の隣に人影が現れた。

「何の騒ぎなのよっ、これはっ。痛っ」
「あ、井上さん」

長谷川豊の同僚の研究員の井上綾だった。 白衣に大人の女性らしい滑らかな曲線が浮かんでいる。 ウェーブした髪も大人の女性らしさを醸し出していた。 そしてタイトのミニスカートが意思の強さを感じさせてる。

「遅くなってごめんね。車の発信機で追ってたんだけど、 途中で見失ったから。」
「なんとかならないかなぁ。この状況っ。」
「ちょっと待ってね。あの首についてるリングがね、 もしかしたら、わかるかもしれないのよ。」

井上綾はアタッシュケースを開け、 中から何かの機械を出して準備し始めた。

「ヘルエンジェルのか?」
「そう。あれもニューロリングじゃないかと思うの。 ニューロリングは今井博士が所長の助手をしてた時に 作ったものだそうだし。痛いっ。」

まだ、いろんな物が二人の所にも飛んで来る。

「やっぱりそうだわ。これなら外せるっ。」
「外れるとどうなるんだよ。」
「ヘルエンジェルの精神を操作している指令が絶たれるのよ。 おそらく攻撃が止まるわ。」
「今は由香の方が危ないような...」

ヘルエンジェルは翼を広げて飛びながら上下左右に逃げて、 由香の攻撃をかわすのに精一杯のようだった。

「あれはね、特定の周波数の電磁波を当てると、 ロック機構が動作しなくなってはずれるの。 はいっ。これをヘルエンジェルの首輪めがけて打って!」

井上綾は、何か銃のような物を出した。

「俺がか!?」
「そうよ。」
「この状況だぜぇ!?」
「男でしょお!?」

長谷川豊は何かを言いたそうに口をパクパクさせた後、その銃を構えた。 しかし、ヘルエンジェルも動き回っており、 なかなか照準が定まらない。

由香が疲れたようで。腕をだらんと下げた。 飛び回っていた物が地面に落ちる。

「っく....ひっく.....ひっく.......」

由香の嗚咽はまだ続いている。 ヘルエンジェルの動きも止まる。

「今だ!」

長谷川豊が銃を打った。 ちょうどその時、

「うざったい子ねぇ。とどめを刺してやるわっ。ヘルグランバーストッ」
ヘルエンジェルが空中に停止したまま、 両手を由香に向けて伸ばした。 その声と動作に反応したように、由香の数メートル手前の地面が盛り上がり、 次の瞬間、轟音と共に盛り上がった地面が爆発した。 由香が爆風で飛ばされるのと、 ヘルエンジェルの首輪が取れたのはほぼ同時であった。 由香の身体に木々が当たり、後に飛ばされた。 そのまま展望台の手摺を越える。

「きゃあーーーーーー」

由香が叫びながら展望台から落下して行った。


第二部最終話へ



「笹見礼の空想小説集」に戻る





このページの内容を複製、および引用することを禁止します。
リンクされる方は、http://www.kt.rim.or.jp/~sasami/rei/index.htmlの方に お願いします。
その際には、下記まで連絡を下さると幸いです。

笹見 礼(高橋智彦) / Rei Sasami(Tomohiko Takahashi) / sasami@kt.rim.or.jp