親愛なる日本の友へ〜近況報告〜

 こんにちは、ご無沙汰しております。みなさんお元気ですか?マダガスカル生息中の鹿嶋蔵人こと藤井です。今日は2月22日、土曜日。日本はそろそろ寒さのピークを越え、春の兆しが見えてきた頃でしょうか?こちらの今の気候は日本の7月くらいといったところでしょうか。勤務中はそれなりの格好をしていますが、家では毎日Tシャツ1枚&ハーフパンツです。

 さて、この任地ミアンディバッゾ(Miandrivazo)市での生活を始めて40日ほどが経ちました。赴任当初は(ホームステイだと聞いていたのに)家を用意していただいたり、恐縮してしまうほど盛大な歓迎セレモニーを催していただいたりと、感激の嵐でした。そしてその後病気を患ったりして、肉体的にも精神的にも一時不安定な時もありましたが、今は自炊をする環境も整い、生活のリズムをつかみつつあるところです。

 月〜金の午前中は配属先であるミアンディバッゾ教育委員会=通称CISCO=の事務所で勤務(といっても実質顔を出しているだけで今は一人でマダガスカル語の勉強をしています。木曜日は学校教育事情調査という名目で小学校の授業参観をしています。)して、昼食は主に外食(最近いい大衆食堂を発見、たらふく食っても一食50円!)で済まし、午後は昼寝して水浴びして、3時頃から現地の十〜二十代の有志数人に日本語や日本文化をレクチャーしています。日暮れ前は、今月から体力保持のため始めた縄跳びをしているのですが、始めて3分も経つとまわりに子供たちがわんさか集まってくるので、時に日本の遊びを紹介したり(今「じゃんけん」を普及中、次は「あっちむいてほい」か?)また彼らの遊びを教えてもらったりして、日々交流を深めています。夜は夕食を作ったり日記(個人用と事務所提出用の「週報」)を書いたり、また皆さんから頂いた本を読んだりして、11時には床に就くという、そんなお気楽な(?)生活を送らせていただいております。

 用意して頂いた「自慢の」家ですが、10畳ほどの居室と4畳ほどの炊事場兼浴室(文字通り「水浴び場」です。シャワーや風呂釜があるわけではありません)から成っていて、これが非常に大きいのですが電気が通っています(だからこうしてパソコンが使えるのです)。それから扇風機・蚊帳つきベッド・小さなソファーも用意していただきました。先日ガスや机・水がめなど生活物資を買いに250キロ離れた町まで買出しに行ったのですが、その帰りの長距離乗り合い自動車=通称タクシーブルース=での輸送中、荷台に乗せた買ったばかりの机が(他の乗客の凄まじい量の荷物の圧力によって)徹底的に破壊されてしまいました。それで一念発起して丸一日かけて(ぼろぼろの大工道具と格闘しながら)その机を修理というか改良したのですが、それがつぼにはまって今目下の趣味は日曜大工(毎日大工)です。その他簡単な配線工事、窓やドアの修理など、家の改修にも余念がありません。部屋のあちこちに工夫を凝らしています。またいろいろな場面で「生活の知恵」を習得しつつあります。いろいろ不便なことも多いですけど、それだけ工夫のしがいがあるわけですね。

 家のロケーションはほぼ完璧です。市場からも勤務先からも、またこの町の一番の名物である(と私は思っている)大河(おそらく日本のどの川よりも川幅は広いでしょう。その流れは雄大の一言に尽きます)からも程近く、比較的治安もいい地区で、まことに申し分ありません。ただ、ここは半分学校の敷地内にあるような場所で、朝から晩まで私の家の周りには絶えず何人、時に何百人という子供たちが元気に遊んでいます。日中は極めてにぎやかです。たまに度が過ぎて問題も発生します。でも勿論文句は言いません、何しろ「青少年活動」隊員ですから・・・(本当に困った時は庭を挟んで隣の、家主でもある校長先生の家にかけこんで助けてもらいます。)それからそう、家の周りにマダガスカル名物カメレオンが結構いるんです。自分で捕まえたり、子供たちが持ってきてくれたりして、一番多い時で4匹同時に部屋に飼っていた時がありました。飼っているといっても家の中で放し飼いなのでいつも数日経つといつの間にか(えさを求めてでしょう)いなくなってしまいます。昨日までいた一匹も今朝旅立ったようで、今はいません。

 そんなこんなで、なんだかんだ言いながらも、ここでの生活楽しんでいます。

 ですから一番の悩みといったら、不便な生活環境でもなく、いたずら小僧共でもなく、やはりしばしば私を襲う「孤独感」です。この町には電話がなく、したがって今私には連絡手段というものがありません(厳密には郵便がありますが、首都まででも最低一週間、まして外国は…切手泥棒に遭って闇に葬り去られるなんていうことも…)。日本では携帯を持ち歩いて、「いつも誰かとつながっている」ことに慣れきっていたせいもあるでしょうか、今の「誰ともつながっていない」状況はけっこう堪えるんです。「誰ともつながっていない」というのは、常日頃私を支えてくれるここのホストファミリーや上司、日本語を習いに来る友達たち、そして親しくしてくれる子供たちなどに対して少々失礼な表現かもしれません。しかし正直なところ、やはりなにぶんまだ言葉が不自由で、しばしば言いたいことの半分も伝えられず、また聞き取れず、それ故まだ彼らと本当に深い付き合いが出来る状況に達していないのが実際のところなのです。日本語が聞きたい、「俺」の愚痴を聞いて欲しい、そんな思いに時に駆られるのです。

 それから勿論ですが(これは別に「悩み」というわけではありませんが)、ここに来てからというもの、日本のこと、あなたたちのこと、また世界中に散らばった私の仲間たち(研修をともにした協力隊員)のことを思わない日はありません。時々静岡や関西の何気ない町の風景が急にフラッシュバックしたりして、たまらない気持ちになります。一旦アルバム(あなたたちととった写真やMD)を開くと、何時間と見(聞き)続けてしまいます。毎週土曜日の晩御飯は、親が送ってくれたインスタント味噌汁や梅干・日本茶などを使って日本を懐かしんでいます。ノスタルジーというのは本当に不思議な感覚だなと思います。ここでの生活がまだ完全に慣れていないせいもあるんでしょうが、私が思うに、そうでなくてもノスタルジーは心にあり続けるもの、つまりたとえここでの生活を満喫しきっていたとしても決して完全に拭い去ることの出来ないものなのではないかと、今そんな風に思うのです。(マダガスカル人と結婚してこの地に骨を埋める日本人を2人知っていますが、彼らの胸のうちはどんなものなんでしょうか・・・)

 勿論自ら望んで選んだ道、憧れだった海外生活、3ヶ月も立たないうちに「帰りたい」などと言っては罰が当たります。いや、正直自分のおかれた状況の幸せに身震いするくらいです。大学出たての何も出来ないこんな私に、このような貴重な、本当に貴重な経験の機会を与えてくださった、JICA(国際協力事業団=協力隊の母体です)を始めまわりの皆様に、ただただ感謝するばかりです。出来る恩返しとしたら、精一杯この2年間を楽しむこと、充実したものにすることでしょう。やってみせます。必ず悔いの残らない2年間にしてみせます。まだまだ頑張れます!

なんだか夜中のせいもあって妙なハイテンションになってきまして、文脈も乱れてまいりました。長々と拙文にお付き合いさせてしまい申し訳ありません。何分日本語に飢えているもので・・・。

 また宝くじや万馬券なんかであぶく銭でも出来た折には、いかがですか、マダガスカル?いいところですよ〜(いやマジで)!

それでは、どうぞ皆様もお体にはお気をつけて、仕事に勉強にボランティアに頑張ってください。そして、1年10ヵ月後の再開を心から楽しみにしつつ・・・

 Mandra−Pihaona!(さようなら!)

 2月23日現地時間午前2時42分 Miandrivazoの居室にて
 藤井ユウスケ(鹿嶋蔵人)