http://www.casinoinquiry.com/japanese/rules.shtml 分子の形とモノのかたちをつなぐ原理
中央大学後楽園キャンパス


分子の形とモノのかたちをつなぐ原理
ー自己集合

中央大学教授 芳賀 正明 (理工学部応用化学科)

中央大学父母連絡会発行「草の緑」 2000.11(第126号) 「教養講座」より転載

はじめに

1 メートルの 10 億分の一の長さが 1 ナノメートルで,このサイズではじめて分子の世界に出合えます。このような小さな分子の世界の形やパターンが,走査トンネル顕微鏡(STM)あるいは原子間力顕微鏡(AFM)の発見により見ることができるようになりました。生物のたんぱく質や酵素 1 個の形をそのまま見ることが可能となり,化学の分野でも巨大分子が合成されて, 1 個 1 個の分子が観察できるようになっています。(図1

図1:ものの大きさとそれを観察できる「目」
nm(ナノメートル)=10-9メートル
μm(マイクロメートル)=10-6メートル

半導体微細加工の分野では,集積度を上げてきたLSIの集積化技術の限界が見えてきて,それに代わる集積回路として分子素子が注目されるようになってきています。分子の作る世界を直接見ることができる今,現在使われている半導体に代わる新しい単一分子デバイスや自己複製能や自己修復能を持つ分子機械とこれを用いたナノサイズ医学治療など広い分野を視野に入れた従来の化学,物理,生物学の枠組みを越えた新しいナノテクノロジーの研究領域が生まれつつあります。今年の 1 月に米国のクリントン大統領がカリフォルニアで講演した 21 世紀の重要課題としてナノテクノロジーを挙げ,「National Nanotechnology Initiative(NNI)」の科学研究を強力に推進することを宣言しました。基礎科学を集約した 21 世紀に向けた野心的な研究戦略計画です。このような背景のもとで,ナノメートルサイズの分子科学分野で今話題になっている「自己集合」というキーワードから分子の形と我々の日常見ているマクロ的な形とを対照させて考えてみたいと思います。

自己集合,自己組織化

箱根には有名な寄木細工があります。これは材質の異なる木片を組み合わせてパターンを作り上げていき,薄く削った薄片を化粧材として小箱や家具の表面に貼りつけていく伝統工芸です。(図2

図2:箱根寄木細工の模様(菓子包装紙より)

この伝統工芸で用いられている技法−色調の異なる小さな木片の組み合わせで美しい模様を作る−と同じように,小さな分子の部品から高分子のパターン形成や 3 次元構造ができる過程を化学の分野で自己集合,英語では self assembly (セルフアセンブリー)と呼んでいます。自己集合とは,一口に言うと簡単な部品を混ぜておくと独りでに複雑な形ができあがっていくことです。いま,両方に結合できるサイトをもった棒と 2 つの稜に結合サイトがあるL型を混ぜると 4 角形ができます。 L 型を 3 本足に替えると立方体が出来上がります。これは,ブロック積みやレゴなど小さな子供のおもちゃの発想と似ています。違うところは,小さな分子の部品が溶液の中で独りでに組み上がり大きな 2 次元あるいは 3 次元構造物ができるという “人まかせ” のモノ作りである点です。化学者は,分子からできた部品に工夫を凝らして,繋ぎ目に方向性をもたせて,できあがってくる構造物を予想して部品を作るわけです。このようなモノ作りが注目されているのは,生物が行っているモノ作りと極めて似ている点からです。部品が組み上がるのに使われる反応は,熱エネルギー的に安定な点を分子自身が見つけていく点で,これまでのエネルギー消費の大きなプロセスとは異なります。タバコモザイクウィルスは外被たんぱく質が円筒構造をとり核酸である RNA を中に包接している棒状構造をとっています。この構造では 30 数個のサブユニットから構成されていますが,溶液の pH を変化させるだけでこのバラバラのユニットが RNA を中心に内包してウィルスの形態形成が行われます。(図3

図3:タバコモザイクウィルスの自己集合過程(Voet “Biochemistry” p.1076,1077より転載)

このような,生物の自己集合にならった「モノつくり」は大変魅力的ですが,化学の分野での今の段階は生物に比べると,まだ子供のおもちゃ遊びの域を出ていないのかもしれません。 30 億年の経験をもつ生物のモノつくりに学んでいくことが大切です。生物は限られた元素を用いて多様な結合の組み合わせにより,二酸化炭素や酸素,窒素など簡単な分子からたんぱく質,DNAなど複雑な分子を合成しており,DNAの中では 2 重らせん構造による塩基配列により情報伝達や情報保存までを行っています。しかし,この 2 重らせんを作っているのは核酸塩基,糖そしてりん酸からなる小さな限られた部品であり,それらが互いに集合体構造として水素結合を通して独りでに組み上がり,情報を蓄積した配列をとるわけです。しかし,この過程も分子部品から合成されていくという観点から言えば,寄木細工を作る過程と同じと見ることもできます。生体が行っているモノつくりは,限られた材料を用いて,小さなアミノ酸がたんぱく質となり,さらにたんぱく質が会合して集合体を作っていくような階層性を利用した構造形成法です。このような生物のモノつくりにおける階層性を理解するには,部品間に働く相互作用の理解が必要です。生物のモノつくりの中で働いている相互作用が理解できれば,それを化学のモノつくりとして利用することが可能となります。

最近,コンピュータの進歩により,分子図が書ければその 3 次元構造や分子間の相互作用や結合様式が予測できるようになってきています。たとえば,炭素原子は手が 4 本で,この手の組み方により結合の方向が四面体の方向に向いたり,正 3 角形あるいは直線の方向に向きます。同じように金属イオンの場合には, s,p 軌道のほかにさらに外側に d 軌道と呼ばれる結合軌道があり,この d 軌道の方向性により結合の方向が多様性をもちます。コバルトイオンの場合には 8 面体の方向に結合の手が伸びます。金属イオンからなる分子の部品を用いて,分子間相互作用を適当に選ぶと,多角形を簡単に作ることができます。たとえば,立法体を作りたい時には図4に示したような 8 面体構造をとる金属イオンの 3 つの結合可能な部位をもつユニットと両端に結合部位をもった直線ユニットを稜線として,作ることができます。(図4

図4:8面体構造ユニットを基本とした自己集合構造の1つ。
挿入した化合物[Co8(CN)12(tacn)8]12+のX線構造解析の
図はJ.R.Long, et al., Chem.Commun.,1231(1998)
より引用

この 8 面体構造の 6 個のサイトがすべて結合可能となると,無限立方体格子構造となります。このような立方体や無限格子を作ることは,子供の積み木遊びでは非常に簡単な問題です。このような一見遊びに似たような過程から作りだされた自己集合構造は稜の長さを変えることで,立方体の容積を変えられるので,格子内に気体分子を内蔵したり気体透過に選択性をもたすことができます。それは気体吸蔵能を有する分子サイズの容器材料として現在大いに期待されているのです。

2次元界面での自己集合

古くから水と空気の界面に絵の具を広げて,表面にできるいろいろな模様を紙に写し取る墨流しの技法は日本だけでなく,マーブリングとして西洋でも行われてきました。界面における分子の挙動を科学的に考察したのがラングミュアです。彼の研究から,長い炭素鎖をもつカルボン酸は水面上で炭素鎖同士が分散力と呼ばれる弱い相互作用で密につまった構造をとり水面上で数ナノメートルをもつ単分子膜を形成することがわかりました。この単分子膜はいろいろな基板に写し取ることができます。これがラングミュアブロジェット(LB)膜と呼ばれる単分子膜形成の基礎です。LB膜となるためには,分子が親水部位と疎水部位をもつことが必要です。また分子が 2 次元平面で密に詰まる時に,分子間の相互作用の強さや方向性により,いろいろな集合構造をとります。ある場合には花のような形態であったり,ある場合にはテープ状形態をとったりします。分子の個性が見えるようで,測定していて楽しい時間です。一例として,最近私の研究室で卒業研究を行っている中村洋一君( 4 年生)と長谷部恵一君(修士 1 年)が見つけた金属錯体分子のテープ状構造の原子間力顕微鏡(AFM)像を示しました。(図5

図5:金属錯体LB膜の原子間力顕微鏡で見られるテープ状構造

写真の AFM 像から,分子集合体の形成には,分子間相互作用が界面と平行な一方向に強く働き, 2 次元的な結晶成長を起こすことがわかりました。この観察に用いた装置が AFM と呼ばれる新しい顕微鏡です。これは,先端のとがったカンチレバーと言われる針を用いて表面と針の先端に働く力が一定になるように表面形状をナノメートルレベルで観察していく測定法で,ナノの世界を見る目としてなくてはならない道具です。

さて 2 次元あるいは 3 次元に分子が並んで結晶ができる時には,単位となる構造点が 2 次元あるいは 3 次元に無限に並んだ周期性をとり,これを表現するために空間群が用いられます。 2 次元の場合には図6に示したように 17 種類の空間群が可能です。 1 個のユニットとなる格子を 2 次元に広げていくと,美しいパターンが形成されていくのがわかります。このパターンの中には,先に述べた箱根寄木細工の模様パターンと同じものが見られます。 2 次元の空間群が「壁紙群」と呼ばれる由縁はここにあります。このように見てくると,いろいろな模様がミクロとマクロな世界で共通しているのがなんとなくうなずけます。(図6

図5:金属錯体LB膜の原子間力顕微鏡で見られるテープ状構造

金属固体表面では金属原子が規則的に配列しています。配列の仕方には幾通りかが可能です。このような規則的な原子の並びを下地として,石を積み上げていくように分子が表面原子に結合することができます。下地の金属原子と特異的な親和性をもつ原子団あるいは分子があります。なかでも,金表面へのイオウを含むチオールの自己組織化単分子膜がよく知られています。チオール溶液に金基板を浸しただけで金表面に金−イオウ結合が形成されて分子が密に詰まった構造ができることがわかってきています。この特異的吸着と先に述べた自己集合化を利用すると,素子機能をもつ分子を独りでに固体基板表面に吸着させて回路を組ませることもあながち空想でないように思えます。事実,これの手法を用いると,種種のナノパターンを形成することがわかってきています。

さいごに

天然には生物が鉱物を作りだす例が知られており,バイオミネラルと言われています。真珠や貝殻はその 1 つです。原生生物の放散虫や珪藻類の中には,非常にきれいなケイ酸質骨格をもつ 3 次元構造を作りだすものがあります。このような骨格がどうのようにして形成されるのか興味深いところですが,最近トロント大の Ozin らにより溶液中での長い炭素鎖をもつ界面活性剤を用いた自己集合体をテンプレートとするゾルゲル合成法により類似の構造物が人工的にできることが報告されています。これらのバイオミネラルや放散虫の表面を見ていると, 2 次元界面にできる 6 角形のパターンが基本となり空間構造が作られていることに気がつきます。エネルギー的に安定な落ち着く構造として不変的な共通の構造があると考えられます。

これまで述べてきましたように,目で見える自然の構造の中に,分子の世界に存在する自己集合過程が反映されていることが,ナノメートルサイズの科学から少しずつ理解されてきています。ナノメートルサイズの科学が,自然の階層を登ったマクロな世界に投影されていることは驚きであるとともに,そこに美しさを感じます。この分野からは今後予想もしない視点や発想がでてくる可能性があるわくわくする分野であることを最後に申し添えたいと思います。

さらに進んで知りたい方に
(1) 芳賀正明 『超分子の未来』(平尾俊一,原田明編著)(2000,化学同人)
(2) 日本化学会編 『驚きのマテリアル』(1994,大日本図書)
(3) 野副,宮本,新藤著 『STM/AFMが開く新しい化学バイオの世界』(1997,ぶんしん出版)
(4) 渡部哲光 『バイオミネラリゼーション』(1997,東海大出版会)
(5) G.A.Ozin,Acc.Chem.Res.,30巻,17―27頁 (1997)

 

リンク

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