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Biography

アイコン 名前 中井信輔
アイコン 趣味 
 
  • スキー
  • バスフィッシング
  • アマチュア無線
  • コンピューター
アイコン 自己紹介
  1967年9月11日兵庫県明石市に生れる。
小学生の4年生頃までは、体も弱く(実際、半年も入院経験もあるくらい)
楽器にはまったく興味が無かったが、何を思ったか5年生の時に学校のクラブにあった
鼓笛隊に入部する。そこではトランペットが吹きたかったのでトランペット担当
(10人位いたと思う)になる。
小学校を卒業し、中学校に入学したので同じく楽器を使うクラブに入ろうと思ったので、
自然と吹奏楽部の部室に向かっていた。当然そこでもトランペットを吹くつもりだった。しかし、
顧問の先生の一言「君は体が大きいからトロンボーン!!」
昔はこんな事は当たり前の様にあったものだ。
これより、私のトロンボーン奏者としての人生が始まるのである。
そして、高校にはトロンボーンを吹く為だけに、兵庫県立明石北高等学校(以後、明北と呼ぶ)に進学。
勿論、音楽部(明北では吹奏楽部ではなかった)に入部。アンサンブル・コンクール・マーチングと
色んなジャンルの器楽合奏を経験する。クラブ(吹奏楽)ずくしの高校生活を送っていたある日、何を思ったか
ベルリンフィルの大阪公演のチケットを買って聴きに行く。
そこで、バストロンボーンの強烈なサウンドに感激・感動・感銘し、バストロンボーン奏者に変わる。
そして、音大受験を強行!!なんとか大阪音大の短期大学部に合格する事が出来た。
大学に入学してからは、あろう事かチースリック氏に少しでも近づこうと日夜練習をしまくる日々の連続。
途中大学部に編入したりと色々とあったが、
1991年に大阪音楽大学音楽大学部器楽学科を無事に卒業する事が出来た。
4回生の時から縁があって、大阪フィルハーモニー交響楽団の契約団員として活躍するようになった。
あろう事か初めてのプロのオーケストラの仕事が大フィルと言うのは、かなりのプレッシャーが・・・
その中で楽しんでいた自分が怖い。たった1年間だったが素晴らしい経験をさせて頂いた。
翌年1992年、大阪シンフォニカー(当時名)にバストロンボーン奏者として入団する。
それから10年経った今も大阪シンフォニカー交響楽団(2000年1月1日をもって改名する)
のバストロンボーン奏者として、活躍中。
ソリストとしては、1996年に明石市立野々池中学校と、2002年に兵庫県立明石北高等学校と
定期演奏会のゲストソリストとして協演する。
その他、1996年より、Trombone Choir 「THE SLIDE MASTERS」のメンバーとして、
シカゴ交響楽団バストロンボーン奏者 C.ヴァーノン氏、ボストン交響楽団首席トロンボーン奏者 R.バロン氏、
メトロポリタン歌劇場トロンボーン奏者 山本浩一郎氏達と共演する。
2001年には、大阪シンフォニカー交響楽団のトロンボーン&チューバ奏者の4人により
「SYMPHONIKER LOW BRASS QUARTET」を結成する。
2001年11月21日、神戸市東灘区民センターうはらホールに於いて、1st コンサートを開催する。
2002年9月10日、東京JTアートホールに於いてコンサートを開催。
大変珍しい編成のアンサンブル団体で、音を出すたびに新鮮なサウンドがして、
とても楽しく演奏活動をしている。
現在、大阪シンフォニカー交響楽団バストロンボーン奏者。
「SYMPHONIKER LOW BRASS QUARTET」、「THE SLIDE MASTERS」、
大阪トロンボーンアンサンブル、森下治郎ブラスアンサンブル、各メンバーとして活躍中。
関西トロンボーン協会常任理事を務める。
最後に私のトロンボーン人生における師匠を紹介する。
土橋康弘氏、呉信一氏、中田美喜雄氏の各氏に師事。
Michaer Junghans氏、Douglas Yeo氏の各氏のプライベートレッスンを受ける。


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