18世紀前半に生まれたクラリネットであるが、モーツァルト以前にこの楽器に優れた音楽を書き残した作曲家はなく、この楽器の持てる能力のすべてを発揮させ、そのもてる魅力のすべてを出させるような曲を書いた最初の作曲家はモーツァルトである。その中でもコンチェルトと五重奏曲は不滅の名曲である。


モーツァルトは少年時代の演奏旅行中にクラリネットに出会っている。それが、1763年のマンハイム楽団の演奏会か、1764年のロンドンであろう。確実なことはアーベルの交響曲を写譜してこの楽器の取り扱いを学んだことである。
実際のところはモーツァルトとクラリネットの出会いがいつであったのかはよく分かっていない。少年時代、各地の宮廷を旅したモーツァルトであるから、どこかで出会っているのであろう。

モーツァルトがはじめてクラリネットを使った作品が、イタリア旅行後の、1771年のディベルティメントK.113で、1773年のディベルティメントK.166、186ではより上手くクラリネットを使っている。

1777-1778年のマンハイム・パリ演奏旅行の間おそらくミュンヘンかマンハイムで、クラリネットを勉強する機会をもったことも分かっている。フランスを手本にした、マンハイム・オーケストラはクラリネットを取り入れており、それを聞いたモーツァルトは感嘆して、1777年の父親に宛てた手紙では「ああ、私たちにクラリネットさえあったら!・・・」と記されている。
その後パリで作曲した”パリのオーケストラのための曲K.297”(1778年)でクラリネットを使っている。同じ時期に協奏交響曲(オーボエ、クラリネット、ホルン、ファゴット)も作曲されている。実はこの協奏交響曲のクラリネットパートがモーツァルト自身が書いたのかが不明である。当初クラリネットパートはフルートで書かれていたのである。1784年にはオーボエ、クラリネット、ホルン、ファゴットとピアノのための五重奏曲も書かれた。この時期よりクラリネットは頻繁に使われ、1780年以降の”イドメネオ”以降のオペラにはクラリネットとバセットホルンは必ず使用された。
”女はみんなこうしたもの”でのクラリネットの音は「愛する者たちの表現力豊かな代弁者」と言われている。モーツァルトはクラリネットをその他多くのオペラのなかで非常に慎重に取扱っている。
ジャカン家(植物学者、モーツァルトは息子のゴットフリートと親しくしていた)のために数曲書いている。2本のクラリネットとファゴットのための5つのディベルティメント(原曲はバセットホルン3本?)(1783-1785の間)、”クラリネット、ヴィオラとピアノのためのケーゲルシュタット”(1786)がそうである。このケーゲルシュタットの名はジャカン家のケーゲルパーティーの最中にかかれたためである。

ザルツブルクを離れウィーンに定住してからモーツァルトとアントン・シュタードラーとの交流が始まるのである。クラリネットの数々の作品をモーツァルトに書かせたのはアントン・シュタードラーであった。
モーツァルトは友人のアントン・シュタードラーのために1789年、”クラリネット五重奏曲”を作曲。死の前年1791年にはクラリネットコンチェルトを書いた。クラリネットコンチェルトのほうは当初バセットホルンのために書かれた。これは第1楽章の初期のスケッチから明らかである。また、五重奏曲、コンチェルトともに自筆譜が失われたままであるが、シュタードラーの発明したバスクラリネットのために書かれていることも間違いない。ところでモーツァルトが当時のクラリネットでクラリネットのもつ魅力等をすべて引き出したことはまったく驚かされる。また、シュタードラーも当時の5キーのクラリネットでこの曲を演奏できたことには脱帽である。

これ以外にもクラリネット五重奏曲の未完稿の作品がある。変ロ長調、変ホ長調、クラリネット、バセットホルン、ヴァイオリン、ヴィオラとチェロのための五重奏曲、バスクラリネットと弦楽四重奏曲ための曲、の4曲である。

上記の以外にも多くのクラリネットの作品が残っている。
室内楽でクラリネットを使っているのは、ディベルティメント1番、3番、4番、Esdur、Bdurで、セレナードは10番(グランパルティータ)、11番、12番(ナハトムジーク)、2本のバセットホルンのための12の二重奏曲、ノットゥルノとカンツォネッタが数曲、2本のバセットホルンとファゴットのためのアダージョ、などなど。
コンチェルトではピアノコンチェルト数曲、ホルンコンチェルト数曲。
オペラでは、後宮からの誘拐(クラリネットとバセットホルン)、フィガロの結婚、ドンジョヴァンニ、コシ・ファン・トゥッテ、魔笛(クラリネットとバセットホルン)、皇帝ティートの慈悲(クラリネット、バセットホルンに有名なソロがある)。

”皇帝ティトゥスの慈悲”のクラリネットとバセットホルンのソロはシュタードラーのためにかかれている。この曲のクラリネットソロは最低音Cが出てくることから、この曲もバスクラリネットのために書かれたと推測される。

これだけ多くのクラリネットの作品を残したモーツァルトであるが約50曲の交響曲のなかでは4曲(第31番パリのオーケストラのための曲K.297(1778年)、ハフナー家用セレナードからの改作第35番K.385、第40番ト短調交響曲K.550の第2稿、第39番の変ホ長調K.543)しかクラリネットを使っていない。


※このページの内容はクラリネット・ハンドブック及び多くのCDジャケットを参考に作文してあります。