BEE GEES STATION



ついにHP制作活動再開!?
長い沈黙を経て・・・

THE BEE GEES〜〜
イギリス生まれのギブ3兄弟がそのメンバーである。長男Barry Gibb、そして 双子のRobin,Maurice Gibb。
日本では、「Massachusetts」「Melody Fair」がよく知られており、また最近 も「First Of May」が
ドラマ「若葉のころ」の主題歌として使われ、若い人にもその存在が知られた 所である。
少なくともこの三作品から分かる通り、彼らの曲はメロディアスで親しみのあ る所にその人気があると思う。
メジャーデビューの1967年以来( 厳密に言えば1963年に レコードデビューはしている)30枚のアルバムを
送り出している彼らは、必ずしも全てがHappyにいったわけではない。

〜〜〜第一章〜〜〜


ギブ三兄弟は、マンチェスターで少年期を過ごす。彼らは元プロ・ミュージシ ャンである父Hughの影響もあり
音楽に関心を持ち始めた。1956年長男バリーが9歳、ロビン&モーリスが7歳の 時に三兄弟のグループ活動が
開始した。たまに地方の映画館にて歌うチャンスがあったが、さほど名を残さ ずにギブ一家はオーストラリアに
移住した。オーストラリアで最初に彼らの才能に着目したのは、レース・ドラ イバーのビル・グッドである。
ビル・グッドは友人でありDJのビル・ゲイツにギブ三兄弟を引き合わせた。 ゲイツは、彼らを評価し
ギブ兄弟にグループ名を提案した。たまたま「バリー・ギブ」「ビル・グッド 」「ビル・ゲイツ」と3人の
頭文字がBGと一致していたことから、ビー・ジーズと命名したのである(最 初はB.G'Sであった)
その後、オーストラリアではテレビのバラエティ番組「クーティのハッピーア ワー」のレギュラーになったり
63年にレコードデビュー(Spicks And Specksがオーストラリアで一位になった )するなど素晴らしい経験になった。
67年1月3日、ギブ一家は故郷であるイギリスに戻ると、ロバート・スティ ッグウッドとマネージメント契約を
締結し、さらにヴィンス・メロニー(G)コリン・ピーターセン(Dr)が加入した 。
イギリスでは「Spicks And Specks」は成功しなかったが、「ニューヨーク炭 坑の悲劇」が初のミリオンセラーヒットに
なり、世に「BEE GEES」の名を知らしめることとなった。

この「ニューヨーク炭坑の悲劇」はファースト・アルバム「BEE GEES'1st」に 収められているが、私は収録曲である
「I Can't See Nobody」に惹かれてBEE GEESが好きになったのである。悲しげ な曲ではあるが、彼らならではの
ハーモニーは最高であり、バイオリンがうまく調和して、いい感じをかもし出 している。
また、映画「小さな恋のメロディ」でも使われた「To Love Somebody」も収録 されており、彼らの魅力が
つまったアルバムと言える。

続く第二作は、あの「Massachusetts」が収録されたアルバム「HORIZONTAL」
彼らの代表曲であるこの「Massachusetts」は初の全英一位になった曲であり 、世界中で500万枚のセールスと
なった。Robinの個性的な声がこの曲の魅力を倍増させており、No.1になっ たのもうなずける内容である。
このアルバムには、日本の航空機会社のCMにも使われた「World」が収録さ れている。なお、この曲は3曲目の
ミリオン・セラーとなったのである。このアルバムが発売された後にシングル で発表された「Words」。
これはイイ!!通算4枚目のミリオン・セラーになったわけだが、何がいいか というと最後の「♪It's only words,
and words are all I have to take your heart away〜〜♪」という所のシン ミリさがイイ。1989年の
「ONE FOR ALL TOUR」の時もバリーがこの曲を歌ってくれたけど、名曲はいつ まで経っても名曲だなぁと
感じた。

68年9月に発売された三枚目のアルバム「IDEA」。買おうとジャケットを見て ビックリ(笑)
サイボーグのような顔がデ〜〜ンと写ったジャケット。最初なんだろうと思っ たら、メンバー5人の顔の
一部分ずつを合わせた顔らしい。このアルバムにもミリオン・セラー・ヒット 曲が収録されている。
「獄中の手紙」がそうである。イギリスでは「Massachusetts」に続く第一位 。世界で100枚を売った
この曲は後に録音されたバージョンの方が個人的には好きである。「IDEA」に 収録されているレコーディング
バージョンはどうも・・・・(^^;)別バージョンの方の最後の「♪a〜a〜a〜a 〜♪」というコーラス部分が
とても好きでファンになりたての頃は、毎日この曲を聞いていたものです。こ の別バージョンの
録音はいつ頃されたものなのかが非常に気になる所です。誰かお教え下さい!m(__)m
また、ミリオン・セラーではないが、デビュー以来アメリカでの最高位である6 位を記録したのが
ロビンがヴォーカルをつとめる「I Started A Joke」である。これまた最後の 「♪Oh〜Oh〜Oh〜Oh〜♪」
というフレーズが好きで、ギターの調べとあいまって非常に優しい感じを受け る。ビー・ジーズらしい
作品である。


アメリカ・デビュー3年目にあたる1969年は波乱の一年だった。グループ のギタリストであるヴィンス・メロニーが
脱退したのである。しかも、そればかりでなくロビンがソロとして活動したい と表明したのであった。4枚目のアルバム
制作段階からギブ兄弟、バリーとモーリス、そしてロビンの間には音楽的な意 見のズレがあったらしい。その意見のズレが
日常生活にまで現れたのである。ロビンの脱退は、4枚目のアルバム「ODESSA 」の発売と前後してだった。
さて、この4枚目のアルバム「ODESSA」であるが、BEE GEESの初期のアルバム の中では最高傑作であると私は思っている。
グループとしてガタガタしている時に作られたアルバムではあるが、メロディ ーメーカー・ビー・ジーズとしての
魅力が一番おいしくつまったアルバムのような感じがする。日本で大ヒットし た「Melody Fair」も含まれているが
それ以外にも「Lamplight」「Black Diamond」「First Of May」「Whisper Whisper 」など親しみやすい曲がいっぱい
つまっているのである。「Lamplight」は聖歌のような清らかな感じで非常に しっとりした気分になるし、「Black...」も
「Whisper...」もいい感じである。でも何と言っても「Melody Fair」なので ある(笑)初めて彼らのCDを買ったのは
巷で売られている1000円均一のベスト盤だったのだけど(笑)そこには「Melody Fair」が含まれてなかった。それで
私の父が「あ〜、このCDにはメロディ・フェアが入っていないんだ。残念。あ の曲はよかったよねェ」と母と二人で
話しているのを聞いていた私は、二人で「いい曲だったね」という「Melody Fair 」とはどんな曲なんだろうと
非常に期待していた。そして数日後この「ODESSA」を買って納得。というより 、よくCMで使われるアノ曲は
BEE GEESの曲だったんだぁ〜とようやく気付く(笑)このアルバムを聞いて感 じるのは「キレイ」の一言。
それしか言葉が出ない。美しいハーモニー。暖かいメロディ。これこそ、BEE GEES という感じである(^^)

続くアルバムは、ロビンがいない状況下で制作された。「CUCUMBER CASTLE」 。買って??と思った。
ファーストアルバムにこのアルバムタイトルと同名の曲があったなぁと。それ にしては、アルバムの中にその曲がないし、一体
どういうことなんだろうと思った。しかし、解説書を見て納得。収録曲だが、 あまり芳しくない結果では
あったけれども、深みのある作品がそろっていると個人的には思っている。か つ、音楽的な変化もあり(「I.O.I.O」
は従来のBEE GEES作品とは違うタイプである)私には驚きのある作品だった。 ビー・ジーズがラテンの
リズムの曲を作ったぁ!と驚いたものです(笑)しかし、その後の作品は一連 のメロディアスな曲が
続きホッとしたのも事実です(本当に驚くのは例のフィーバーブームになって からである)「Don't Forget
To Remember」「Sweetheart」「If Only I Had My Mind On Something Else」 などは親しみやすく聞きやすい
曲で好きだなぁ。


第一章終わり


参照:ポリドール(株)CD解説(かまち潤氏)


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