The most important thing in the life is to keep similing!! Everybody, SMILE☆ & U will feel so fine!!!            ヾ(*´∇`*)/ヾ(*´∇`*)/ヾ(*´∇`*)/

語学学校
カナダに来て1ヶ月間はバンクーバーにある語学学校に通っていた。
うちの通った学校は13歳〜17歳プログラムで
しかもアダルトとは校舎も別々だったから、そこはもう本当の高校のようだった。

初日、学校の先生が迎えに来てくれて
その車で学校へ。
1ヶ月ごとに入学があって、その日は8月入学生がたくさん教室に集まっていた。
日本人、韓国人、台湾人などのアジア人に加えてラテン系も多く目立った。
教室の中で初めて話したのはメキシコ人のパメラとマイラいう女の子だった。

そして、筆記試験を全員で受け、そのあと面接試験。
私は一番うえのクラスに入った。
でも日本人が私を含め2人しかいなくて
しかも、ずっと前からこの学校で勉強している生徒がほとんどだったため
なじむのに苦労した。
私の場合、筆記は出来てもしゃべるのは苦手という日本人の典型だったから。
クラスにマイラも一緒だったから
ほっとはしていたが、マイラはどんどん新しい友達を作っていく。
クラスの中にはスペイン語をしゃべる子が多かったのだ。
それに彼女は英語がとっても流暢だった。
私はクラスの英語力にもふいんきにもついていけず、どんどん追い込まれていった・・・

それでも、ここは語学学校。
みんな英語がしゃべれると言っても、
英語はみんな第二言語なのだ。
だから、本当にブレイク英語でも通じてしまうし、英語を学ぶことの大変さはアジア人はよく理解してくれる。
台湾人のジェニファーは日本のものが大好きである日話し掛けて来てくれた。
そこから、他のクラスに日本人の友達も出来たし
どんどん友達の輪が広がっていった。
友達が増えて語学学校が本当に大好きになった。

カナダに来て気づいたのは
自分からどんどん臆することなく話し掛けていかないと友達は出来ないということだった。
日本人なら大体そうなのかもしれないけど、
初めて見る見知らぬ人にはとりあえず無視するでしょ?
たとえ、その教室にふたりっきりであっても無視・・・
でも、カナダでは「あんた何者さ?!」ぐらいの勢いで会話が始まる。
バス停でバスを待っててもいろんな人に話し掛けられる。
カナダでは人がすごくフレンドリーで友達も作りやすいところだと感じた。
日本人はシャイなのか、とってもとっつきにくい。
両国の違いに驚きつつ楽しい日々はどんどんすぎて行った。

毎週水曜はアクティビティーの日で
午後にバンクーバーのいたるところに遠足に行った。
キツラノビーチ、動物園、ホワイトクリフパーク、
ちょっと遠出一日遠足でウィスラー。
どれもこれもかけがえのない思い出。
語学学校最後の日のダンスパーティーは
アダルトもまじえて夜中までみんなで踊りまくって
ほんとうに楽しかった。

私がここで出会った日本人の友達を含め、
仲間は国境を越えて今も連絡を取り合っている。 2003年02月10日 02時19分30秒

授業風景
カナダでの授業風景は日本のものとはだいぶ異なる。
授業別に生徒がクラスを移動するのは
ひとつ前の日記に書いたとおりで、
1クラスに一番多くて30人。(だいたい20〜25人に収まる。)

ほとんどの授業に共通するけど、まず、クラスに入って気づくのは
ほとんどクラスにあるクラスルール、Respect,Responsible
ここではお互いがそれぞれの存在、意見をリスペクトしなければならない。
そして、自分自身に責任を持つ。
だから、みんな、それぞれ意見が違うこと、それぞれが違うことを知っている。
そして授業は先生が教壇に立って、
生徒達は黒板に書かれたことをひたすらノートに写すというやりかたではなく、
生徒ひとりひとりに考えさせ、発言させるというやりかたで進んでいく。
授業が始まると休み時間はどんなにうるさかった生徒もどう見ても勉強しなさそうな生徒も
みんな一斉に授業モードに入る。
そして、わからなかったり、質問があったりすると躊躇することなく発言する。
反対意見、賛成意見があると
次から次へと生徒が代わる代わる発言しだし、
話が膨らむととディスカッションクラスのようになる。

日本ではあまり見られない光景・・・

日本ではほとんどの授業で睡魔に襲われていたけど、ここではそんなことはない。(だいたい)
カナダに来て初めて授業が楽しいと思ったのも
こういう授業を受けたからかもしれない。
どんなにつまらない質問でも意見でも
ここでは受け入れられる。
歴史の授業では歴史とは全く関係なく
そのとき話題になっていた「15歳の女の子のいじめによる自殺」について
大ディスカッションをしたことがあった。
ま、こんなことは本当にまれだけど、黙々と進んでいく授業とは違うことは確かだ。

カナダに来て私はだいぶ真面目な生徒になった。(気がする・・・) 2003年02月07日 13時48分16秒

教育制度の違い
カナダに来て一番戸惑ったのは教育制度の違い。

まず、制服がない。
毎日何を着ていくか迷う。
でも、カナディアンにはなんでも通じる。
着飾る必要ななく、
極端な話、トレーナーにジーパンで十分m(_ _)m
中にはパジャマのままで学校に来たりする子もいるぐらいだから・・・
カナダにはほとんど流行や高級志向なんてものはないから
楽なんだけど、ファッションセンス狂うよね・・・(。_。)

校則がない。
私立女子高(自称お嬢様学校)に通っていた私としては
校則がないということは非常にありがたかった。
ピアスも化粧も授業中の飲食(これはクラスによるけど)も許される。
染髪なんて、こっちにはいろんな髪、目の色の人がいるから許されるもなにもないけどね(^ー^;)
うちの日本の高校ではピアスとかダメだったけど、
今よく
「なんでピアスや授業中に水を飲んだりすることまでダメなんだろう」
と考える。
それが授業やうちらの日常生活に支障をきたすとは考えにくい。
実際、カナダではそれで学校が成り立ってるわけだから
日本でも同じことなんじゃないかな〜と思う。
ただ先生たちは世間体を気にしているだけなのかな・・・

日本の教育制度とは全く違う。
日本では”良い社会人を育てるため”の集団教育制度がとられているけど、
カナダではアメリカなどと同じ”個人を育てるため”の個人教育。

初めは困った、困った。
日本とは違い、誰も助けてくれない。
日本にいたら誰かが声をかけてくれる。
でも、ここでは「助けて」と自分から言うまで
誰も手を貸してくれない。
「冷たい」と初めは思ったけど、
ここでは「自分のことは自分の責任」なのだ。

日本のようにクラス単位で行動するのではなく
一人一人が個人の時間割を作りクラス登録を行い、
各自で各教科のクラスへと移動する。
一応、ホームルームのクラスはあるけど、
ホームルームのクラスに行くのは学期の始まりのみ。

日本の組単位での行動は友達もすぐ出来たし
「和」を大切にする団体生活の中で
守られていたような気がしていた。
でも、それが急になくなってしまったものだから
ものすごく切なくなった。
そして、我日本人なり!!と再実感したのでありました!!

カナダのような個人教育をしていると
どうしても落ちこぼれと秀才の差が激しくなってしまうのだ。
そうすると、落ちこぼれと呼ばれる生徒の暴動も多くなる。
うちの学校は暴動なんてめったに起こらないけど、
ニュースを見ているとそんな話をよく耳にする。
それに、落ちこぼれてしまうといい大学への道も閉ざされてしまう。
北米の大学は高校での成績を重視するため
日本のように「今偏差値悪いけど、今から追い込みかければ大丈夫!!」
なんて言ってられない。
もし、いい大学に行きたいなら高2あたりから
提出物、テストもしっかりこなして
成績を常にあげていかなければならない。
そう考えると日本の教育方針も悪くないのかな〜と思うけど、

日本も「ゆとり教育」とかいって
土日無理やり休みにしたりして
返って平日の時間割がヘビーになったり
学力低下が問題になったり
大変みたいだね(゜_゜)
はみ出し者を排除しようって考えから来る
「いじめ」だって集団教育理念から来てるじゃん?
むむむ・・・(-。-)

でも、個人的には
比較的、自分の好きなことが自由にできる
カナダのような個人主義がわたくしは好きです( ̄▽ ̄) 2003年02月06日 11時03分09秒

Dear, my friend
勉強しに来てない留学生の多さには
ぶったまげたけど、
本当はそんな人ばかりじゃなかった。

Jerryとは唯一うちの日本人の友達で
後期からうちの学校に転校してきて
学校での悩みや、恋の話、将来の夢も
同じ状況の中でがんばってる仲間として
いろんなものを分かち合ってきた。

Jerryはうちなんかよりも
真面目に勉強してた。
(うちはぶっちゃけさぼるときもしばしば・・・m(_ _)m)
きっとJerryのほうが成績はダントツによかったんじゃないかな〜
(どーなのよ?Jerry?!)

でも彼女はとっても心配性で、
自分の中によくストレスを溜めてしまっていた。
そのせいか、風邪もよくひいた。
(それはストレスと関係あるんか?
どーなのよ?Jerry?!)
留学ともなると
環境もかわるし、異国に孤独になるし、
ストレスも溜まりやすくなる。
しかも、Jerryは前の学校や、
こっちに来る前に留学していたところでも
いろんな問題を抱えていて
それでも、カナダという異国の国で
ひとりがんばってきていたのだ。

でも、彼女にも限界が来ていた。
当時のホームステイとうまくいかず悩んでいた。
前の学校に通っていたときに、
一度ストレスから病気になり、
それからずっと通院していた。
そして、こっちの学校に転校して
彼女は少しばかりまたよくなったように見えたけど、
そのホームステイとの新しい問題を抱え、
さらなるストレスという悪魔が彼女を襲った。

2002年春、彼女はホームステイを変え、
また新たな気持ちでカナダ生活を送れる。
そう私は思った。
彼女も思っただろう。
しかし、彼女は2002年秋、新学期が始まるとともに
彼女はついに帰国を決意する。
彼女の抱えてきたストレスというリスクは
あまりにも彼女を虫食みすぎた。
彼女は当時もハイな気分になるというドラッグまがいな薬を取り続け、
身体も心なしかやつれて
顔色もどんどん悪くなっていく。
それでも、彼女は何がなんでも卒業したい。
親がせっかく許してくれたのに・・・
という様々な思いが
今まで彼女をカナダにとどめさせていたのだ。

夏一時帰国をして帰ってからの彼女は
全く元気がなかった。
私も気づいていた。
でも、私は何もしてあげることが出来なかった。
話を聞いてやることも、側にいてあげることさえも。
私も自分のことでいっぱいいっぱいだったと言ったらいいわけになるかもしれない。
実際、自分も極度のホームシックにかかっていたから。
それでも、Jerryの痛みに比べたら
なんともなかったはずだ。
そう思ったら今まで日本に帰りたいな。
なんて半端な気持ちでいた自分が恥ずかしくなった。
どうしても彼女を助けてあげたかった。
でも、私は「帰ったほうがいい」ということしか出来なかった。
本当は残って欲しかった。
でも彼女の顔を見たらどうしても言えなかった。
私は電話ごしに「ごめんね。ごめんね。」
と何度も誤り泣いた・・・
Jerryは病気だったんだ。

彼女は最後まで帰国をためらった。
もしここで帰ったら「Loser」になってしまう。
前にひとりの男の子が留学を断念した。
その子をみんなは「Loser」と呼んだ。
でも、その子もJerryと同じストレスからくる病気にかかっていたのだ。
その子の場合は進行が進んでいて
脳にまで達したためなかば強制帰国だったらしい。
だから今回の場合、
そんなことがまた起きてはいけないと
Jerryの帰国がすぐ決まった。

ストレスからくる病気・・・

Loserになることを恐れていた
彼女だったけど、
私は今ここでもっと無理して
自分の身体を壊して、ボロボロの身体で
帰国するほうがLoserだと思った。
もし、自分の決断が人から後ろ指をさされるものであったとしても
自分の気持ちに正直になって
胸を張って自分の思った道をいく。
そのほうがよっぽど勇気のあることだとおもった。
それに、私は彼女は今までのがんばりを見てきて
Loserなんかじゃないなんてこと
わかりきっていた。
留学しているっていうとみんな
いいなって言うけど、
留学ってかなり孤独で惨めで情けないことのほうが
多いんだってよく二人ではなしたよね。Jerry。

Jerryの存在は私に
どれだけ留学が大変か、
どれだけカナダで孤独を感じながらも暮らしていくことに価値があるのかを
そして、辛いときには「辛い」と泣く勇気を
教えてくれた。

のちに先生がストレスからくる病気は
人をも殺しうると教えてくれた。
その病気のために本当に留学を断念する人もたくさんいたらしい。
私はそのとき溢れる涙をどうすることも出来ずカナダに留学するという強さを
かみ締めていたような気がする。

日本に戻ってからの彼女は
きっと帰国子女としてまたいろんな問題を
抱えながらもがんばってるんだろうと思う。
(がんばってるのか、Jerry?!)
それは最近メールが来ないからわからない。
(たまにはメールしろ!)

Dear, Jerry
What’s up??
I haven’t hear from Ufor a long time!
I’m doing fine.
& マイク様 & マーク様 & エアロ too! lol
U know what,エアロ got a gf! Isn’t it bull shit?!
I know it is...
I saw him kissin’ her...Ewwww...
It was the worst thing I had ever seen!!m(_ _)m
Well, we should keep in touch, no matter how busy we are, right?
Oh, and I’m graduating in 5 months!!
Super!!
Can’t believe it...
I am almost done.
2 yrs goes so fast.
I really enjoy my life in Canada now.
But, only thing I think about is that I wish U were here...

Love ya, Rieko 2003年01月26日 17時07分43秒

留学生ってさ・・・
ここで私が出会ったビックリ仰天留学生の数々を紹介!!( ̄▽ ̄)

   *その  〜留学歴4年のYさんの場合〜
「英語が話せるようになりたい!」
と強い思いで留学した自分ですが、
留学してみてビックリW(゜□゜)W
留学していても英語が話せない人も実際いる!!
留学する前は住んでるだけで
英語は身に付くものだと思っていたから。

うちのお向かいに去年日本人留学生がいて、
その子はイギリスに3年間いたらしいけど
まったく英語話せなかった・・・
writing,readingは出来たど、
speakingはうちのほうが出来たかも(-。-)
その子とは学校違ったから、よくわからないけど
学校で日本人とばっか固まってたみたいで、
家でも帰ったら自分の部屋に閉じこもって食事の時以外は出てこなかったらしいから、
授業はわかるけど話せないという状況が起こるわけだ。
もったいない・・・

住んでれば、「聞ける」ようにはなる。
でも、自分から話していかない限り
英語は決して話せるようにはならない。

極端な話、日本にいても英語は話せるようになる。
英会話スクールに通ったり、
英語に触れる時間を増やせばいいだけのことだから。

   *その◆ 〜おぼっちゃまS君の場合〜
彼は今年から同じ学校だけど
まだ一言二言しか話したことがない。
なんせ前の学校でも評判が悪かったらしいから
怖いのだ。

同じ学校にいっていた子に聞くところによると
彼はお金持ち、
いや、もとい、彼のお父様が相当なお金持ちらしく親のすねをかじって生きているらしい。
日本に彼女がいて、月の遠距離電話代は20万を超えるという噂。
さすがおぼっちゃまだから成せる技・・・
おぼっちゃまと聞いたからどんな鼻たれ小僧だ!
と思ったらこれが結構かっこよかった・・・
ちきしょー(>□<)
こんなことでちょっと許してやろうなんて思った自分が情けないぜぃ!
でもやっぱりいけ好かない、このおぼっちゃま(>□<)
だって、本当に勉強しないんだもん!
そりゃ、勉強しない留学生のほうが多いかもしれない。
こっちはさ、まわりの3倍の時間かけて毎日宿題やってるんだよ?!
がんばってもいい成績取れないときだってあるのにぃ。
そいつのホストブラザーがうちの友達で話を聞いたら
「Sはうちでも勉強してないよ♪物理も単位落としたしね♪きゃははー」
まじすか?!
それで今年卒業するって言ってるんすか?!
単位足りるんすか?!
こりゃもうビックリおったまげました。

S君と同じ学校だった子は
なんで英語の補習クラスがないうちの学校に来れたのかさえわからないと言います。
私は悟りました。
これは親のコネだ・・・と。

何しに留学しに来てるんだろね・・・
   

   *その* 〜台湾出身Davidの場合〜
Davidはうちが来る前にうちのファミリーと暮らしていたらしいが、
これはもう史上最悪だったらしい。
ファミリーの話によると、
4ヶ月で親の金30万を使い果たし、
ファミリーに対しても
リスペクトがまったくない。
ホストーマザーは召使いよばわり、
学校もろくに行かない、
女の子を勝手に家に呼び入れる、
部屋は破壊する
(部屋に空いた穴の写真みせてくれたけど、すごかった・・・)
挙句の果てに、彼、スクールボード(地元教育省?)から追い出せれました(笑)
今はうちの近くのスクールボードの管下にない
大学付属高校に通っているのかいないのか・・・

ま、彼のおかげで私はそれはもう大切に
扱われるんだけどね( ̄▽ ̄)♪

でも、留学生はみんなしっかり目的意識があって
勉強に燃えてる人ばかりだと思ってたけど
高校で進学できなくて来た人、
カナダに来て簡単なクラスだけ取って日本にそれを持ち帰って
それを日本の高校の単位として認めてもらおうと考えてカナダで遊んじゃう人、こんな人がたくさんいてたまげた。
これある意味カルチャーショックって言うのか??
そういう人達を見て、
信じられなかったと同時に
「カナダに留学すればすごいんだ。」
と思っていた自分も甘かったと痛感。
本当、この考えには反省。
今のご時世、誰にだって長期でなくても留学は出来る。
でも、留学してその後どうするか。
何を得るか。
どれだけの新しいもの、異文化を吸収するか。
それは、自分の意志にたくされる。
ただ単に「住んでいる」や「留学している」だけでは
身に付くものも少ないんだなと実感。 2003年01月26日 14時38分39秒

留学するまで。
 留学のきっかけってなんだっただろ〜?(’ー’;)
もともと中学のときから英語は体育と同じぐらい得意分野だったな。
でも、留学するとかは全く考えなかった。
中学時代はまさに「☆部活命☆」
寝ても冷めてもバスケ大好き。
部活大好き人間で朝練、昼連、欠かさなかった。
(そのくせ前代未聞の弱小チームだったけど・・・でも、すんごい練習したよね?!J中バスケ部仲間よ!汗)
成績だってぶっちゃけあんまり良くなかったし・・・
数学はいつも赤点ぎりぎり(みんな、覚えてる?)m(_ _)m
 
 それが、高校に入って部活に光が見えなくなったというか。
もともと、故障が多くて、捻挫はしょっちゅう。腰も悪くて。
ケガをして部活が出来なくて、
みんなと少しづつ遅れていって、
心のどこかでずっと「辞めたい」という気持ちが渦巻いていた。
バスケとの別れというより
3年間共にしてきた仲間との別れのほうが辛かったけど、
もう潮時だ〜(-。-)と、腹を決めた。

 とりあえず休部ということにして、
そのときはなんか、正直「自由じゃ〜ん、あはは☆」ヾ(*´∇`*)/
って気持ちも楽になったんだけど
しばらくすると、
「何もすることがない・・・つまらない・・・」
と思うようになった。
これは人間のない物ねだりの心理だ。
生活にも張りがなくなって、
「これはいかん!」と思い、
夏の1ヶ月間ハワイのおばさんのとこに語学留学を決意!

 ハワイは友達もいたし日本人もいっぱいだったけど、
この経験はすごく刺激のあるもので
「もっと広い世界を見たい!」
「英語をもっと話せるようになりたい!」
という思いが急激に膨らんでいった。
でもこのときはまだ留学したいという気持ちはあったけど、
本気ではなかったと思う。

 2学期に入って部活を正式に退部して、英語に力を注ぎ始めた。
中学卒業と同時に始めた英会話(某有名英会話スクールNバだよ。)
には毎日通いつめたし、
学校の英語も鬼のように勉強した。

 本格的に「留学しよう!」と動き出したのは年を明けてから。
友達が「留学したいんだ〜」と言い出したのがきっかけで
私もこいつに負けてられない。と
ついに、私の負けず嫌い根性にこうこうと火がともったのでした。

 それから、留学辞典なるものを本屋で購入し
て、
片っ端から斡旋団体に電話して資料を送ってもらった。
そして説明会に出向く。
カナダ大使館の図書館にまで行った。
そして、大体情報を得たところで親を説得。
パパはあっさり了解してくれた。
が、
母。彼女、反対・・・
猛反対ってわけじゃなかったけど
とりあえず、反対・・・
でも、母が反対をしたからと言って
留学をあきらめる私じゃないと彼女も
わかっていたので結局はしぶしぶながらの了解がでました。
本当に親には伝えきれないぐらいの感謝をしています!m(_ _)m
  
 少しでも資金を自分で稼ごうと1月の頭から5月までバイトで稼ぎに稼いだ!
うちの学校はバイト禁止だけど
そんなのおかまいなしだ。
そして4ヶ月でいい額になったので、
あとはまた英語に専念。
高2になると同時に休学をしていたので
英会話だけやってた。

 留学準備期間の半年間は本当にめまぐるしくすぎて行った。
留学する前に感じていた不安な気持ちは
今も思い出す。
出発の1ヶ月前は日本にいる時間を大切にしようと
ママと買い物に出かけたり、
友達にあったり、
とにかく楽しく過ごそうとした。
でも、気持ちはいつもすさんでいて
英語ものびなくなって
ボーっとしていることが多くなった。
自分らしくいられなくて涙がでた。
何度も「本当にいいのか?」
「本当に行くのか?」
と自分自身に問いかけた。
でも、これから先、
どんなに辛いことが待っていようとも
のちのちの自分のかけがえのない財産になると
確信があったし、
どうしてもあと戻りは出来なかったから
泣きそうなときは
「大丈夫」と自分に言い聞かせていた。
 
 

 

  2003年01月26日 10時36分18秒

長かった・・・
やっとやっとカナダ徒然日記の1ページ目完成なりヾ(*´∇`*)/
わーい、わーい。
カナダの様子を日本のみんなに伝えようと思い立ち早1年・・・(笑)
あと、半年で卒業ですが、カナダで見たもの感じたものは半年じゃ書ききれないわけで。
これから、ちょっとづつ記録、記録φ(。。* )
お姉ちゃん、やっと出来たさ☆
早速みんなにもアド教えよ〜っと。
ワクワク♪o(^-^ o )(o ^-^)oワクワク♪ 2003年01月26日 07時27分44秒

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