アタシは、PUNXだった。
小学校2年の頃からライヴハウスに通いつめる様なガキだった。
他の人と自分は違うんだって信じ込んで、世間全てを否定していた。
中学に入学すると同時に、友達を巻き込んでBANDを組んだ。
メチャクチャなギターをかき鳴らして、とんでもない声でとんでもない歌を歌っていた。
そして、それがカッコイイと信じ込んでいた。
反抗する事がカッコイイと信じてた。
今思い出すと、逃げ出したくなるくらいハズカシイ・・・
でも、その時の自分は自分なりに必死だったんだなぁ、なんて思ったりもする。


んで、中学時代はモロ問題児。
頭金色にして、中2の時は殆どガッコにも行かれへんかった。
年間総出席日数が1ヶ月無かったもんね。
初めてBANDも組んだ。
家出も、したな。
んでもって、知り合いの人のBANDのボーヤとかやってた。
笑える話、今こそ年より若く見られるけど、当時は20過ぎに見られてたから、補導されたりとか、一回も無かったなぁ。
ライダーズの皮ジャンが欲しくて、メチャクチャに働いた。
今でも、持ってる。
でも、さすがに高校に上がるのが嫌になっちゃって、ガッコに離縁状を叩き付ける。
義務教育なんてクソ食らえ!
一応私立のガッコだったから、形としては中退。
でも、結局公立中に転校。
「高校さえ行けば何してもいいよ」と言う親の言葉に惑わされ高校受験。
転校してから入試まで1ヶ月しかないのに、何とか合格。
後は中退しないように気を付けよう。
ホントウは美容学校に通いながらBANDデヴューする気だった。(笑)


なんとか高校入学!
しかし、イキナリ担任がクソ虫野郎!
高校1年の間、嫌みを言われ続ける。
親に「あいつが2年になっても担任ならガッコ辞める」と言ったら「仕方ないね」と言うほど!
ま、2年になったらそいつとは縁が切れた。ヨカッタヨカッタ。
とりあえず、BANDは続けてた。
ガッコの友達より、ガッコの外の友達の方が圧倒的に多かった。
でも、ガッコの中に親友なんて言えちゃう友達もいて、よく2人でガッコサボってLIVEに行ってた。
しょっちゅう親が呼び出されたりしてたけど、さすがにうちの親ももう馴れっこになってたらしいね。
大抵、ガッコ行って保健室で4時間目までお昼寝して午後は早退、バイトへゴーって生活だった。
かなりヤバイ状態ではあったみたいだけど、なんとか卒業にこじつける。
卒業する時は、何とも思わなかったなぁ。
あれだけアタシを辞めさせたがってたセンセ達、ザマァ見なさい!って気持ちでした。
何より、ガッコから開放される事が嬉しかった。

うちのBANDMASOHISTICA


専門学校に入学!
美容師(メイクさん)になるつもりだったのさ。
ガッコはメチャ楽しかった!
毎日がお祭りみたいだった。
でも、さすがにメンバーが見つからずに、BAND断念。デヴューはナシ。(笑)
そしてやっぱり遊びが本業になって来ちゃって、出席率低下。
入学当時なんて、熱が40℃近くあってもガッコ行ってたのに。(笑)
あ、でもガッコのヨーロッパ旅行だけはしっかり行った。
中々面白くはあったなぁ。
そして、卒業間近に恋に落ちる。
相手は音響のエンジニア。
その人について、音響スタッフやら照明スタッフやらやってみる。
卒業式の日、遅刻してたら除籍処分になる所だった・・・
セーフ。


音響屋の彼氏にくっついてあっちこっちに仕事に行く。
そんなこんなしてるうちに、なんとなーく仕事を覚えてきたりする。
そしたら、バラ売りされて、1人で仕事に行く事なんかも出来てきたりした。
まぁ、大抵は照明スタッフとして行ってたなぁ。
生活が、乱れまくってた頃かなぁ。
とにかく生活時間が狂う、狂う!
真夜中の3時近くに帰ってきて、翌日は5時頃集合なんて事もあったし。
さらに、どんなに長距離の移動もトラック!お尻がイタイよぉ。
まぁ、色々な所に行けて毎日がちょっとした小旅行だったな。
まぁ、よく体力が続いたと思うよ・・・とほほ。


ところがどっこい、どんなものにも終わりがあるの。
アタシとだーりんとのスゥィート・ライフも終わりが来ちゃったのさ。
あの野郎!浮気しやがって!
頭に来て家を飛び出しました。
ははは。頭に血が登ると見境がなくなるもんで・・・
で、実家に帰るも家を追い出され、現在に至る。
結局美容師にもなれなかったし、地方の実家じゃ音響の仕事なんかもないし、現在はしがない派遣社員なんぞをしております。
ま、これがアタシの生きる道。



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