船の名は



 子供のころ、ここ十字港は満艦飾の豪華客船が寄港するたびに祭りのような騒ぎになったことを憶えている。露店や大道芸人や、時にはサーカスの仮設テントなんかが桟橋に連なり、管弦楽団がファンファーレを吹き鳴らした。
 そんな情景が、行方(ゆくえ)の子供時代を彩っている。

 十年ほど昔の話だ。
 今は漁船と海上警察と、都心部とを交通する水中翼船くらいしか立ち寄らない港には、人気はない。世界中へ手軽に飛べるこの時代に、渡航手段としての船旅はあまりに古く、そして危険だ。
 あの最後に見た客船(ふね)が、ボイラー事故で沈んだことを知ったのは、ずっと後になってからだった。ずっと船の水平線の向こうにいるはずの叔父やその国に想いを寄せていた日々は、もう戻らない。
 そのころ今の自分の歳くらいしかなかった若い叔父の、冬物の外套(コート)の裾を引いて、泣いて困らせたきかん気な子供も、もう居ない。
 夜霧に曇った硝子を拳でこすって、十月も末の埠頭をぼんやりと眺めていると、あの日の情景がまざまざと蘇った。
 行っちゃ嫌だと、叔父の愛用していたグレンチェックの薄手の外套に縋りついた幼いころの自分を、それが皺になるのを恐れたのかすこし迷惑そうに見下ろした後、叔父は行方の躰を腕に抱き上げた。
 すぐに戻ってくるよと、一瞬、強くだきしめられて、すぐに地面に降ろされる。あのころから、叔父は潔癖で、滅多なことではそういうことをしない人だった。その黒髪も、その横貌も、彫刻家が魂を削って築き上げたように完璧で、隙がなかったものだ。
 だから驚いて、ぽかんと口を開けて叔父を眺めている自分に叔父は薄く頬笑み、<上の学校>の方角に顎を向け、もう一度云った。――すぐに還ってくるから、と。
 <上の学校>とは、丘陵に聳え建つ元・士官学校を街の者が呼ぶ代名詞だ。若い叔父は、その代の総督だった。すみやかに転校手続きも済ませた後だというのに、叔父は未練なのかその学校の制服を、その時も外套の下に着用していた。
今、自分が着てると同じ、濃紺のブレザーは叔父の、孔雀の翅のような東洋的的な色合いをした眸の色と漆黒の髪に、誂えたようによく似合っていた。

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