山で思うこと

整備された自然歩道には、管理者が設置した案内板とか、山名の道標等が設置されているが、これは、登山者が道に迷って事故等に会わないよう万人の為に設置している物である。
しかし、それ以外に頂上には必ずといってもいいほど小さな山名のプレートが目に付くところにかけてあり、そこには、年月日と個人名又はグループ名が書いてある。
これは、誰のために何の目的のために、このような事をするのだろうか?
自分又は、グループの登頂記念の為にかけるのだろうか?
「私は、何年何月にここに登りましたよ。」と他人に知らせる為に取り付けるのだろうか?
時には、何枚もかけてあり、標高が書いてあるがすべて違うものもある。もっとひどい物になると、山名と標高を書いて、本当の頂上ではないところにかけてある物もある。
たとえ、正しい内容の物であっても、これらのプレートは単なる個人又はグループの自己満足であって、それが他の登山者の本当に役に立っているとは思えない。
太い針金と太いステンレスボルトを使って、何年たっても取れないように、しっかりと木に取り付けてあるものもある。木にボルトや針金が食い込み自然破壊もはなはだしい。
自然が好きで、自然を求めて、自然の山に登る者が、次に登る人の為にその自然をそっとしておいてあげる事は出来ないのだろうか?
登頂記念なら、大事な自然を傷つけずに写真だけではいけないのかと思う。
自分が登れば後から来る人の事はどうでもいいのか?自分だけの山ではない。
国有林の山もあるが、里山のほとんどは、その地域の方たちの共有林が多い。個人の山もある。
自然を楽しむ為に、その山を利用させて貰うだけでも感謝しなくてはならないのに、勝手にプレートを樹木にくくりつけ自己アピールをする。
それ以前の問題として、自然を自然のままに大切にそっとしておく気持ちが必要ではないのか?
自然を楽しみ、景観を楽しむ為に登って来るのであって、不必要な山名プレートを見る為に登るわけではない。
いずれにしても、他に誰が登ろうと関係の無い人にとっては、一方的に見たくない物を無理やり見せつけられるのだから迷惑である。