ヨーゼフ・ヴァイグル
1766-1846ベートーヴェンの兄弟弟子











クララ・シューマン
ロベルトシューマンの夫人で、ピアニスト。
天才美少女としてデビュー。19世紀最高の女流ピアニスト。
ロベルト・シューマンのピアノコンチェルトに、主題が「ド・シー・ラ・ラー」となっている作品があるが、これはC・H・LA・LAとなり、クララとなっている。
ブラームスとクララの関係も有名。ロベルトシューマンとクララの結婚生活は26年であるが、ブラームスは40年もの間、クララを思いつづけた。ブラームスは生涯独身を通し、クララも再婚していない。2人の手紙はすべて生きている間に処分してしまったので事実は不明であるが・・・
ブラームスはクララより14歳年下で、若い女性に歌曲をプレゼントしては口説いていたようだが、独身を貫いたのだから、クララを本当に愛していたのだろう。











アンサンブル・アルス・ノヴァ
現代音楽の演奏家集団











ミマール
オペラ・コミックやパリ音楽院管弦楽団首席奏者、パリ音楽院教授











デチーソ
断固たる











センプリーチェ
飾り気なく











シャルル・テュルバン
パリオペラ座の首席。パリ音楽院でも教えていた











バセットクラリネット
最低音がミからドに下げられたA管。アントン・シュタードラーが宮廷楽器製作者のテオドール・ロッツ (1747-1792)にこの楽器を作らせた。当時はバスクラリネットの名称で呼ばれたようだ。











ハルモニー
1784年頃のウィーンで8人から9人の奏者で編成されるハルモニーと呼ばれる管楽アンサンブルが流行。
貴族は専属ハルモニーを抱え、オペラからの旋律を編曲して、新しいオペラなどを楽しんだ。











レントラー
チロル地方を中心に、スイス、オーストリア、南ドイツに分布する典型的な踊り及び民族音楽の総称











バセット・ホルン
メランコリック(憂い)な音色が特徴の、通常のクラリネットとは形状が異なるクラリネット。
世に出たときの形が三日月のようにそっていたためにホルン(角、角笛)という名前がついたとされる。
アントン・シュタードラーが得意とした楽器で、モーツァルトこの楽器を好んで使っている。
モーツァルトはシュタードラーが演奏する事を前提に、レクイエムやフリーメーソンのための葬送音楽、いくつかのオペラ・アリアなどで使っている。モーツァルトはバセット・ホルンを悲愴さ、苦しみなどを表現したい時に使ったようだ。
バセット・ホルンのボア(管体)は他の管楽器に比べ長さの割にかなり細く、形状はバセット・ホルンが18世紀の中ごろに生まれてから様々に変化している。いまは管体はまっすぐでベルだけが曲がって上を向いている。
音域は通常のクラリネットの最低音「ミ」より下の「ド」まで下げられている。
F管、G管がある。











フランス六人組

近代フランスの作曲家6人のグループ。構成メンバーはデュレ、オネゲル、ミヨー、タイユフェール、オリック、プーランクの6人。
六人組とはジャーナリズムが彼らをそのようにと呼んだためで、ちゃんとした運動体ではなく、メンバーはその後各自の個性を自由に発揮させる。












トリスタメンテ
いたいたしく、酷く悲しんで











メランコリック
憂い











オーギュスト・ペリエ

パリ高等音楽院の教授。「クラリネット奏者の完全な教育」全10巻を残したフランスの名クラリネッティスト













エスプリ

精神、魂













ポリフォニー
ルネサンス音楽の特徴的な書法で、いくつかの旋律が互いに主も従もなく対等に絡み合い、もつれあって一つの音楽を織りなす。つまり横の流れに重点が置かれ、縦の和声はその結果における従属的なものとなる。











マイアベーア
1791-1864ドイツ出身のオペラ作家で、1826年からはパリで活躍。現在ではほとんど忘れ去られつつあるが、オペラ座の正面を飾る胸像の中にベートーヴェン・モーツァルト・ロッシーニらと並んでいることからも分かるように、当時は偉大な作曲家だった。代表作は「悪魔のロベール」。シューマンはなぜかこのマイアベーアの音楽が大嫌いだったらしい。











シャリュモー
クラリネットの約半分ほどの長さ、内径は現在のクラリネットとほぼ同じである約15mmの円筒管。1枚のリードで鳴らす縦笛











マンハイム楽派
18世紀のドイツのマンハイムにおいて、カール・テオドール(1724-99)の頃にはじまった楽派で、作曲家としてはヨハン・シュターミッツ(1717-1757)などが有名。
マンハイムの宮廷音楽のためにオーストリアやイタリアなどから作曲家や演奏家が集められ、高い芸術性を誇った。
マンハイム楽派の功績としては、現代の交響曲や協奏曲の基礎を築いたことで、18世紀中頃といえば、バッハ、ハイドン、モーツアルトなどが活躍した時代である。
マンハイム楽派は、バロック音楽とは異なる音楽形式を確立させたとであり、特徴としては、クレッシェンドやディミヌエンド、極端なフォルテやピアノ、交響曲における急-緩-急の三楽章からなる従来の形式から、四楽章形式の移行、より自由で感情表現的な音楽、などがあげられるだろう。そして、ロマン派への橋渡しのような役割も果たしている。
モーツアルトは1777年から翌年にかけてマンハイムを訪問し、マンハイマー・ホーフカペレの大編成オーケストラと新しい音楽から影響を受けたとされている。











フリオーソ
熱狂的に











ベニー・グッドマン
アメリカのジャズクラリネッティスト。ベニーグッドマン楽団を設立し、人気を博した奏者。
当時の作曲家への影響を多く与え、彼のためにかかれた曲は多数ある。バーンスタインのソナタやプーランクのソナタなど重要な作品の初演も数多く手がけた。カーネギーホールでのリサイタルも行なっている。











マリア・テレジア
オーストリアハプスブルク家の女帝。シェーンブルン宮殿を建造した。
彼女の娘の一人に、日本ではとても有名なマリーアントワネットがいる。 モーツァルトは6歳の時にシェーンブルン宮殿で御前演奏をしている。モーツァルトは女帝の膝に乗って首にキスをしたとか。そのとき宮殿内ですべって転んだモーツァルトをマリーアントワネットが助け起こし、彼女に「ぼくのお嫁さんにしてあげる」と言ったとのエピソードも残っている。











ツェルニー

カール・ツェルニーの名前はピアノを習った人は誰もが知っている。彼のピアノ教則本に集められた作品は今日に至るまで世界各国で使われている。様々なジャンルの曲も作曲したようであるが、現在あまり出版されていないようだ。












ディベルティメント(Divertimento)
日本語では”喜(嬉)遊曲”と訳されるが、「娯楽」とか「慰め」とかいう意味。
王侯貴族の会合や食事の際に演奏される娯楽音楽のことで、楽器編成はさまざま。通常は小編成の室内楽風で楽章の数が6楽章。











メヌエット
小さなステップを刻むダンス、という意味。
フランスの田舎のダンスから発展した3拍子の音楽で、8小節が繰り返され中間部にトリオ(三重奏)を持つことが特徴である。
17世紀、ルイ14世によって宮廷に取り入れられ、カツラを被り、儀礼用の刀を差して舞うというダンス音楽として流行した。











スケルツォ
以前はメヌエットが主流だったソナタや交響曲の第3楽章にベートーヴェンがスケルツォを取り込んでメジャーになった。 3拍子の早いテンポの曲。











ソナタ形式

ソナタ形式は交響曲などで用いられる三部形式の応用形式のこと。
提示部では第一主題と第二主題の2つの主題を提示する。第一主題は主調、第二主題は属調か平行調で提示され、その間には転調のための経過部が置かれる。第二主題の提示後は提示部を閉じるための小結尾がある。提示部は繰り返し記号によって繰り返される。
次に展開部があり、第一主題と第二主題が自由な形で展開される。
やがて再現部が来て、第一主題,第二主題共に主調、あるいは同主調で再現される。
古いソナタ形式では、展開部と再現部がまとめて繰り返されることもある。












マルチア
行進曲風











ロンド形式
ロンドとは「回る」という意味。
主としてABACABAの形で、Aの部分が何度も現れることからこの名前がついている。
BあるいはCの部分からAに戻る際には、Aの出現をあらかじめ示唆するような音形がでてくるのも特徴。
古典派以降のロンドでは、ソナタ形式などの影響を受け、
A(主調)→B(属調/平行調)→A(主調)→C(関係調)→A(主調)→B(主調)→A(主調)の形が多く見られる。











グラツィオーソ
優美に











マイニンゲン
ドイツの都市