隊員活動報告書

第1号報告書(赴任3ヶ月目)として、以下の項目について報告します。
〈1〉 現在までの活動状況
〈2〉 配属先の概要

〈1〉 現在までの活動状況

任国の印象
 派遣当初に感じたこの国の印象といえば、まずはやはり「これが途上国というものか…」という純粋な実感です。ことごとく老朽化が進んだ建物・道路・車(首都は排ガス汚染がひどいです)、これが売り物か !?と目を(鼻も)疑う市場で裸売りされるハエまみれの生肉・生魚、ゴミだらけのドブ川で川遊びから洗濯・魚釣りまでしているスラム街の光景など、諸先輩方の1号報告書によく描かれていた世界が、この国でも繰り広げられていました。個人的にショッキングだったのは、首都中心部でしばしば見うけられる、四つんばいで徘徊する肢体不自由者たちです。おそらく車椅子も杖も買えないのでしょう。日本で訓練前に少し障害者福祉のボランティアに携わった身としては、まさに言葉を失う光景でした。
 勿論ここは途上国。あら捜しをしていてはきりがないのは当然です。
 この国の素敵なところ、私が大好きなところ、それは何にもまして、この国の人が総じて歌をこよなく愛し、そして上手に歌うことです。特にハーモニーの感覚が非常に豊かなのは、脱帽に値するといっても過言ではないでしょう。首都滞在中、教会の日曜礼拝やクリスマスミサに何度か足を運びましたが、聖歌隊のみならず、一般信者(市民)が奏でる讃美歌のハーモニーに、毎回泣かされました。また、語学学校の登下校で利用した乗合自動車“タクシベ”は、いつもぎゅうぎゅうづめの乗客にもみくちゃにされて、決して快適な乗り物ではありませんが、車内に流れるラジオの音楽に合わせて、誰からともなく乗客がハーモニーを奏で始めると、降りる停留所が近づいてきても「もっと乗っていたい」という思いにしばしば駆られたものでした。

現地語学訓練
 私たちは首都の語学学校において、延べ4週間、マダガスカル語の語学研修を受けました。
 学校の期間と時間数(一日3時間・週4日)については、任地への赴任時期、また当時のまだ不慣れで余裕のない生活を考慮すると、妥当な量だったのではないかと思います。
 私たちは初代隊員なので、学校側にとってもこのたった1ヶ月の語学研修というのは初の試みだったこともあり、授業は全体として試行錯誤といった感じでした。私たちの方にもそれをフォローする余裕がなかったといえばそれまでですが、しかしもう少し私たち生徒側がモチベーションを上げて、活気のある授業にすることはできなかったかと、今にして思うところです。
 一方、私には個人的に第二・第三の“授業”がありました。一つはホストファミリーによるそれで、毎晩夕食後「ユウスケ、今日の復習をするぞ」と言っては、それこそ親身になってマダガスカル語を教えてくれました。私もそれに応えようと、疲れた体に鞭打って必死にくらいついていきました。そして今一つは、私の配属先機関である“UERP”の事務所でのそれです。事務所が語学学校のすぐ隣にあったこともあって、学校帰りに計4回訪ねましたが、私は自分の仕事のことやこの国の教育事情などについて話を聞きに行ったつもりが、いつもいつの間にかマダガスカル語講座になってしまい・・・まあそれも今となってはよい思い出です。

任地ミアンディバッゾ(Miandrivazo)に赴任して
 任地で生活を始めるにあたり、心配な点が三つありました。一つは気候、一つは家(ホームステイ)、一つは食生活です。
まず最初の気候についてですが、赴任前いろいろな人に任地の情報を聞いてみましたが、返ってくる第一声は必ずと言っていいほど「暑い !」という返事でした。それなので私も相当の覚悟で任地に赴きましたが、実際行ってみると十分予想された範囲内で、日本(静岡)の一番暑い時期よりは過ごしやすいくらいでした。(ただ当地の最も暑い時期は10月頃とのことですので、それは未体験です。)
それから二番目の家についてですが、当初、赴任後しばらくはホームステイ(貸与住居は用意されていない)という話でしたが、行ってみると、電気・蚊帳つきベッド・扇風機・室内浴場が備わったすばらしい家を用意していただいていて、大感激しました。ロケーションも別添地図の通り、職場からも町の中心(商店街)からも程近く、申し分ありません。
 そして最後の食生活についてですが、最初の3週間は自炊の環境が整っていなかったので、家主の家などで三食食事を用意していただきました。しかし心配していた通り、作っていただく料理がいまいち口に合わず、そのため食が細くなっていってしまい、失礼とは存じつつも正直結構つらいものがありました。しかし自炊を始めてからは食欲も回復し、生活全体に俄かにハリが出てきました。今は至って健康で、日本にいた時からの慢性的な下痢症まで治ってしまったくらいです。食事は、昼は大体外(近くの安屋台がメイン、ごくたまに高いが豪華なホテルの食堂も利用する)で食べ、朝晩は自炊しています。当初、魚がこの町の特産物なので魚中心の食生活になるだろうと聞いていました(私はあまり魚が好きではないので、これが大きな悩みの種でした)が、実際はそんなことはなく、野菜や肉も市場でそこそこ手に入ります(品数が日によってかなりまちまちなのが難点ですが・・・)。 そういうわけで、当初の三つの心配事は、概ね杞憂だったといったところです。

現在の活動状況
 業務活動はまだまだこれからといったところですが、生活リズムはだいぶ整いつつあります。
 朝は6時半頃起き、平日は8時から11時半まで事務所に行っています。といっても、現時点では何か業務の手伝いをしているわけではなく、一人でマダガスカル語の勉強をしたり、事務所に提出している“週報”を作成したり、後で述べる週末の授業の準備をしたり、自由にやらせてもらっています。 昼食後の暑い時間帯は、小一時間昼寝をしたり水浴びをしたりして過ごし、午後3時頃から再び活動を始めます。月・水・土は、この町在住の旅行ガイドや有志の学生など若者数人に日本語を教えています(そして私も彼らからマダガスカル語を教えてもらっています)。その他の日は、職場に顔を出したり、買い物や散歩をして現地の人と接するようにしたりしています。
 日暮れ時は毎日、近所の子供たちと遊んで汗を流しています。最近非常に面白い遊び(スポーツと言った方がよいか ?)を教えてもらい、それにのめりこんでいます。早速素敵なお土産ができたと喜んでいる次第です(日本の子供たちに是非紹介したいので)。また夕立の時などは家の軒先で算数などの勉強を教えたりもしています。
 夕食後はギターを弾いたり、本を読んだり日記を書いたりして、大体11時頃には寝ています。
 主な業務活動としては、先月から毎週金曜の夕方と土曜の午前の二時間ずつ、要請にあった無就学児童対象クラス(ZAMAクラス)を現地スタッフ(先生)二人と共同で始めています。始めてから一ヶ月が経ちましたが、まだまだ暗中模索といったところで、この場にいろいろ書くのは時期尚早と思いますので、詳細は次号にまわしたいと思います。それから、学校教育事情調査の名目で、週一回程度、近隣の学校の授業参観も行っています。

安全対策の留意点
 これといって特別なことはしていませんが、
・ 鍵や錠が未設置あるいは不具合のあったドアや窓は、全て修理・付け替えなどを済ませた。
・ 生活費ストックやパソコンなどの貴重品はスーツケースや鍵つきの机の引き出しの中に保管し、スーツケースはワイヤーでベッドにくくりつけベッドの下に置いてある。
・ 家を離れる時は基本的にドアも窓も施錠している。
・ 子供たちを家の中に入れない。
・ 上京や買出しなどで数日家を空けるときは、家主と職場の人にだけその旨を伝える。
・ 警察・憲兵隊の方々とよい付き合いを保つ。
などしています。
 油断は禁物ですが、3ヶ月間暮らしてみて、この地区の治安はそれほど悪くないように思います。何分小学校に隣接している(というよりは敷地内にあるといったほうが適切か ?)ため、日中はおびただしい数の子供たちが私の家を取り囲んでいますが、これまで特に大きな問題は起きていません。初めの頃は、いくらかの“イタズラ小僧”たちにいたずら(窓から覗かれたり、用もないのにしつこくドアをノックされたり、ドアの前に重い石を置かれたり…)されたりもしたものですが、私が直接注意したり、家主である校長先生を通じて注意してもらってからは、そうしたいたずらも収まっています。
 そういうわけで、幸い今まで大きなトラブルはありませんが、今後も油断することなく、基本的な安全対策を怠らないようにします。

健康管理の留意点
 これについては、やはり“健康第一”の意識のもと、無理をしない、規則正しい生活を心がけています。
 前述の通り、自炊を始めてから体力も向上し、運動する余裕も出てきたので、毎夕縄跳びをしたり子供たちと遊ぶなどして、体を動かす機会を設けるようにしています。しかし、体に異常を感じた時は、基本的にあらゆる活動を中断し、早めの対処(熱を測って薬を飲むなど)と安静を第一に、治療に専念しています。
 そしてこれが特に気をつけていることなのですが、精神的な異常にも敏感になるよう努めています。こちらに来て、マラリアと同じくらい“うつ”が恐ろしいと実感するようになったからです。今のところ外部との連絡手段が郵便しかないので、落ち込んだ時に悩みを打ち明ける環境が十分ではありません(残念ながらこちらの人と悩みを語り合えるほどのコミュニケーション力はまだついていないのが実情です。そもそも気が重い時は不自由な言葉を話すこと自体がおっくうになってしまいます)。ですから一歩間違えると一人で奈落の底に落ちてしまいそうな、そういう危険性をひしひしと感じているのです。日本にいる時はうつ病なんて無縁なものと思っていました。しかし今は最も注意を払っている病気です。ただ薬を持っているわけではないので、私の場合気が重くなってきたら、まずは原因究明よりも「今したいことは何か」と考え、それを実行し、「時が解決するから…」とじっくり構えるようにしています。それでもそういう時は得てして「怠けているだけじゃないのか」と仕事を中断している自分を責めたり、「こんな調子で2年間いったら…」と言い知れぬ焦燥感にかられたりするのでやっかいなのですが。とにかく、気分の浮き沈みというのはなくなりようがないことですから、それらと上手く付き合っていけるよう、引き続き努力していきます。
 マラリア対策について述べます。まず予防薬は(迷うところですが)基本的に飲んでいません。防蚊対策はそれなりに講じています。まず赴任後すぐ、持ってきた蚊帳を使って(切断して)家の窓やドアに防蚊網を設置しました。ただ人の出入りやものの出し入れのため完全に枠にくくりつけているわけではないので、蚊の侵入も完全には防ぎきれません。室内に多く入り込んでしまった時は蚊取り線香をたいています(ただ正直あまり効き目がないように思います)。さらに気になるようなら日本から持ってきた殺虫剤を直接かけています。それからクモを積極的に飼って(?)います。おかげで部屋の四隅はクモの巣だらけですが、それにかかった蚊を見るにつけ、しめしめと少し嬉しい気になります。夜は勿論蚊帳の中で寝ています。蚊の巣と化している離れのトイレ(これまであらゆる駆除策を講じましたがもうお手上げです)に行く時は、靴下を履いていくなど極力肌の露出を減らし、大の時はお尻を含め露出部にトイレ据え置きの防虫スプレーをかけています。尚、マラリアの疑い方、初期療法などを健康管理ハンドブックなどで定期的に確認しています。そして再三指導も受けているように「マラリアの疑いが出たらすぐに上京」しようと思っています。ただ、しんどい体を引きずって、あの長時間の劣悪な移動環境に耐えられるのか、正直不安なところです。
 何をするにも体が資本です。心身ともに健康であり続けられるよう、これからも細心の注意を払っていきたいと思います。

 以上が、現在までの私の活動状況です。

〈2〉 配属先の概要

配属機関名
・配属省庁 ・・・・・・Ministere de l’Enseignement Secondaire et de l’Education de Base
    (略称:MINESEB)=初等中等教育省
・勤務先 ・・・・・・・la Circonscription Scolaire de Miandrivazo(CISCO Miandrivazo)
=ミアンディバッゾ県教育委員会
・要請プログラムの運営元  ・・・l’Unite d’Etude et de Recherche Pedagogiques(UERP)/
Cellule Education des Filles(CEF)             =教育研究調査局/子女教育室

  概要
 CISCO Miandrivazoについて
 ミアンディバッゾ県内の73の公立・私立学校(小学校65校・中学校7校・高校1校・教員総数300人・生徒総数約1万人)を管轄し、各学校への教材・資金の配分、教員の研修、学校間行事(県児童スポーツ大会等)の企画・運営、外部・上部組織との連絡・調整など、学校教育事業全般に関する業務を行っている。
 事務所の職員数は33人で、大きく経理・財務課(16人)と、教育企画課(17人)に分かれて業務を行っている。
外国からの援助については、私以外の外国人スタッフはおらず、物資・資金面でも直接的な援助は受けてない。
◆UERP/CEFについて
 UERPは首都に事務所を置く事務局長直轄の監督組織の一つ(初等中等教育省組織図参照)で、その中の1部局であるCEFが、私の要請プログラムである ZAMA(Zaza Miasa Anpianarina=就労児童への教育)の運営責任部署である。
 ZAMAは、当地も含めたチュレアール州の3つの県において4年前に開始されたプログラムであるが、他の2県のそれは財政難から早くも打ち切られてしまったそうである。
 両者の関係と私の立場
 ZAMAはUERP/CEFの管轄プログラムであるが、UERPが独自に支部を持っているわけではないので、実際はCISCOの職員や地元の小学校教諭に活動を委託する形で実施している。
 私は、形式的にはCISCO Miandrivazoの経理課に自分のデスクを置かせてもらい勤務先としているが、実質的にはUERPからの派遣職員といった立場にあり、前述の通り現時点ではCISCOの業務には直接的に関わっていない。しかし、今後学校や就学児童も活動の対象にしていくつもりなので、CISCOにはこれからもいろいろな場面でお世話になるであろう。
 そういう意味で、自分は両者の職員であるという自覚の下、活動していくつもりである。

                                         以上

―初等中等教育省組織図―