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ラストワーク
Last Work


 わたしが推理小説界の巨匠クワトロ博士の悲報を耳にしたのは、偶然にも 同じL.A.でのことだった。博士の豪邸は、わたしが宿泊していたホテル から眼と鼻の先にあったのだ。そして彼が不可解な死を遂げたという教会も また、歩いて行ける距離にあった。

 クワトロ博士――彼が世に送り出した作品全てが名作であり、良き古典で あり、それゆえ推理小説愛好家にとって経典でさえあった。もちろん御多分 に漏れず、わたしにとってもバイブルであった。そんな彼の、数ある作品の 中から最も優れたものを挙げるとすれば、それは間違いなく「クワトロ博士 の事件簿」シリーズだろう。博士自らを主人公にしたその作品群には、常に 斬新なトリックが用いられており、読者を飽きさせることがないのだ。

 そのようにわたしが感慨に耽りながら紅茶を飲んでいたときである。突然 部屋のドアが開けられると、息せき切ってキートン警部が雪崩れ込んできた。

「たいへんだ、日向(ひゅうが)刑事。一大事だ」
「警部。いくらあなたがわたしの友人でも、ノックくらいはして下さいよ」
「おっ、こりゃすまん、なんて言ってる場合じゃないんだ。日向刑事、よく 聞きたまえ。君も知ってると思うが、博士のことなんだがね……」
「先日自殺したクワトロ博士のことですか?」
「うむ、そうだ。推理作家として名高いあの博士のことなんだが、実は未発 表の作品があるらしいのだよ」
「なんですって!?」

 クワトロ博士は3年前に妻を亡くした折に断筆を宣言し、それ以来新たな 作品を発表することなくこの世を去ってしまった。その彼に遺作があると言 うのだ。

「いや、まだ発見はされてはいないのだが、ね」
 わたしのあまりの剣幕に驚いたのか、警部は口をにごした。

 キートン警部の話によると博士は遺書を残しており、その中で最期の作品 について言及している、ということだった。

「その遺書には具体的にどういったことが書かれていたのですか?」
「えーと、確か、"I'm now in the nave. I'll drown myself..."」
「長そうですね……もしよければその遺書を見せてくれませんか?」
「重要参考書類なんだがなぁ。まあいい。わしと日向くんの間柄だしな」
「ありがとうございます」


 私は今、教会の本堂にいる。これから私は自らを溺死させるつもりだ。

 あぁロザンナよ。3年前お前が熱狂的な私の愛読者によって殺されたとき、
どうして私はすぐにお前の後を追わなかったのだろう。だがあのとき私には
それは出来なかった。せめてもの償いとしてあの最後の作品の出版を取りや
めること以外には……。だがもういいだろう? 私はあの作品を含め全ての
財産を、私の唯一の親族であるジャックに譲り渡すことを望む。

「宝はシンデレラを消し去る」

 私の最後の作品は、この暗号のもとに姿をあらわすだろう。

 そして私の最期の作品の名は……


「"My last work is named "Charge of K"……『Kの告発』か」
「どうだね? 日向刑事。何か分かったかな?」
「そうですね……幾つか気にかかる点があります」
「というと?」
「まずクワトロ博士の遺産についてですが、彼は生前、その莫大な財産につ いてこう言っていたのです。『遺産はすべて寄付する』と」
「なるほど。それなのにこの遺書では親族に相続させる、と書いてある」
「ええ。彼の親族だというジャックについて、調査すべきかもしれませんね」
「それはすぐに手配させよう。で、他に不審な点はないかね?」
「一番不可解なのは、この暗号です。なぜ博士は暗号で遺作の隠し場所を 示唆したのでしょう? 暗号なんか使わずに、直接書けばいいのに」
「さあな。天才のすることは得てして我々凡人には理解しがたいからな」
「……ところで博士の死因は何だったのですか?」
「溺死だ。睡眠薬を飲んで、教会の近くの川に飛び込んだらしい。自ら遺書 に書いたように、な」

 それからわたし達は「事件はまず現場から」ということで、博士の自殺の 現場である教会の本堂を訪れた。それから第一発見者でもあるキング牧師に 話を伺った。

「いつものように私は朝の散歩に出かけました。すると何か川に引っ張られ る感じがしまして、見に行ってみると……」
「博士の水死体があったわけですな」
「そうなんですよ。これこそ神のお導きですな。アーメン」

 二人のやりとりを遠くに聞きながら、わたしは思考の海を漂っていた。
 希代のトリックメーカーであったクワトロ博士の謎の自殺、遺書、最後の 作品、そして暗号……。彼は死んだ後でさえも人々を驚かせ続けている。し かしわたしは言いようのない違和感を感じていた。それが何なのか今はまだ よく分からない。だがなぜかひっかかる……何か見落としてないだろうか?

「なにボーとしてる。しっかりしてくれよ」
 キートン警部の野太い声で、わたしは現実世界に連れ戻された。我ながら 困ったものだが、わたしは考えこむと周りが全く見えなくなるらしい。
「お次は遺産の相続人、ジャックから話を聞くとするか」
「はい、警部」

 博士の親族、ジャックの家はお世辞にも立派とは言い難かった。窓ガラス は割れ、壁にはひびが入っており、庭の草は伸び放題だった。

「随分さびれた家だなぁ」
「そうですね。でも、彼には何百万ドルという遺産が転がり込むわけですね」
「世の中何が起こるか分かったものじゃないな」
「同感です」

 そんな話をしていたら、ジャックの家から誰か出てきた。彼がジャックだ ろうか?

「噂をすれば、なんとやら。彼がジャックだよ」
と、キートン警部が教えてくれた。警部は一度彼に会ったことがあるので、 顔を知っていたのだ。

「警察の方ですか? これはちょうど良かった。実はあの暗号が解けたんで すよ」
「なんですと!?」

 ジャックは警部の反応に満足そうな笑みを浮かべると、おもむろに話し始 めた。

「『宝はシンデレラを消し去る』の、宝とは作品のことでしょう。童話では シンデレラは12時を知らせる時計の音ともに消え去りました。つまり、宝 は、博士の遺作は時計の中にあるのです!」

 ジャックの言うとおり、それらしき本が博士の家の古びた時計の中にあっ た。しかしトリックの神様とまで呼ばれた人の最期のトリックが、こんな 単純なものなのだろうか。どうも釈然としなかったが、わたしは発見された 本の確認作業をおこなった。埃かぶった本の背表紙をぬぐい、本のタイトル を見た。だがそこには「殺意のナイフ」と書かれていた。

「え!?」

 どういうことだ、これは。遺書には「最期の作品の名は『Kの告発』」と 書かれていたのに……。わたしはもう一度博士の遺書を見直してみた。何度 見ても同じだが、遺書には英語で「My last work is named "Charge of K"」 と書かれている。「私の最期の作品の名は『Kの告発』だ」という意味だ。

 わたしはひどく狼狽しつつももう一度その遺書を初めから読み返した。す ると、それまで気づかなかった点に気がついた。

 "I now in the nave. i'll Drown myself."

 "I'm"ではなく"I"なのだ。文法的には"I'm"の方が正しいから、つい "'m"を付け足してしまったらしい。そして「last work」の意味。わたしは これを「最期の作品」と訳していた。だがこれが単純に「最期の仕事」とい う意味だったとしたら? 「Kの告発」とは……。

 ガタッ。

 そのとき、クワトロ博士を「殺害した」張本人と目が合った。その犯人と は……。


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