世界史における環境教育

 

 

世界史における環境教育

 

1、はじめに

 環境問題は現代の問題であるとされ、主として現代社会、地理で学習されてきた。しかし、人類が歴史的存在

であり、環境問題が人類の諸活動の結果である以上、環境問題もまた歴史的な課題である。  環境問題が危機

的な状況にある現代にふさわしい歴史教育とは何かを探るべく、世界史の授業を展開してみた。地理での授業

展開にも役立てば幸いである。

 

2、展開  導入

    生命の進化と環境の変遷を導入とした。若く弱い太陽の熱を大量の二酸化炭素の温室効果が捕らえ、適切な

気温が実現し発生した生命。光合成を始めた生命が二酸化炭素を利用し体を作り、酸素を放出したこと。酸素濃

度の増加はオゾン層を生み、紫外線遮蔽効果により生物が陸上に上がる。いくたびもの環境変化は分解しきれ

ない遺体を化石燃料や石灰岩として固定し、二酸化炭素濃度が減少したこと。これは温室効果を減じ、成長して

きた太陽による気温上昇を抑制したこと等である。「えっ、これ社会?」と生徒を驚かせ関心を引き付けるのには

十分な導入であった。

 

 古代

    技術の高度化は余剰生産物を生み、その消費地として都市は繁栄する。しかし、かつての都市の栄華を

示す荒野の神殿の屋根が巨木で支えられていたこと、環境の再生産力を無視して食糧生産や木材消費が行わ

れたために、巨木を生んだ森林は失われ文明も滅んだことを説明する。「ほんまに人間が環境を変えてまうんや

な。」と生徒は実感したようであった。

 

 中世ヨーロッパ 

  中世は多くのタブーに縛られ、自由を抑圧された非人間的な世界だととらえられてきた。しかし、それらのタブー

の幾つかは、周囲を大西洋とイスラム圏に阻まれ、限られた空間で生きなければならなかった者にとって不可欠

であったと考えられる。領主やペスト等の自然の猛威によって強いられた、環境親和的な自給自足の地域社会

が、この時代の基本的な社会構造であることを説明した。中世に対してロマンティックなイメージを持つ生徒にとっ

て、人口や生活が強制的に安定させられる社会の厳しさにはショックを受けたようであった。

 

 近代の誕生 

   中世を非合理として否定した啓蒙思想は、自然を支配する技術としての近代科学と、経済活動の自由を主張

し、自然に対する収奪を正当化する市民革命を生む。イギリスでは当時のエネルギー源であった薪炭の消費と

開墾のため森林は破壊され、『エネルギー危機』が発生した。その解決策が石炭と石炭掘削補助手段としての蒸

気機関であった。蒸気機関は強力な輸送手段と大量生産手段を生み、収奪は巨大化し工業資本が誕生した。

『化石燃料の大量消費=大量の二酸化炭素発生』を基礎とした工業社会が始まる。 インドではそれまでの豊か

な自給農業がプランテーションによって破壊された。地域で循環していた有機物が海外へ持ち出されるようにな

り、大地は痩せ人々は飢えた。年1万6千人であった餓死者は、イギリス領インド帝国時代には60万人となる。奪

う『北』と奪われる『南』の誕生である。

 ヨーロッパでの農業の合理化と工業の機械化が生んだ失業者、生活水準向上が生んだ人口増加は『新大陸』

が吸収した。1750年から1800年にかけて乳児死亡率は19%から12%(イギリス)に減少し、ヨーロッパの人口

は1億3600万人から2億人に増加するが、その間6750万人が移民している。ヨーロッパは人口問題を『新大陸』

によって解決したのである。 産業革命を輝かしい技術の開花としてイメージしていた生徒にとって、これもまたシ

ョックであったようだ。「生活が良くなるとその負担はどっかにかかるんやな」「ヨーロッパって理想やと思ってたけ

どほんまはずるいやん」と言う声があがってきた。  現代の環境問題 こうして世界史全体を通じて環境問題につ

いて学習した後、地球温暖化を中心に現代の環境問題を取り上げた。工業高校だけに新技術に対する関心は

高く、技術の進歩によってすべての問題が解決すると考えている生徒は多い。そこで、授業では具体的な事実を

基に、技術だけでは解決できない問題もあることを示した。特に、通常は疑問視されにくいソフトエネルギーの問

題も取り上げた。

 バイオマスは、ブラジルなどで実用化している。しかし、現在、世界の一人当たりの耕地面積はピークの半分で

あり、2050年にはさらに半分になることが予想される。このため、食糧生産と競合するバイオマスの拡大は疑問

である。

 太陽光発電は太陽光の単位面積当たりのエネルギー量が極めて小さいため、理論上の効率の上限が低い。

科学技術はそのような原理的な限界を越えるものではない。電力会社における太陽光発電の営業的な成功例が

ないのはそのためである。

 水素は都市の排ガス公害を抑制するのに有効だと言われている。しかし、水素を生産するには化石燃料が必

要である。それゆえ水素はエネルギー資源ではない。 ダムによる水力発電は直接の環境破壊もなく効率もよ

い。しかし、川は水だけでなく、養分や土砂を大量に運んでいる。アスワンハイダムを建設したエジプトではデル

タの肥沃さを支えていた養分が流れなくなり、化学肥料が必要になった。土砂の流入が減少したため海岸線も侵

食され始めている。これらの問題を引き起こさない未開発水系は非常に限られている。  熱帯雨林の保護によっ

て二酸化炭素を吸収させようという考えもある。しかし、熱帯雨林はそれ以上炭素量の増加しない極相林である。

二酸化炭素を吸収するがその同量を排出もする。したがって、化石燃料の消費によって放出される二酸化炭素

を熱帯雨林が吸収してくれる訳ではない。もっとも、熱帯雨林の保護が重要な点は変わりない。熱帯雨林を破壊

すれば、貯蔵されている膨大な量の炭素が二酸化炭素として放出されるからである。  リサイクル社会を構築す

ればよいという考えもある。例えば、アルミ缶をリサイクルすれば大量の電力を節約できる。しかし、リサイクル過程

での品位低下のため、アルミ缶そのものが再生される訳ではない。リサイクルも大切だが、使わない努力がより重

要である。いかなるリサイクルも回収、再生の過程でエネルギーや水を消費することを忘れてはならない。  そし

て未来へ 「あれもだめ、これもだめで、暗すぎるで。ほんまにこれからどうなんの」と言う生徒に対し、これからの

社会について3つのシナリオを提示した。ひとつ目は次第に南北の格差が拡大している現在の社会構造がその

まま継続するというものである。途上国では水、食糧、エネルギーが不足するが、購買力が伴わないために先進

国にとっての『危機』は発生せず、静かに多くの人々が死んでいく。二つ目は途上国の工業化が進み、先進国並

平等が実現するというものである。しかし、この場合環境破壊は拡大し、人々は汚染の中であえぐことになる。そし

て3つ目は人々が平等を重視し、化石燃料利用を厳しく抑えサスティナブルな生活を始めるというものである。

 

3、おわりに

 環境問題を歴史の面から学ぶことは、環境が人間の活動によって変えられてきた歴史を学ぶ作業であった。

それは、現在の人間の活動が将来の地球の環境に大きな影響を与えることを知ることである。今まで環境問題を

知らず、資源浪費にも無関心であった生徒も、望ましい生活とは何かをいくらか理解してくれたようであった。しか

し、「実際やんのは難しいで」と言う生徒も多い。もっとも、よく聞いてみると、「だれもせえへんのに自分だけがする

のはいややけど、皆がするならエコロジカルな生活もよさそうや」と思ってるようである。ここに環境教育の意義が

ある。問題点を理解する人間を増やせば解決の糸口はつかめるのではないか。法による強制は全体主義を生む

だけだが、教育による自発的な選択は希望を生むはずである。

 参考文献

・安田善憲   「文明は緑を食べる」 読売新聞社   1989年

・環境庁   「地球温暖化を防ぐ」 日本放送出版協会  1990年

・槌田敦   「石油文明の次は何か」 農山漁村文化協会  1981年

・レスター・R・ブラウン 「地球白書90-91」   ダイヤモンド社  1990年

・遅塚忠躬    「ヨーロッパの革命」   講談社    1985年

・西沢利栄、小池洋一  「アマゾン 生態と開発」  岩波新書    1992年

                                                                                                                                                        上へ