Project-YUCA


第三部

最終話 新たな絆



「先生、血液が足りなくなりそうです。」
「井上君、Q2班に予備血液を出すよう言ってくれ。」
「はい。」

井上綾はすぐ内線電話で連絡したが、 いくつかの言葉を交わした後、 凍った表情で振り返った。

「予備血液は無いそうです。」
「どういうことだね。」
「まだ、皮膚が精一杯で、 血液を作る技術は確立していないんだそうです。」
「じゃあ、今使ってる血液は?」
「これはな、由香自身のものなんだよ。」
「由香自身と言いますと?」
「由香の1体目の身体から抜き取っておいたものだ。」
「それじゃあ....」
「ここにある分しか残っておらん。」
「じゃあ、誰か同じ血液型がいれば....」
「うむ。A型の者はおらんか?」
「僕はB型ですし....綾さんは?」
「悪かったわねぇ。私もB型よっ。」
「3人ともB型とはな....」
「先生も....ですか....」
「あぁ、Q2班にもA型はおらんはずだしな.... 他に誰かいないか探してみてくれ。」

井上綾は、再び電話に向かった。 しばらく、あちこちに電話をしていた。 その間にも、輸血用の血液は減っていく。

「綾さん、早くしてくれ。血液が無くなりそうなんだ。」
「ダメよ。他には誰もいないわ。」
「どうしたもんだか....」

沈黙が流れた。 菅原医師が皮膚を移植し続ける音だけが耳から入ってくる。 しばらくして、長谷川豊が迷っているように口を開いた。

「もしかしたら....」
「何?男でしょ!はっきりしなさい!」
「確認してみるよ。綾さん、こっちを変わってくれ。」

長谷川豊は端末に向かってキーを叩き始めた。



 どれだけ待ったのだろう。 恭子は、冷たい廊下に置き去りにされていた。 会話を交わす相手もいない。 時計の硬い音が、恭子の心を切り刻むように響いている。 恭子は、暖かい言葉をかけて欲しいなどとは思っていなかった。 せめて、罵ってくれたら、どれほど楽になることだろう。 しかし、誰もそれさえ、してくれなかった。 自責の念が恭子を押しつぶしそうになっている。

(もう、生きてられない)

恭子は手にしたダイヤソードをテレキネシスで浮かべると、 その下に首を差し出した。 テレキネシスの力を抜けば、ダイヤソードが恭子の首を落としてくれる。 それで全ての苦しみから逃れることができる。

(私なんか、生まれてきちゃいけなかったんだ)
(こんな翼の生えた人間が存在しちゃいけないんだ)

恭子自身を責める考えが次々と支配していく。 ダイヤソードが揺らいだ。 集中力を弱めるだけで楽になることができる。 ダイヤソードがゆっくりと下がり始めた。

「ちょっと。血を流すんなら、中でやってくれない?」

恭子が顔を上げると、井上綾が呆れた顔で立っていた。

「何やってんのよ、あんたは。まったく。」
「でも....私が由香ちゃんを........」
「わざとやったんじゃないことぐらい、わかってるわよっ!」
「はい?」
「あんたの性格じゃ、由香を傷つけられないでしょ! 事故としか考えられないじゃない。そうなんでしょ!? それなら、悔やんでも仕方ないでしょっ!」
「でも....」
「じゃあ、罪滅ぼしに血をよこしなさいっ!」
「はい??」
「A型はあんただけなのよっ!」

井上綾は、目が点になっている恭子の腕を掴むと、 医療室の中に引っ張って行った。 ダイヤソードが恭子の背後に落ちた。



 どれだけの時間が経っただろうか。 由香の手術は無事に終了した。

「ふぅ。これで大丈夫だろう。もうすぐ夜が明けるなぁ。」
「先生、お休みのところ、ありがとうございました。」
「いや、構わんよ。久しぶりに腕をふるえたしな。」
「後は僕が見てますから、先生はお休み下さい。」
「あぁ、では、そうさせてもらうとするかな。 隣の部屋で寝とるから、何かあったら呼んでくれ。」
「はい。」
「あ、恭子、君のおかげで助かったよ。」

菅原医師は、恭子に笑顔でそう言うと、部屋を出て行った。 恭子は、その言葉に目を見開いた。

「綾さんも仮眠室で寝ていて構わないから。」
「そう。じゃあ、そうするわね。 何かあったら、私も呼んでね。」
「うん。」

井上綾も医療室から出て行った。

「あ、恭子もしばらく寝てた方がいい。 ずいぶんと血を抜いたからな。」
「はい。」

処置室は、先ほどまでの緊迫感は既に無い。 電気式の掛け時計が、穏やかな時を静かに告げている。

「ありがとう。 恭子がすぐに運んで来て、輸血してくれたおかげで、由香は助かりそうだ。」
「いえ、でも私が・・・・」
「恭子、ごめんな。」
「はい?」
「悪いと思ってるんだ。 ここんとこ忙しかったから、 由香のお守りを押しつけっぱなしにしてたもんな。 本当は俺がやらなきゃいけないのに、ごめんな。」
「いえ、私は由香ちゃんといた方が落ち着きますから。 でも、その由香ちゃんを私が傷つけてしまったんです。」

恭子は悲しそうな表情で、いきさつを話した。

「ごめんなさい。由香ちゃんが来ることくらい想像できたはずなのに。 テレパシーで話せば良かったのに。私のせいで、由香ちゃんが・・・」

恭子の瞳から涙が溢れた。

「でも、わざとじゃないんだろ。」
「はい、わざとじゃありません。でも・・・・」
「なら事故じゃないか。恭子だけのせいじゃないよ。 恭子の言うことをきかないで、 戦ってる場所に行った由香だって悪い。そうだろ?」
「皆さん、優しいんですね。」
「そうか?普通だよ。」
「私は実験対象なのに、どうしてそんなに優しいんですか? もう分析はほとんど終わってるんですよね? それなら、由香ちゃんを傷つけたら実験の邪魔ですから分解した方が・・・」
「あのな、お前のIDカードを見てみろ」

恭子はポケットからゴソゴソとIDカードを出した。

「これですか?」
「うん。その身分の所になんて書いてある?」
「実験協力者・・・」
「そう。実験対象じゃない。」
「あの・・・どう違うんですか?」
「たとえ実験のために生まれたとしても、 人間として生まれた以上は人格がある。 それが、ここの考えなんだ。 たとえば、君たちには戸籍が無い。健康保険もない。 だから、俺達ができる限り守らなければならない。 ここにいる全員が親だからね。」
「でも、私はここで生まれたんじゃありません。」
「同じだよ。ここに来た以上、一緒に生きていくんじゃないか。 俺達にとって、由香も恭子も大切な家族なんだ。」
「家族・・・」

恭子の頬を一筋の涙が伝った。



 医療部が24時間体制で介護した結果、 由香は無事に目覚め、回復に向かっていた。 恭子は、由香への面会許可が出た旨の連絡を、 内線電話で長谷川豊から受けると、 すぐに医療室に向かった。 医療室の前で一瞬躊躇った後、恭子は医療室に入った。

「あ、恭子お姉ちゃん」

恭子が処置室に入って行くと、 由香が以前と変わらぬ笑顔で迎えた。 身体中のあちこちを包帯で巻かれ、 顔にも擦り傷があったのか、ガーゼが貼られているが、元気そうだ。

「言うこときかなくて、ごめんなさい。」
「ううん、いいの。それより私の方こそごめんね。痛かったでしょ。」
「ううん、恭子お姉ちゃんの言うことを聞かなかった私がいけないんだもん。」
「由香ちゃん、ありがとう。私を許してくれるのね。」
「私の方こそ、ありがとう。恭子お姉ちゃんが急いで運んでくれて、 血まで分けてくれたんでしょ。」
「うん。由香ちゃんに助かって欲しかったから。」
「ということは、私の中に恭子お姉ちゃんの血が流れてるんだよね。」
「そうね。」
「それじゃあ、もう本当の姉妹だねっ。」
「へ??」
「だって、血が繋がってるんでしょ。」

心から嬉しそうな由香の言葉に、恭子の目は再び点になった。


第三部完



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