Chapter-7

She`s breeding

女は、桂川美貴と名乗った。敷地だけは広い九段の朽ち果てた医者の家に生まれたらしい。
古くは徳川に仕えた奥医師・桂川某の流れを組む末裔とかで、病弱な母親を8つの時に亡くし、父親と3つ年上の兄との間で育ったという。そして美貴が15の時、患者からうつされた病気がもとで父親も亡くした。父の葬儀の後、久しく付き合いのなかった父の異母兄弟の叔父から両親を亡くした美貴兄妹の扶養の申し出があり、自立する生活力のない二人は事業家の叔父のもとに引き取られていった。
事業家としての才覚にたけた叔父は、貿易の仕事を基盤に飛ぶ鳥落とす勢いで次々と事業拡大を図ったいたが、時折、評判の良くないうわさも世間知らずの美貴の耳にも入ってきた。叔父には3人の子供がいたが、美貴兄妹は叔父家族、特に叔母とその長女との折り合いが悪かった。叔父家族の所に身をおき3ヶ月が過ぎた夏の終わりに、唯一の兄は高校の仲間と海に出かけ、台風が近づきつつあった下田の海に不運にも19を待たずして帰らぬ人となってしまった。
一方、たった一人となった美貴が継承すべきの九段の土地財産を, 強欲な叔父はお抱えの弁護士等を使い、法律も何も判らぬ美貴に扶養を条件に財産放棄をさせ、九段の1200坪の土地を強引に奪い取った。
しばらくして、叔父はその土地に自分の事業拡大のためにビル建設を計画し、朽ち果てた洋館の医院の建物を取り壊してしまった。

美貴は叔父家族のなかで孤独に耐えながらも高校を卒業し、ミッション系の女子大に通わせてもらった。
美貴が20の成人を迎えて間もなく、家族との折り合いの悪さを理由にいきなり高輪の魚藍坂にある叔父の会社名義のマンションに追い出されてしまった。美貴は、自分の悲運を呪いつつも、それでもひとり暮らしになったことで 叔父家族の嫌がらせからの開放をひそかに喜んでいた。曲がりなりにも引き続き女子大に通う教育費と生活費の扶養は毎月与えられ、一人で生活してゆくには十分な保証をえる事ができた。

秋の気配が増してきたある晩、マンションの前に叔父の黒塗りのキャデラックが運転手を伴なって止まっていた。初めての事である。女子大の友達とコンサートに出かけ、この日は少し遅めの帰宅となった。

「おお、美貴か。やっと帰ってきたな。」との声に、前方のマンションの入り口脇の停車中の車に美貴は目を向けた。
「どうしたの叔父さん。こんな所まで」
「いえな、お前にはこんな所で苦労をかけさせて申し訳なく思っているんで、しばらくたったので今日はどうしているかと様子を見にきたんだ。」
いつになくやさしい言葉であった。
「お前に変な虫がついておらんかと思ってな。俺もお前の扶養者として心配を忘れてはおらんぞ。どうだお茶でも入れてくれんか。」と、叔父はスタスタをエレベーターホールへ向かいだした。
「すいません。気がつかなくて。どうぞ。」と、しぶしぶと叔父を9階の部屋に案内した。




続く...Chapter-8...Desire