私的に‘80年代を語る!
自己紹介その他モロモロ!

このHPは「私的に」‘80年代のよしなしごとについて、そこはかとなく 書き綴っているHPです。 つまり、このHP上に記されてることは、完全にワタクシの私論。単にワタシが思ってるだけ。 決してナニゴトかを世に問うてたりするわけではありません。

そういうわけで、ここではまず、いったいどんな奴が‘80年代というものに ついて勝手なことを言ってやがんのかをご案内することにします。このHPの、存在の前提、というわけですな。 「ああ、こんな奴がこんな事を言ってんのか」と思って下さい。

とりあえず、データとしての「ワタクシ」を下表にしてみました。
住 所 都内、下町の一隅です。
生年月日 昭和43年7月1日
性 別 男です。
職 業 某CATV局にて、番組の制作。
趣 味 PCにハマってしまってる。
P C 歴 ハマって早や7ヶ月
東京は下町、いわゆる「下町」の一隅に庵を結んでおります。でも「江戸っ子」 っていうのは、3代続いてなきゃいけないんで、そういう意味では江戸っ子じゃ 無い。

昭和43年の7月1日生まれ、ということは、今年の7月でもって31才に なるわけです。

性別は男。

仕事は、某ケーブルテレビ局で、自主制作番組の制作をしてます。取材・撮影・編集・ 音声…モロモロやっとります。

趣味。…うぅむ。最近はヒマさえあればパソコンをイジってる感じですねぇ。
そう、あれは中学一年の頃だったか、東京は新宿西口の某大型カメラ店に 行ったりすると、そばにPC店がありましてね。ディスプレイのPCを触ってると、 これがなにげに面白くてねぇ。「PC8001」とか「アップル供廚箸いう奴 だったです、確か。「パソコン」と名の付くものを触んのは、あんとき以来 だなぁ、うん。

…そう、あれから17年の月日を経て、今、改めてPCにハマってしまってるわけです。

続いて、なぜ‘80年代について語ろうと思いたったかです。
その理由、トップページにもちょっと書きましたが、…うん、そうですね、表にしてみましょう。
年 代 時 代 の 「肖 像」 ある出来事
‘50年代 いわゆる「戦後復興」の時代。これから盛り上がろう、という雰囲気が芽生えた頃。 また日本映画の黄金時代であった。黒澤、小津、溝口らの代表作が並ぶ時代。 対日講和条約・日米安保条約締結(‘51.9.8)
‘60年代 高度成長。進む電化によってTVが台頭―映画が衰退傾向に。後期になってベトナム戦 勃発。それを契機にか「反戦フォーク」の潮流。 東京オリンピック(‘64.10.10〜24)
‘70年代 若者のテンションが昂ぶった時代。ATG誕生(日本映画)。しかし日本映画は衰退へ。方や米国映画は「アメリカン・ ニューシネマ」の波。「四畳半フォーク」。 連合赤軍浅間山荘事件(‘72.2.19〜28)

わざわざ表まで作って何が言いたいかと言うと、例えば右記表に「‘80年代」の項目を追加するとしたら、はて、なにが書ける かなぁ、と、まず思ったわけです。

確かに、はっきり言ってこれといった「潮流」みたいなものの無かった時代でしたね。
世界的にはいろいろあったんだけども、ことわがクニにおいては、良くも悪くも平坦な時代でした。 少なくともそう見えやすい時期だった。

だからと言って、…トップページに続いてコダわるようですが…‘80年代って、はたして ホントに「スカ」だったんだろうか?、と、続いて思いました。

「世代」で言うと、昭和43年生まれのワタクシ管理人にとって‘80年代は、
中学(‘81〜)、高校(‘84〜)、大学(‘87〜‘90)
つまり…電車料金が「大人」になってから、社会人になるまで、という、人生で一番ナニモノかを吸収 する時期、というか、まぁ、はっきり言って人生で一番ヒマな時期にあたります。
つまり、管理人(と同世代の男女)にとって‘80年代とは、ある意味「原体験」の時代なわけです、いろんな意味で。
だから、…もしかしたら、実際のところ、ホントは「スカ」なのかもしれない。 でも、ワタシ(の世代)にとっての‘80年代、決して他の世代の皆さんが言うような「スカ」の 時代じゃ無かったんだぜ、少なくともオレにとっては!…と、そう、そういうことが言いたくて 作ったんです、このホームページ。
相対的に、過去の各10年間に比べると目だったムーブメントの見られなかった「‘80年代」ですが、 …そう、「私的」には、大きな意味の有る10年間だったんです。

「では、どんな意味が有ったのか?」については、具体的にはまだ答えが見つからないままです。

このHPを作ってるうちに、少しづつ、なんとなく浮き彫りになってくればいいなぁ、と、今は思ってます。
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