ルサンチマン


ルサンチマンって何?

 ルサンチマンのわかりやすい?例としては、心からキリスト教に陶酔していて、日々キリスト教の教えを厳格に実行している、そういう考えで物事をすべて結論付けてしまうことでしょうか。

 これは強烈に批判されます。ニーチェさんによるとヨーロッパなどに代表される宗教の考え方の大筋にある自己犠牲、道徳観。それには強者に対するねたみや恨みといったものが内包されている。そのような考え方が人間自身を弱体化し、さらにその最終系は人間の存在そのものを放棄するにいたる。といった感じです。賛否両論あると思います。他人を助けるというのはよいことだと思いますし、どちらかというと弱者から生まれたというよりは強者から生まれた考え方ではと思ったりします。
 人間の弱体化というのはこういうことでしょうか。たとえば魚などで弱い小さな魚は群れで行動し、ときに大きな魚のように見えたり危険があればみんなで対処します。それでいいではないかといえばそうなのですが、もう一歩外側からみると一匹一匹は小さいし群れで安全だと思っている間は、それ以上強くはなれないし進化もしないよってことです。人間は自分で神を作った。そして現在、その神は人間(主に科学)によって葬り去られました。確固たる支えを失った精神はこれからどうしたらいいのかわからないのです。もしあなたが神がもともと存在していないことに気づいていないなら気づかねばならないと警告しているのです。さもなければルサンチマンによって人間は消滅するだろうと。生きることへの苦痛から逃れるために神を崇拝するのは大変危険であると。
 人間自体を放棄するとはどういうことかというと、人間の欲(煩悩)はよくないことだといってしまうところです。食欲を抑えると餓死してしまいます。性欲を抑えると繁殖できません。物欲を抑えると日々の生活が成り立ちません。信じるものは救われるというのは集団心理と歴史によって人間の作った物語が、さも真実のように妄信されてしまうところが危険だというのです。ここで言いたいことはいいところもあるけど悪いところもあるよということでしょう。一番の主眼は人間の進化と存続ということをよいとした場合、こういう理論になりますよということでしょう。

 主観を強制するつもりはありませんが、ぼくもルサンチマン的世界観は持たないようにしたほうがよいと思います。ちなみにぼくの思考はルサンチマン的なところもあります(また;;)。結局ニヒリズムにおいてもニヒリズムの批判対象であるルサンチマンにおいても最終的には同じくらいこっけいだと思うのですがどうなんでしょう。

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