Mats en Cuba

Mats en Cuba

2004年10月2日から11日までキューバに行ってきました。 一生に一度ぐらいは行ってみたいとは思っていましたが、まさかこんな時期に.... 何か縁があったのでしょう。 旅行の準備はホテルを一部屋単位で予約してくれるキューバ大使館の側にあるTB社に航空券、ホテル、キューバ国内のバスの手配をお願いしました。 小額のドル紙幣が必要とのことで、$200ほどを虎ノ門の東京三菱銀行で$1札に両替し、 下痢止め薬、便座クリーナー等を整えていざ成田へ。


10月2日(土)
電車を乗り継いで成田。11時間半のフライトでヒューストンへ。 米国ではトランジットでも指紋・顔写真を取られるようなので、 預け入れ荷物無しの手荷物オンリーで一縷の望みを持っていたのだが 有無を言わさず入国管理へ誘導される。 ヒューストンから2時間のフライトでメキシコのカンクンへ。 何やら入国管理でトラブルがあって2時間ぐらい並ばないといけないというアナウンスがあったのだが、乗り継ぎ時間は2時間。 同じ便の団体ツアーに便乗して入国手続き無しでハバナまでのチェックインをしてもらう。 手荷物オンリーなのが幸いして預け入れ荷物が別便になるという事態は避けられた。 不思議と定刻に出発して1時間でハバナへ。 入国手続きの後にいきなりX線の手荷物検査が.... テロ対策なのだろうか? 到着ゲートを出ると一応制服らしきものをきたタクシーの運転手に即捕まり 多少ぼられながら(チップ込み$30也)排気ガス臭いハイウェイを疾走して現地時間10時頃にパルケ・セントラル(セントラル・パーク)に面したホテル・テレグラフォへ。 土曜の夜なので、街には老若男女を問わず人々がたむろっていて大層賑やかだが、無案内なのでホテルのカフェでコーヒー(一杯$1也)を飲んで就寝。 コーヒーは美味かった。

10月3日(日)
ハバナのホテルでは、朝食は朝7時から10時まで食堂にてビュッフェ形式。ここのホテルでは、日曜日はツアーデスクが休みのようだ。 時差ぼけで早々に朝食を済ませて旧国会議事堂・ガルシアロルカ劇場・パルケセントラル・プンタ要塞・マキシモ・ゴメス像を一回り散歩してから日曜日でもやっている「革命博物館」へ。マキシモ・ゴメス像ではスペイン語で強引に説明して写真をとってくれた杖をついたおじさんに$2巻き上げられる。「革命博物館」は、旧大統領官邸だったそうだが、冷房も無く暑い。通りを隔ててフィデル・カストロ率いる革命軍がメキシコから乗ってきたヨット「グランマ号」がガラスの中に銃を持った兵士に守られて鎮座している。定員オーバーだったという以外は、予想以上に綺麗なヨットだ。

一度ホテルに帰って昼食の後、Callejon de Hammelという通りでのパフォーマンスを見に行く。値段を交渉して(チップ込み$6也)ビシタクシ(自転車で引く2人のりタクシー)で行ったが、道路はガタガタというよりかなり大きく陥没した穴が至る所にあり、上り坂などかなりしんどそうだ。アフリカ色の強いルンバのパフォーマンスなのだが、結構観光客向けで期待していたほどでは無かった。 その後、地図を見て通りの名前を確認しながら歩いていたら、下水の蓋が壊れていた所へ右足を突っ込み転落。ケチの付き始めである。その後ナポレオン博物館へ行くが日曜で休館。 革命広場へ回ろうとするとハバナ大学の学生と称する輩に付きまとわれる。 革命広場、植物園を回り結局セントロの居酒屋でかなりぼられ(モヒート5杯$30也)た後にビシタクシでホテルへ帰還。 どうもあまりついていないようなのでホテルでハンバーガーの夕食をしたのだが、 あまり味には煩くない私にしても悶絶するほどのハンバーガーだった。 時差ぼけでベッドでウトウトしていたら旅行代理店の人から電話で、後半予約していたホテル・リビエラ(プール付き)が電力事情の為に閉鎖されたので、パルケ・セントラルに面したホテル・プラザへ振り替えてくれとのこと。代理店を通しておいて良かった。スペイン語でこんなこと電話で言われても分かる分けが無い。

10月4日(月)
相変わらず時差ぼけで早起きし、オビスポ通りを通ってフエルサ要塞、自動車博物館、音楽博物館を回る。 朝のオビスポ通りは、何やら異様な臭気に満ち、現地の人々が掃除をしたり、スタンドでハンバーガーを食べたりしている。ハリケーンの影響かどうか分からないが工事も多い。ヘミングウェーゆかりのホテル・アンボス・ムンドスは改装中。フエルサ要塞の中は美術工芸品の展示室。 自動車博物館では、カミロ・シエンフエゴスやセリア・サンチェスが乗っていた車はあったのだが、チェ・ゲバラの乗っていた車は無く、その後、色々な人に所在を聞いても不明。 音楽博物館はただ楽器が展示してあるだけで、BGMもかかっていない。 コントラバスの駒の位置もでたらめ。

一度ホテルに帰って、ツアーデスクにてガイドツアーを申し込む。 午後1時からは、ヘミングウェーツアー。やってきたのは赤いポロシャツを着たガイドとタクシーの運転手。車で20分ほどのヘミングウェーの家へ。ガイドは博識でどんなハリウッドスターがやってきたとか色々なことを教えてくれる。 本来なら写真撮影は入り口で$5払って許可証を貰うのだが、見張りのおばちゃんにこっそりお金を渡して写真を撮らせてもらう。その後、老人と海の舞台となったコヒマルのラ・レラサというバーで飲み物を飲んでホテルへ戻る。 夜は5時から始まるカサ・デラ・ムシカ・ガリアーノのマチニーにてマイケル・マサというサルサバンドを干渉。なかなかパワフルで良いステージだった。 夕食はパン屋にてハム・チーズ・サンド。

10月5日(火)
朝はスペイン総督の博物館へ。玄関を入って中庭に入るといきなり孔雀が戯れていたりする。キューバが驚くほど金持ちだったときのものが展示されている。その後カサ・デ・アフリカでサンテリアについて説明を受ける。 一度ホテルへ戻って、ホテル・プラザへ移動。あまり冷房も効いていなく厚い。 部屋のクーラーはやたらと煩い。洗濯をして、パン屋で夕食。 暑いので冷えたペプシコーラが美味い。

夜になってから、チェ・ゲバラの執務室があったカバーニャ要塞のツアーへ。 いつ外国の干渉を受けるか分からなかったから見晴らしの良い所に居たそうだ。 一通り説明を受けた後、毎晩21時に英国に占領されたときから続く大砲の儀式を鑑賞。衛兵のコスチュームは英国風。大砲は、思いのほか大きな音だった。

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