Project-YUCA


第二部

最終話 出会い



首輪が外れたヘルエンジェルは、 一瞬状況が把握できないような表情になった。 普通の少女がキョトンとしたような、自然な表情だ。

「きゃあーーーーーー」

しかし次の瞬間、落下していく由香の叫び声を聞いた途端、 真剣な表情に変わった。 ヘルエンジェルは、落下していく由香を猛スピードで追って飛んだ。

一瞬の出来事のはずなのに、由香には凄く長く感じられた。 自分達が居た展望広場がどんどん遠ざかって行く。 ヘルエンジェルが猛スピードで飛んで来るのが見える。 ふと、この前に見た悪夢を思い出した。 今井恭子と初めて話したきっかけになった夢だ。 両腕両脚がもぎ取れた自分の姿が脳裏に浮かぶ。

(怖いよぉーーーーーーーー)

思わず目を閉じて由香は心の中で叫んだ。

と、その時だった。 由香の身体が何かに支えられ、空中で停止した。 そっと目を開けてみる。そこにはヘルエンジェルの顔があった。 由香は反射的にもがいて逃れようとした。 しかし、ヘルエンジェルの顔に暖かい表情があるのに気付き、 じっとしていることにした。

「間に合ってよかったぁ。ごめんね。由香ちゃん。」

ヘルエンジェルの口から出た言葉は由香に衝撃を与えていた。

「その声.....」

先程までの、感情のない低い声と異なり、 とても優しい、まるで別人のような声であった。 そして、由香が慕い続けた声だった。

「恭子お姉ちゃんなの?」
「うん、やっと会えたね。」
「会いたかったよぉ、恭子お姉ちゃああああん。」

由香は安堵と嬉しさのあまり、思わず抱きついた。 恭子の背中に回した由香の手は見事に羽根の付け根を押さえた。

「あ、由香ちゃんダメッ。そこ押さえたら落ちちゃうっ」

恭子の慌てた声を響かせつつ、二人はきりもみ状態で落下して行った。

「あ、ごめんなさいっ。」

由香は慌てて離し落下が止まった。

「何やってんだぁ!?あの二人。」

展望台の上から眺めていた長谷川豊が呟いた。


展望台に二人が上がって来た。

「お兄ちゃん、恭子お姉ちゃんだっ。恭子お姉ちゃんだよっ」

由香は嬉しそうだ。 たった今まで自分を殺そうとしていた人間であることなど 由香には関係ないようだ。

「これからどうするんだ?」

長谷川豊は重い表情を隠すように俯いてきいた。

「もう一度、今井博士の所に戻る?」

井上綾が首輪を差し出して冷たく言った。 恭子は首輪を受け取った。

「戻るのかっ!?」

長谷川豊が責めるように叫んだ。 一瞬驚いたように恭子の身体が震えた。

「初めてのお友達の由香ちゃんを私は殺そうとしました。 たった一人のお友達だったのに..... たとえ由香ちゃんが許してくれても、私が許せません。 それに、こんな羽根の生えた身体では社会で生きていけないでしょう。」

恭子の眼から一筋の涙がこぼれた。

「この首輪が外れた時点で、私が由香ちゃんを殺せなかったことは 研究所が気付いています。戻っても分解されるはずです。 死んでお詫び致します。」

また一筋、涙がこぼれた。

「私が首輪を付ける前に、皆さん逃げてください。」

首輪を持った恭子の手が首へと動いた。

「待てよ。償うというのなら、死ぬばかりが方法じゃないだろ」

一度、恭子の手が止まった。 しかし、また首へと動き始める。

「由香をもう一度苦しめるというのか。」

再び、恭子の手が止まった。 もう少しで首輪は、恭子の首にはまる所まで来ている。

「由香にとっても、初めての友達なんだぞ。 その友達を失う悲しみは君が一番良く知ってるだろ。」
「恭子お姉ちゃん、死んじゃやだよっ。」
「ごめんなさぁい....」

恭子は座り込んで泣き始めた。

「君が戻って分解されたとしても、 君のような人間がまた作られるだけだろう。 同じ不幸を繰り返してもいいのか!?」
「でも、私なんかが生きて行ける場所はありません。」
「うちの所長からね。言われて来たのよ。 研究対象として、あなたを保護して来いってね。」

井上綾がニコニコしている。

「幸い、うちの研究所にはね。 既にクローン少女と暮らしてる物好きがいるの。 一人くらい増えたって構わないわよねっ。長谷川君。」
「え!?そっそっそうだよ。うちに来るといい。 由香と一緒なら気が休まるだろ。」
「そうだよ、恭子お姉ちゃん、一緒に住もうよっ」
「いいんですか?」
「その代わり、あくまでも研究対象だから、 あなたのことを検査させてもらうわよ。 それから今井研究所のことも全部話してもらうわ。 それが交換条件。どう?悪い話しじゃないでしょ。」
「検査って怖くないよ。私だって受けてるんだから。 一緒に研究所に行こうよぉ。ねっ恭子お姉ちゃん。」
「わかりました。お世話になります。」
「わーい、ずっと一緒だねっ」

由香が恭子に飛び付いた。 始めて恭子の顔に笑みがこぼれた。

「でぇ、これからどうすっか。 俺と由香は頂上まで登るんだけど。」
「ねぇ。恭子お姉ちゃんも行こうよぉ。ねっ」
「そうね。」
「井上さんは?」
「私は今日は休暇じゃないのよ。研究所に戻るわ。」
「保護すべき研究対象を放っておいてか?」

長谷川豊がニコニコしていた。 井上綾も「やられた」という顔で苦笑している。

「しょうがないわねぇ。一緒に行くわよっ。」
「わーい、皆でおにぎりだぁ。」
「あ、しまったっ。車におにぎり忘れてきたっ」
「お兄ちゃんのドジッ」
「まいったなぁ。駐車場まで結構あるぞぉ。」

由香が悪戯っぽい笑顔で恭子を見つめている。

「へ!?何?由香ちゃん。」
「飛んでったらすぐかなぁなんて....」
「そうね。私が取ってきます。」
「でも、俺達の車わからないだろ?」
「そうですねぇ。」
「それに、その羽根を隠さないんじゃ 駐車場に行く訳には行かないし。」
「じゃあ、私が恭子お姉ちゃんと一緒に行くっ。 恭子お姉ちゃんが目立たない所に降りてくれればいいんでしょ!?」
「どうやって?お前は飛べないだろ?!」
「あ、大丈夫です。由香ちゃんくらいなら乗っても。」
「わーいわーい♪」

恭子は羽根を広げて由香をおぶった。 由香の両手を羽根の下にくぐらせて肩をつかまらせる。 そのまま飛び立てば、由香が恭子の上に乗る訳だ。

「わーい。行ってきまーす♪」

由香のあまりの喜び様に、 恭子は自分が由香の乗り物になってしまうのではないかと思った。 恭子は、それが幸せなことだと思えた。 恭子の羽ばたきが強くなり、速度が上がった。


第二部 完



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