Project-YUCA


第三話 絆



 恭子と由香は連れ立って3丁目のスーパーに来ていた。 日曜日のためか、かなりの人出で、店内は混雑している。 2階から上では、衣料品や玩具売り場、食堂などもあるが、 二人の目的は1階の食料品売り場だけだ。

「今日は何にしようかぁ。」

のんびりと言う恭子に対し、由香は

「何が安いかなぁ。」

と安売り品を探している。 安売りされている物を中心に献立を考えるというのが、 由香のやり方なのである。 これも研究所の「おばちゃん」達から習った知恵であろう。 安売りの印のついた値札を探しながら、食品売り場を一回りする。 「これだ!」というものが見つからなければ、 次に「何か食べたいものはないか」と考えながら、再び回ることとなる。 今日も二周目が始まった。 一週目の時には、通路の左に右にとウロウロしていた由香も、 二周目には、恭子と並んでゆっくりと歩くようになる。

「ねぇ由香ちゃん、何が食べたい?」
「う〜ん、何がいいかなぁ。恭子お姉ちゃんは?」
「えぇ〜っとぉ....」

献立で迷うのは、一人で来店しても二人で来店しても変わらないようだ。
 野菜売り場から精肉売り場へと変わる付近を歩いていた時であった。 恭子の買い物カゴを持っていない方の腕に、由香が腕を回してきた。 恭子が由香を見ると、由香は精肉売り場の一点を凝視している。

「どうしたの?」

恭子が優しく声をかけると、由香はあわてて手を離し、

「う〜うん、なんでも無い」

と照れ笑いをした。 由香が見ていた方向には、親子連れの姿があった。 どうやら、由香より2〜3才くらい年下に見える少年が、 「ハンバーグがいい」とダダをこね、 躊躇っていた母親を説得しているようだ。 どうやら、母親はハンバーグにすることにしたようだが、 今度は、出来合いのものでなく、母親が作った方がいいとダダをこねているようだ。 母親は面倒なのか、「だめよ」と言い聞かせているが、 その表情はどこか嬉しそうに見える。

「うちも、ハンバーグにしましょうか?」

そう言った時、恭子は一つのことに気付いた。

(由香ちゃんは、家ではハンバーグやステーキを食べてない…)

確かにそうであった。 研究所の食堂でとる昼食では、ハンバーグやステーキを食べることはある。 しかし、家では全く食べないのだ。 長谷川宅の夕食では、必ずテーブルの中央に、 一つの大きな皿におかずが盛りつけられる。 そのため、一人ずつ盛りつけるハンバーグやステーキが出ることは無いのだ。 カレーライスやスパゲティの時でも、 中央にサラダなど何かが、中央の大きな皿に盛りつけられ、 それを3人で食べるのだ。
 先日、カレースパゲティにしようと言った時も、

「それだけじゃ寂しいからサラダも作ろうよっ。」

と由香は献立を追加した。「さびしいから」由香はそう言ったのだ。 その時は、恭子は深く考えていなかったが、 「さびしい」と言ったのは、テーブルの上の見栄えのことではなく、 由香自身の気持ちのことを言っていたのかもしれない。

「ハンバーグかぁ....でもなぁ......」

やはり、由香はハンバーグにすることに乗り気ではない。 そして、由香の視線はまた動き、その先には親子連れがいた。

(由香ちゃん.....)

恭子に由香の気持ちが痛いほど伝わった。 二人には、親と呼べる人がいない。 人工的に作られた二人には、血を分けた家族というものがいない。

「今度から、3丁目のスーパーに行くとき、皆で一緒に行こうよ。」

由香の言葉が脳裏に響く。由香が一人で、ここに買物に来れば、 楽しそうに買物をしている親子連れの姿を目の当たりにしながら、 由香はたった一人で買物をすることになる。 肉体年齢に合わせて精神年齢も幼く作られた由香は、 さぞ淋しく、羨ましかったに違いない。

「由香ちゃん、手を繋ぎましょ。」

恭子は微笑んで、手をさしのべた。

「うんっ。」

由香は、心から嬉しそうな笑顔で、大きくうなずき、 恭子の手を両手で抱え込んだ。 それは、由香が自分を慕っている証として、恭子に伝わった。 由香の肌の温もりが、今まで以上に暖かく感じられ、 恭子も満たされた気分になった。



 二人は、満たされた気分で、買物を終えた。 買った食材は片手で持つには多かったが、 二人とも文句を言わずに、そうした。 一方の手を空け、手を繋ぐためである。

「あの牛肉安かったねぇ」
「そうねぇ。すごく美味しそうなお肉だものねぇ。」

たわいない会話だが、会話の内容とは無関係に、 二人の顔からは笑みが絶えない。 同じ喜びを感じているということが、 さらに喜びを与えてくれているのだ。


 二人が幸せに浸っている時、その来訪者はやってきた。 長谷川宅のあるアパートを囲む塀の影から、 その来訪者は、姿を表したのだった。


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