私的に‘80年代を語る!
続く世代に何も残せなかった世代からのオマージュ 〜’90年代がスカでなくなるために〜


どんなにイマイマしいオヤジでも、クソやかましいババァでも、今現在ジジイ・ババァ になってるということは、間違い無く彼ら彼女らにも16才のときがあったわけです。

逆に言うと、生きていればどんな美男・美女でも、いつかはジジイもしくは ババァになるのです。そして、ジジイ・ババァは、若者にとっては例外無くイマイマしく且つ クソやかましいものなのだ。

となると、’80年代に(いわゆる)青春期を迎えた世代=これから本格的にジジイもしくは ババァにならんとしているワレワレとしては、いかに上手にイマイマしく、クソやかましく なるかが、これから先の人生の大きなテーマとなるわけです。

では、上手にイマイマしく且つクソやかましくなるためには、ワレワレはいかにすれば宜しい のか
上手にイマイマしく且つクソやかましくなるなれるかどうかの分水嶺は、どこにあるのか…?
管理人が思うに、そこは、その人が続く世代にナニを残せたか なのではなかろうかと思うのであります。

個々人でみれば、ワレワレの世代にももちろん色々な人がいます。後の世代にナニモノかを残した 人だって、そりゃたくさんいる。

しかしながら、…ちょっと乱暴ですが、「世代」というくくりをしてみます。

さて、ワレワレ(昭和40年代生)の世代は、続く世代にナニを残したのでしょうか。

・・・。
あ、ナニもない!
・・・そうです。自慢じゃないが、ワレワレは、続く世代にナニも残せなかった、歴史的にも 稀な、すこぶるみっともない世代なのです。



そうです。ワレワレは続く世代に、ナニも実のあることを残せなかった。物心ついた ころには、すでに高度成長が完結してたわけで、つまりワレワレは、ワレワレより前の世代の人が培った 財産を食いつぶしていってるだけの世代なわけです。前の世代の人が一生懸命耕して、種をまいて、 そうして生った実を食いつぶして育った世代。

このままいくと、ワレワレの後に続く世代の人たちには、ワレワレがさんざん食いつぶしたあとの、 荒野しか残ってない、と、そういうことになっちゃう。

これはイカン。イカンけど、もうどうしょうもない。どうしょうもないけど、なんかしなくちゃイカン。

でもやっぱりどうしょうもない。ないので、今回は、続く世代へのオマージュ。
この先だれかが私的に90年代を語る!みたいなHPを作る としたら、以下に挙げるような人達が特集されたりするんだろうな、というところに目をつけて見ました。



ながいながい能書きをタレたにも関わらず、実は管理人は、’90年代に関しては、殆ど無知なのだ。
だから、以下は、単なる「印象」にのみ拠るものです。無知な人間にどれだけ「印象」を残せるかが、 10年後に語られるかどうかの物差しかと。

*宇多田ヒカル*
’83年生まれだって?それだけでまいっちゃうね。管理人はすでに中学生でした。 「カルチャー・クラブ」とか「リマール」とかをリアルタイムで知らない世代だということですか。 なんか、にわかには信じられない。
16才でハナバナしくデビュー、で、天才よばわり されちゃうなんてとこは、原田真二みたいですな。「てぃーんずぶるーす」、ね。
そうそう、母親は藤圭子なんですよね。「夢は夜ひらく」ね。圭似子って改名したんだ確か。
シングル一覧
Close To You「Cubic U」名義による
Automatic発売週での関東圏・関西圏
におけるFM/AM局オンエア
回数1位
(203回/週:'98年度週間記録)
Movin'on without youオリコン初登場1位
First Love同名のアルバムも!

プロフを見てみますと、ニューヨーク生まれなんですね。そういうわけで、英語ってものに妙な コンプレックスとか抵抗が無いわけですな。

作詞・作曲活動を本格的に始めたのは、10才の頃からだそうです。当然、英語の詞。「Cubic U」 という名前でもってアメリカはニューヨークのインディーズレーベルでデビュー。たちまち ギョーカイの皆さんの間で評判になった、とのことです。
この「Cubic U」ってのは、要するに宇多田姓の人間3人(チチハハに本人)の相乗効果 による、みたいな意味なんでしょうかね。思うに、10才とかそういう年代で、ある程度の普遍性を 含んだ創作活動を行っていくには、近親による、創作上の大きな影響力が介在しないと、これはムリってもんだと 思うんですよね。だからこの「Cubic U」という名前(コンセプトって言ってもいいのかな)は、 非常に適切というか、潔い感じがします。私的に。

「Automatic」以降の作品は、聴いたことがあります。っていうか、そこらじゅうに流れてる んで、イヤでも耳にする。で、確かに、途方も無い才能、みたいなものを感じますね〜。似たような ジャンルの曲や歌と比べてみても、モーツァルトとサリエリみたいな差を感じます。

で、ホントにスゴいなぁと思うのは、表にしたどの曲も、なんか、未だ未完成、って 印象があるんです。若書きというか、未だ100%の出来あがりじゃない感じ。といっても、 完成度が低いということではなく、この先もっとすごい曲をワレワレに提供してくれる ような気がする、ということです。

*Dragon Ash*
昔からメッセージソングってのは有ったんです。岡林信康とか、高石ともや、高田渡、よしだたくろう、などなど、 枚挙にいとまがナイ。
でも、’80年代に入って、すっかり見かけなくなったんですよね。
これは、なぜか。・・・簡単な話で、マンネリになったんです。みんな同じようなことばっかし、 同じような様式で言うようになっちゃったんですよ。
その結果、’80年代には、尾崎豊以外、目立ったメッセンジャーは、いなくなった。で、’90年代に なっても、ずーっといなかった。
そしたら、・・・’90年代後半になって、なんか、いきなり出てきたんです。いわゆる 「メッセージソング」を扱うバンドが。で、その際の方法論は、フォークとかロック っていうんじゃなくて、なんだか「Hip Hop」とかいうものが主流。
The Day dragged onミニアルバム
PUBLIC GARDENミニアルバム
Mustang!アルバム
陽はまたのぼりくりかえすマキシシングル
Under Age's Songマキシシングル
Buzz Songsアルバム
Let yourself go, Let myself goマキシシングル
Grateful Daysマキシシングル
I LOVE HIP HOPマキシシングル
Viva la Revolutionアルバム
最初に聴いたのは、「Grateful Days」という曲だったですね。スペースシャワーかなんかで、ビデオ クリップを観たんだ確か。詞の内容が硬派な感じ、という印象です。たぶんこういうのが、この先の メッセージソングの様式になって行くんだろうな、と。
この人達の実力もさることながら、具体的な メッセージを伝えるために、フォークや各種ロックといった既存の方法論でなく、なんだか良く知らないけど 新しい様式を得た、ってとこでしょうか。

ヴォーカルの降谷建志、ドラムスの桜井誠、ベースの馬場育三(この人だけ30才代。管理人より 年長)、Turntable(ってなんだかよくわかんない)担当のDJ BOTS。みんな、かっこいいなぁ。 なんだか、イキがってるっぽいとこがいいですよ、うん。あ、降谷建志って人は、古谷一行の息子 なんだってね。「思えば遠くへ来たもんだ(TVドラマの方ね)」、観てましたよ。金田一耕助も。

90年代に入って、異常に、軟派というか、体制に迎合的というか、軟弱というか、性差に否定的 というか、要するになんにも引っかかんない、面白くもナンともない歌どもが増えましたが、いやぁ、 久々に骨っぽい感じのが出てきた、って感じがします。・・・って、「Grateful Days」だけの 印象ですが。
あ!、そういえばメンバーの中に女性の名が無いですな。でも、「Grateful Days」じゃ、間違い無く 女性が歌ってたよね?ワタクシ的には、この女声が一番好きなんだよね。誰なんだあれは。
あとさ、関係ないけど、「マキシシングル」って、なに?

*安室奈美恵*
90年代のホントの初期に、確かアイスだかのCMに出てたと思うんですよね。で、 なんだか特徴的な顔した娘だなぁ、と。この先はこういう特徴的な顔した娘が ウケるのかなぁ、と思ったです。
その後、コンビニかなんかで立ち読みした雑誌に、なんだかカラテのカッコした娘たち が特集されてて、その娘たちが「スーパーモンキーズ」だと。
その後いつのまにか「安室奈美恵Withスーパーモンキーズ」になってて、またいつのまにか ソロになってた。一人だけどんどん先に行っちゃった、というわけでしょうか。

恋のキュート・ビート
/ミスターU.S.A
スーパーモンキーズとしてのデビュー曲
DANCING JUNK   
愛してマスカット   
PARADISE TRAIN安室奈美恵Withスーパーモンキーズとなる
TRY MEこれでブレイク!
Stop the music   
Body Feels EXITここからいわゆる「小室ファミリー」に
Chase the Chance   
Don't wanna cryここからソロに
You're my sunshineSEA BREEZEかなんかのCMソングだった
SWEET 19 BLUES代表曲(のひとつ)
a walk in the park  
CAN YOU CELEBRATE?これも代表曲
How to be a Girl  
Dreaming I was dreaming  
I HAVE NEVER SEEN一年ぶりの、カムバック第一作
左表中、「TRY ME」が’95年の1月で、「Dreaming I was dreaming」が’97年の 11月。ってことは、3年弱の間に11枚ものシングルをリリースした、ということになるわけです。

さらにこれ以外に、数枚のアルバム、各種ライブ、そしてTV出演を数限りなくこなしている。

これはもはや正常な創作活動の粋を逸脱したものです、はっきりいって。
「芸能」の本来の意味、いわゆる「歌手」のバアイの、「歌を聴かせて聴衆を楽しませる」という ところにおいて、この多作ぶりは、無意味。
つまりこの期間、「安室奈美恵」は、本来的な「歌手」として扱われてなかった、という ことが言えるんじゃないか、と思うのです。

じゃあなんだったのか、というと、要するに、悪い意味での「アイドル」でしか なかったわけですな。
本人の(「歌手」としての)実力に関係なく、彼女には、可愛くてカッコいい、という評価 以上のものは与えられなかったわけです。

ホントは、リッパに、いわゆる「聴ける歌」を歌える「シンガー」なんじゃないかと 思うんです。少なくとも、そうなる素材ではある、と。なのに、なんだか「シンガー」 としては、頭打ちです。

なぜか。

これは完全に、育成されるべき時期に与えられた曲が悪い。

「SWEET 19 BLUES」、「a walk in the park」、「CAN YOU CELEBRATE?」。この 3曲が、どっちかっていうと代表曲みたいに言われますが、これらは最悪の曲です。 特に「CAN YOU CELEBRATE?」は酷い。安室奈美恵という「歌手」をつぶそうとしてる のかと思いました。
いわゆる小室ファミリーとかいう括りの人達っていうのは、15〜6才くらいの 人達にとっては、ほかならぬ「アーチスト」なんですね。少なくともそういう イメージ作りが、あの手この手でなされている。どんなにリズム感がわるくても、 どんなにヘタクソでも、なんだかみんな「アーチスト面」してるもんね。
で、楽曲の製作者としては、そんなヘタクソ達でも、モノゴトのよくわかんない 世代に対してだけはリッパな「アーチスト」に見えるように、あれこれ工夫して 曲を作る。例えばやたら高音域を多様したりして。
ホントのヘタクソな人達についてはこれでよい。これで充分。15〜6才くらい の人達はその通り素直に受け取ってるみたいだし。
でも、安室奈美恵のバアイは、どうなんでしょうか。他のヘタクソと同じように、 むりやり高音の発生を強いられて、他のエセアーチスト達と同じように潰れて しまうのでしょうか?上記の3曲、特に「CAN YOU CELEBRATE?」には、明かな 無理がありました。だって、全編ほとんどまともに声が出てないんだもの。
生活(私生活とは限らない)における「いろんなこと」は、才能のあるシンガー のバアイ、そのまま歌における「艶」とか「味」になったりします。ジャニスしかり、 です。
モノゴトのよく分かってない、幼い世代に迎合するような曲ばかりを扱うあまり、本来 持ってる「大人のシンガー」になりうる部分が死んでしまったりしないように。


・・・このほかにも、ドリームズ・カム・トゥルーとか、チャゲアス(いつのまにか90年代の顔に なってた)とか、ユーミン(同)とか、90年代に活躍した人はいっぱいいます。
総じて言えるのは、特に後半になってから出てきた皆さん、非常に主体性が強いですね。
これは実は、ゲイノーの世界にいる人・若者に限ったことじゃなく、高校生くらいの男女をみてると、 ホントにそう思います。主体性のカタマり。
あんまり早くアイデンティティを確立させちゃうと、なんか、その後の人生が無意味になってしまい そうですが、いつまでたっても優柔不断なのよりは、よっぽどいいですな。

大きな変革時期であった’60、’70年代が有って、’80年代はその惰性で過ぎてしまいました。 さて、’90年代はどうなんでしょうか。あと10年くらい経ったら、答えが・・・出てるんでしょうか。

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