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Mail Friend
-声を聞かせて-


 80年代生まれの僕らは、もう、本なんて読まなくなっていた。読むと すれば、せいぜいマンガか雑誌くらいで、小説なんて見もしない。「活字 離れ」とか「漢字能力ゼロ」とか言われたって、全然気にしない。たとえ 難しい漢字が書けなくったって、パソコンで「変換」すれば一発だし、本 なんて読まなくても、他にいくらでも「娯楽」はあるし……。
 そんな僕が最近凝ってるのはE-mail。実際には会ったこともない人と、 メールのやりとりをしている。そのメールフレンドは今年15歳の女子中 学生らしい。同い年だ。普段は女の子とはあまり話せない僕だけど、メー ルにだったら色々書ける。自分でも不思議なくらいだ。

 10月。寝坊助の秋がようやく目を覚まし、急いで身支度を始める季節。 冷たくなった風の中、木々は赤や黄色のセーターに身を包む。僕が「おは よう」と言うと、言葉は白いけむりになった。
 学校の授業は運動会の行進のように過ぎていき、フォークダンスもない まま放課後になってしまった。「帰宅部」の僕は真面目に部活に参加し、 家に帰り着くとすぐさま2階に上がった。そしていつものようにパソコン の電源を入れる。
 すると一階から、「ヨウスケ! 帰ったら『ただいま』ぐらい言いなさ い!」と声がした。どうやらパソコンの前に母が起動したらしい。仕方な いので僕は下に向かって「ただいま」と言った。――が、しばらくす ると母はまたサスペンド状態になったらしく、下からイビキが聞こえてき た。
 まったく……。
 僕は極めて日常的な出来事をため息とともに片隅へと追いやると、頭の 中はすぐに非日常的な、だからこそ刺激的な、電脳世界のことで一杯になっ た。目の前のパソコンの画面にはアイドルの画像やゲーム、マンガやビデ オなど、実にさまざまなメディアが混在している。もちろん、小説だって ある。だから「本」なんて読む必要はない。

 音楽を聴きながらふと見ると、パソコンの赤ランプが点滅している。メー ルが届いたようだ。誰からだろう……弥生だ!

    ユウスケさん、こんにちは。

    わたしの写真は見てくれましたか?
    画像を送るのは初めてだったので、すこし心配です。
    後ろに写ってる建物は、福岡ドームです。
    ダイエーが優勝した記念、ってことで撮ってみました。

    それにしても文字だけじゃなくて、こうしてヨウスケさんの
    写真を目にすると、なんだかホッとします。嘘じゃないんだ、
    本当にユウスケさんはいるんだって...。メールだけだと
    なんだか不安で。

    なんか変なこと書いちゃいましたね。せっかくユウスケさんが
    「会いたい」って言ってくれたのに、わたしはわがままばかり
    言って...ごめんなさい。

    すこし長々と書きすぎました。今日はこのへんで。

                                                 弥生ヨリ
 確かに昨日送られてきたメールには画像が添付されていた。その画像に は僕の住む熊本から列車で1時間ほど北上した場所、福岡が写されている。
 弥生と僕は会おうと思えば会える距離にいる。それが分かったとき、僕 は何度も何度も「実際に会おう」ってメールに書いて送った。だけどなぜ か弥生は承知してくれない。その代わりってことでお互いの写真を送りあ うようになったんだけど……彼女の写真を見て、余計に会いたくなってし まったのだ。弥生はなんていうか、その……簡単に言うと、かわいくて。
 「弥生」というその名のように、6月の雨の中、傘を片手に紫陽花を見 つめている……そんな場面が似合いそうな気がする。あー、写真だけじゃ なくて、会って話がしたいなぁ。どんな声なんだろう? 声が聞きたいな。

 ――と、そんなことを考えているうちに、僕はいつのまにか電車に乗り 込んでいた。そしてガタゴトと揺れながら小1時間も経つと、僕は福岡に いた。つい勢いで来てしまったけれど、これからどうするか。道もよく分 からないし。とりあえず僕はノートパソコンで福岡の地図を調べた。それ から博多駅を後にして、観光がてらに散策することにした。
 キャナルシティ、天神、地下街。色々歩き回ったけど、当然弥生に会え るはずもなく、また特に欲しいものがあるわけでもないから、僕はただぶ らぶらとショーウインドウをのぞいて歩いた。ガラス越しに見えた店内は、 眩しくなるほどのライトに照らされていて、どこか幻想的な感じすらあっ た。
 はじめて見る街並みはそれなりに面白かったけど、ホントに楽しかった のはほんの1時間くらいで、後はだんだん退屈してきた。なんだかつまら ない。せっかく福岡まで来たっていうのに、現実とはこんなものなんだろ うか。これならネットサーフィンでもしてたほうが、よっぽど良かったん じゃないだろうか。弥生にメールでも書いてたほうが良かったんじゃない だろうか。弥生……そうだ! あそこへ行ってみよう!
 僕は近くを通りかかったタクシーに飛び乗ると、福岡ドームへ向かった。 弥生がくれたメールに、福岡ドームで撮った画像が添付されていたからだ。 あそこへ行けば、もしかすると弥生に会えるかもしれない。そんな期待を 乗せて、タクシーは突き進んでいった。


 そして僕は福岡ドームで、偶然にも弥生と会うことが出来た。彼女は僕 の顔を見て驚きつつも嬉しそうな表情をした。だけど、僕が「君の声が聞 きたかったんだ」と言った途端、彼女は急に泣き出してしまった。弥生の 突然の変化に戸惑いつつも、僕はひとまず喫茶店へ行こうと誘った。彼女 は無言のまま頷いた。
 喫茶店の中でも弥生は一言も喋ろうとしない。僕は彼女に会いに来たこ とを少し後悔しつつも、気まずい雰囲気を何とかしようと思って、とって おきの面白い話をした。そのかいあって、彼女は少しだけ笑った。でも、 相変わらず無言のままだった。
 僕の一方的な話が途切れたときに、弥生はおもむろにバッグからノート パソコンを取り出した。そして彼女はやっぱり黙ったまま、キーボードを 叩き始めた。僕は(何をするつもりだろう)と思い、尋ねようとした。す ると彼女は急に顔を上げると、なにやら話し始めたのだった。


「ヨウスケさん……」 淡々とした口調だ。なにか、悲しくなるほど冷た い声。僕は思わず弥生から視線をそらしてしまった。そんな僕に構わず、 弥生は話を続ける。
「実は、わたしは口がきけないの」
「え……!?」 僕は耳を疑った。「『口がきけない』ってどういうこと?  君は今、ちゃんと話してるじゃないか!?」
「これは、わたしの本当の声じゃないの……音声ソフトの声なの」
 聞いたことがある。声が出ない人のために、キーボードで入力した文章 を音声に変えてくれるソフトがあるってことを。……だけど、弥生がそう だったなんて。
 弥生がさらにカチャカチャとキーボードを叩くと、彼女のスピーカから、 「がっかりした?」という音声が聞こえた。感情も何も無い声。だけど、 弥生の顔は少しばかり悲しそうだった。口元が震えている。
「そんなことないよ」 急いで否定する。「そりゃちょっとはびっくりし たけど。でも……でも、なんだかほっとした」
「ほっとした?」
「うん。――だって、弥生に嫌われたとばかり思っていたから」 それは 僕の本心だった。
「そんなことないよ。そんなことない。そんなはずないじゃない」
 彼女は急いで文字を打ったけど、そんな言葉よりも彼女の笑顔のほうが、 ずっとたくさんのことを語っている気がした。

 80年代生まれの僕らは、もう、本なんて読まない世代だけれども、今、 この時代を生きているから二人は出会い、求め合い……、そして僕は、彼 女の「声」を聞くことが出来るのだ。


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