隊員活動報告書

第2号報告書(赴任6ヶ月目)として、以下の項目について報告します。
〈1〉 生活状況
〈2〉 業務状況

〈1〉 生活状況
 1号報告書を提出した頃から任地は乾季に入り、最近は、朝晩は過ごしやすいを通り越して寒いくらいの陽気になってきました。かつて(任地は)暑い暑いと脅され続けてきた私としては予想もしていない寒さで、少々戸惑っています(今も風邪を引いています)。
 生活スタイルは1号報告書の時点と基本的に変わっていませんが、大きく変わった点が一つあります。それは、5月に無線が自宅に設置されたことで、首都の事務所そして無線設置隊員との連絡が可能になり、またその無線を使ってNHKの短波ラジオを聴く術もマスターしたので、日本や世界の情報をタイムリーに得られるようになったことです。前号で連絡手段が乏しく心細いと書きましたが、その点は大きく改善されたわけです。
 語学の習熟度については(自己評価の難しいところですが)、相変わらず続けている夕方の散歩・大衆食堂での昼食・現地の人への日本語レッスン(兼私のマダガスカル語レッスン)などを通じて、任地の人との交際は以前にも増して積極的に行っているので、会話力は徐々についていると思います。文章を書くのは流石にまだ難しく、配属先へ提出している週報やレポートはフランス語で作成しています。一方そのフランス語は会話力の低下が深刻(話す機会が殆んどないため)で、たまに上司や町のお偉いさんからフランス語で声をかけられると返答に冷や汗をかくなどということがしばしばで、困っています。
 余暇の過ごし方についてですが、日曜日などの休日は至ってのんびりと過ごし(掃除をしたりカレーを煮込んだり)、特記すべきことはありません。またまとまった余暇というのも今のところまだ取っていません。ただ前号から今回までの間に"出張"という名目で任地外に一週間ほど滞在する機会が2度あり、新しい町を訪れたことでよい気分転換になりました。1回目の出張は同じ県内の小さな田舎町で、市長を筆頭に色々な人と親しく交流させていただきました。別の町で顔(人脈)が広がったのは今後の活動を考えた上でも大きな収穫だと思います。そして2回目の出張はバオバブ並木で有名な観光都市ムルンダヴァで、出張業務の後3日休みをいただき、そうした観光も含めしばしの非日常を満喫できました。

〈2〉 業務状況

ZAMAクラス
 私の要請プログラムであるZAMA(無就学児童)クラスは、毎週金曜の午後と土曜の午前の2時間ずつ、2人のカウンターパート(2人は金曜と土曜を交代で受け持ち。私は両日)と共に小学校の教室の一室を借りて行われています。前半1時間強がカウンターパートによる衛生教育と識字教育の時間、そして後半1時間弱が私のレクリエーション授業というのが、基本的な授業構成です。生徒数はトータルすると40人近くになる(名簿がまだできておらず正確な人数が把握できていない)ようですが、毎回欠席者が多く、通常大体20人ぐらいで授業を行っています。年齢は、下は6歳(推定)から上は14歳までとさまざまですが、みな経済的事情から学校に通えない、あるいは早くにして退学してしまった子らです。
 開始から3ヶ月が経過し、まだまだ順調とは言いがたい状況ではありますが、生徒たちとも徐々にうち解け合え、授業も日々試行錯誤を重ねながら、またカウンターパートの助けも借りながら、どうにかやっていけるようになりつつあるといったところです。
 当初は失敗と戸惑いの連続でした。予想もしていない展開に毎回翻弄されていました。第1回目の授業が特に印象的だったのでここに紹介します。

 最初の授業ということで、自己紹介をしようと考えた。しかしただ口でしゃべるだけというのもつまらないと思い、"(学校へ行っていないので)普段家で何をしているのか"ないし"好きな遊び"というテーマで絵を描いてもらい、それを用いて(絵を説明しながら)自己紹介をするというやり方でやることにした。授業前カウンターパートにこの企画を説明すると、「そんなのは無理だからやめておきなさい」とたしなめられてしまった。しかし私はその時その意味が分からず(つまり日本の幼稚園児・保育園児がそうであるように、文字は書けなくても、鉛筆の持ち方がぎこちなくても、多少の絵は描けるだろうと思っていたので)、大事な紙と鉛筆を大量に要請してまでこの企画を押し通してしまった。
   結果は惨憺たるものだった。半数以上の子がミミズのような線、ゆがんだ丸などを書くのがやっとであった。しかしそれ以上にショッキングだったのは、年長の生徒たちはそれでも絵らしい絵を描けてはいたのだが、その描いた絵がことごとく"ヘリコプターと家"(組み合わせまで一緒)だったことである。お願いしたテーマと食い違う絵を描いたのは、私の言葉足らずの説明もあっただろうから仕方がないとしても、みんなが同じ絵を描いた(要するに近くの子の絵を写した)というのは、色々なアイディアやオリジナリティーをこの絵に期待していただけにショックであった。
それでも気を取り直して自己紹介を続行したが(自己紹介は私の質問に答えるという形式)、ごく一部の最年長者層を除いて、殆どの子が前の子と同じ返答しかしない(そして質問を変えるとどもってしまう)ので、何とも味気ない自己紹介になってしまった。ちなみに年少者層になると自分の歳はおろか名前さえも言えなかったりして(恥ずかしがっているのではなくて本当に知らないのである)、うろたえる生徒を前に私も呆然としてしまった。

 このように私の生徒達は、"他の人と違うことをする"ということが極端に苦手で、これが(少なくともここまで深刻だとは)当初の私にとって全くの想像外だったのです。
ほかの人と違うことをすることができないのは、自分で物事を考える能力に著しく欠けているのが原因と考えますが、こうしたごく基本的な主体性というのは、読み書きを知らなくても教養に乏しくても、相応の年齢になれば誰でもそれなりに身についているものと思っていました。しかしそれは誤りでした。
私はこの経験を通じて教育というものの力の大きさ、そして大切さを初めて痛感しました。そして"もし彼らがこの状態で大人になったら"などと考えるにつけ、私に課せられた役割の大きさに思い至り、身の引き締まる思いがしました。
それで私は自分の仕事に対する認識から授業方法まで全面的に見直すことにしました。当初私は、色々な遊びを紹介することで彼らが潜在的に持っている(と思っていた)創造性や協調性を引き出し伸ばしていくという考えでいました。しかし現状では正直創造性や協調性という話以前の段階であり、従ってまずその基本的な主体性というものをいかに確立させるかということを当面の目標とすることにしました。そしてそれをどういう方法で行うのかというのが目下の私の課題であり、日々頭をひねっているところなのです。
 最近はこちらも生徒たちのペースをつかみ出したせいか、あれもできないこれもできないとマイナス面ばかりが目に付いていた以前と変わって、授業の中で彼らが時折見せる"子供らしい一面"におっ!と驚くなど、彼らの可能性が少しずつ見えてきたように思います。まだまだ他にも課題は山積み(年長者と年少者の能力格差の問題、最年長者層を中心とする最近足が遠のいている生徒たちの問題、カウンターパートとの協力体制の見直しや新たな協力者(青年指導者)探しの問題etc…)ですが、幸い子供たちがこんな拙い私の授業でも「楽しみにしている」と言ってくれているので、彼らの期待に一層応えていけるようこれからも取り組んでいきたいと思います。
 ZAMAクラス活動に関して最後にもう一つ、"月並みな話"ですが報告したいと思います。
 私は先月の約一ヶ月間、土曜日の授業後などを利用して生徒たちの家庭訪問をしていました。生徒たちの普段の生活ぶりを見せてもらい、ご家族の方とお話するのが目的でした。彼らの多くは町はずれの所謂貧困者層の集落に住んでいました。私はそこで彼らの家を覗かせてもらい、ご家族の方に生活ぶりなどの話を伺いました。まだ私のコミュニケーション力不足で詳しい事情まではなかなか聞き取れませんでしたが、見せていただいた家や彼らの着ている服、食事の様子などから、厳しい生活を強いられていることは容易に理解できました。普段は日々の授業で手一杯の私も、この時は"貧困"という社会問題にだぶらせて自分の生徒たちを見つめ、問題の根の深さとそれに対して非力な自分に、複雑な思いになりました。また、明日の生活に必死な人たちに教育の大切さを説くことの難しさも私なりに感じました。
 とてもよい勉強になりました。

児童スポーツ大会視察
 先述の"出張"というのはこれのことで、1回目が県大会(4月28〜30日)の視察、2回目が次のステージである地域大会(5月28〜30日)の視察でした。
 大会開催5日前に初めてイベントの存在を知り、何の予備知識もなしに急遽大会役員(CISCOの担当職員)に同行する形で視察は始まりました。すると、思った以上に準備から会の運営まで組織だっててきぱきとこなされていて、表立って私が手伝ったり口を挟んだりする余地はありませんでした。それもそのはず、このイベントは既に23年の実績があり、ノウハウは充分確立されているようでした。ただ気になったのは一部の競技の競技レベルで、特に砲丸投げと槍投げは素人の目から見ても明らかにフォームがおかしく、県大会の時選手に「練習したのか ?」と聞くと「今日が初めて」などという信じがたい返事が返ってきたので驚いてしまいました。練習なしというのは教育の面でも問題だと思うし、それ以上に誤ったフォームで体を傷める恐れがあるから何とかしたほうがよいという旨は申し上げておきました(運営者側も選手の練習時間が充分でない点は課題として受け止めているようでした)。
 そのような問題は見受けられましたが、全体としてはどの選手も一生懸命に自分の競技に取り組んでいて、閉会式の結果(次大会出場者)発表の時などは両大会とも大きな盛り上がりを見せていました。
 この先は7月下旬に州大会、そして8月中旬に全国大会が行われる運びです。

授業参観
 前号にも書いたとおり、学校事情調査ということで週1回1時間半ほど、近隣の学校に行って授業参観をさせてもらっています。ただ調査といっても問題点を学校やCISCOに指摘するというようなものではなくて、むしろ(自分もクラスを受け持つ身として)マダガスカル式のクラス運営方法というのをこちらが勉強するといったスタンスで行っているものです。
これまで隣接の公立小学校と家から300Mほどの所にある私立学校(幼稚園・小学校・中学校併設)の授業参観を一通り終えました。主な感想を以下に記します。
・ 授業1コマが45分×2の90分、つまり授業の途中で教科が替わり休み時間なしに続けられる。いくらなんでも低学年の子らにはきつすぎるんじゃないかと思ったが、意外と集中力は保たれ続けているので凄いと思った。
・ 低学年のうちから、先生は生徒の扱いが手荒い(特に公立)。発言を渋っている生徒の耳たぶをつかんで無理やり立たせたり、ちょっと集中力の切れた生徒の机を木の棒で思い切り叩いたり、見ていて時々鳥肌が立ってしまった。まあこれもマダガスカル式教育法なのか…。
・ 私立と公立の教育レベルの格差がひどい。私立の生徒が午前も午後も授業をやるのに対して、公立は午前クラス・午後クラスの二部制を取っていて、また家庭の経済事情などから毎日は学校に通えないという子が少なくない等の事情が要因と考えられる。以前、毎年行われる統一学力テストの成績や進級率の資料を職場で見せてもらい、私立と公立の格差の大きさに驚いたが、授業を実際見比べてみてその結果は大いにうなずけるものだった。それにしても私立小学校の授業のレベルの高さは凄く、小学校一年生で3桁の割り算をやっていたり、自分は中学校で習ったと記憶している生物の知識を小学校五年生で教えていたりしていた。

それぞれのクラスに多少の雰囲気の違いはありますが、どのクラスも至って活気がよく、生徒
たちが学校での勉強を楽しんでいることに違いはありませんでした。またどの先生も生徒たちも私の授業訪問を大変快く歓迎してくださったことが印象的でした。

今後の活動方針と心構え
 まずZAMAクラスは先述の通りで、とにかくあせらないで、生徒たちとゆっくりじっくり付き合いながら、見え出してきた彼らの可能性や何がしたいかというサインに一層敏感に反応することを心がけて授業を行っていきたいと思います。授業のプログラムは今まで通りグループ活動・チーム競技に重点を置いていきたいと思います。やはりせっかく同じような年代の子が集まる場ですし、それ(子供同士で遊ぶこと)こそが彼らの日常生活では経験しにくいことだと思うので。それからゆくゆくは運動会や学芸会もやってみたいと思っているので、それにつながるような継続的なプログラムも時期を見計らって開始していきたいと思います。また少々心苦しくなってしまう家庭訪問も、ご家族の教育意識向上に少しでもつながるよう、できるだけ機会を見つけて行っていこうと思います。
 授業参観も引き続き行っていきます。特に今度は幼稚園を重点的に訪れ、私の授業にも使えるプログラム(ネタ)の収集と同時に、人間性育成のノウハウも勉強していきたいと思います。
 そして未だ漠然とした構想段階の"町をあげた児童対象プログラム(イベント)"も、少しずつ温めていきたいと思います。そして当然このようなイベントは私一人ではできませんから、CISCOや学校の先生方などにいつでも協力をお願いできるよう、一層良好な信頼関係を築いていきたいと思います。またそうした"上"の方々だけでなく、私と同じような青年たちから協力を得ることは、その先の青少年リーダーの育成という面から見ても非常に重要なことと考えるので、そのような協力者探しも日々の散歩などを通じて行っていきたいと思います。

以上