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「緑のダム」と「人工のダム」
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私の主張



【Yahoo!掲示板(ホーム>政治>地域別>長野県>「ダム問題」意見をお聞かせください)】

Yahoo!掲示板にのせたメッセージですが、
誤字脱字やワープロの入力ミスなどの日本語として不適切な箇所や誤解を招きやすい箇所については、
主旨を変えない範囲で修正を行っております。
意見などある場合には、Yahoo!掲示板の該当箇所に投稿下さいますようお願いいたします。
ずいぶんほったらかしでしたが、近いうちに更新します








■■「緑のダム」も「人工のダム」も単独では成立しません■■
2002/10/11 23:50 No678 (H15.1.20修正)

森林にはダムのような機能はありますが、 必要な治水利水機能の確保を、ダムの替わりに森林整備のみで対応することは、不可能であるケースがあります。「緑のダム」でもって流域の治水・利水機能が代替できると単純に解釈したり、治水・利水への対応の選択肢からダムを安易に排除しようという考え方は、的はずれとしか言いようがありません。

_罎国の治水利水計画は森林の保水能力を前提に計画されています。
治水・利水計画の策定にあたって、基本となる河川流量は森林域を流れ出たものであり、森林の保水機能を前提にしたものです。
具体的には、雨量が地表に流出してくる割合を示す流出係数、あるいは森林の浸透能力の限界値となる飽和雨量に達するまでに地表に流出してくる割合を示す一次流出率という要素を流出計算で取り入れることで、森林の保水機能を組み込んでいます。
したがって、緑のダムで人工のダムを代替えするためには、ダムで計画されている調整力に等しい貯水量を森林面積を増やすなどして確保する必要があります。

我が国ではこれ以上森林を増加させる余地はありません。
江戸時代には日本のいたるところに禿げ山が見られていましたが、 今の山は数百年ぶりの緑で覆われており、国土面積の約2/3を森林が占めています。
また、世界的に見ても、我が国は北欧諸国に次いで森林面積率の高い国です。

8帖垢凌垢寮状を厳密に把握して治水利水計画に盛り込むのは不可能です。
森林を構成する樹種や樹齢、維持管理の状況により性格の異なる森林を均一に扱う現状の手法に対する批判があるのは事実です
しかし、個々の森林を評価して治水利水計画に組み込むには大きな問題があるのも現実です。
それは、指摘されている事柄(森林の違いが貯留能力に及ぼす影響)についての定説が未だに確立されていないためもあり、これらに対応した計算手法(流出係数など)が存在しないからです。
計算手法どころか、広大な流域の森林の正常を細かく把握し効率的に分類していく手法すらありませんし、仮にそのような手法が確立されたとしても、将来の森林の状況(管理水準や植生)を正確に予測できないことも障害になります。

ぁ嵶个離瀬燹廚録佑砲六箸い海覆擦泙擦鵝
ダムに蓄えられた水はいつでも必要な時に取り出せますが、森林に蓄えられている水は必要な時に取り出せるというものではありません。降雨時に土壌に貯留された雨水が徐々に流出するのを、ダムが補って水資源を開発しているのです。
ダムは洪水が起こるまで意図的に水を貯めないようにすることはできますが、森林は洪水のピークを迎える前に流域は流出に関して飽和状態となり降った雨のほとんどが河川に流出するような状況になってしまう可能性があります(もちろんダムでも計画以上の降雨に対しては同じことになります)。
降雨時に土壌に貯留されなかった雨水の流出を、ダムが貯留することで洪水調節を行っているのです。したがって、ダムの計画貯水量に等しい貯水能力をもつ森林が確保できたとしても、ダムと同じ効果があるとは言い切れません。

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■■「緑のダム」だけで「人工のダム」は代替えできません■■
2002/10/11 23:51 No679 (H15.1.20修正)

 嵶个離瀬燹廚函嵜郵のダム」の貯水容量を単純に比較してもあまり意味がありません。
「緑のダム」を主張する人々の中には「我が国の森林が有する総貯水用量はダムの9倍あるので、人工のダムより緑のダムを優先すべき」と主張している人がいます。
しかし、渇水になったとしても森林(緑のダム)はダムと異なり、蓄えられている水をすべて取り出すことは技術的に不可能ですし、仮に取り出せたとしても、森林は枯死してしまうことになります。
また、洪水の時も、洪水までに飽和状況になっていれば洪水のピークを低減することはできません。
また、緑のダムで人工のダムを代替えするということは、ダムでカウントしている貯水量を森林の貯水量の増分で置き換えることになります。ここで重要なのは増分ということです。誤解を恐れずに単純に言いかえれば、森林の質を向上させるか、量を増やすことにより、その貯水能力を向上(容量を増加)させなければダムの代わりにはならないことになります。
少なくとも、「総貯水容量がダムの9倍もある」というよりは「9倍しかない」というべきではないかと思います。

間伐しても、治水利水計画には影響を与えられません
「間伐をすれば、ダム建設を遙かに上回る効果を得ることができる」という主張もあります。これは、狭義の「間伐」ではなく除伐や下草刈りといった森林の管理作業全般を意味していると思われますが、現在のところ確かな知見はないように思われます。
ようやく最近になり、その効果を定量的に確認しようとする試み(中根周歩広島大学教授etc)が始まったにすぎないようです。
http://tamarin.cside21.com/nakane.html

「森林放置は治水利水計画の根底を揺るがすことになる」のかもしれません 。
現行の治水計画は策定後数十年が経過しているものが少なくないと思いますが、これらの計画が策定された時代の森林管理状況は今ほど悪くなかったのではないでしょうか。我が国の治水利水計画が前提にしている森林の保水能力は、当然、計画の策定時点での緒元が基本になっていますので、平成の森の姿を土台にして議論するのはあまり意味がありません。。「森林放置は治水利水計画の根底を揺るがすことになる」と 「森林放置は治水利水計画の根底を揺るがすことになる」と主張するのが本来の姿と思われます。

ぢ膠の際には、森林に降った雨は大部分がそのまま流出します。
森林は、浸透能力が限界に達する前までの雨に対しては一定の効果を有しているため、中小洪水に洪水緩和機能を発揮します。
ところが、降り始めからの雨が少量であれば全て浸透されますが、ある量以上になれば浸透等されない量が増加し地表に流出してきて、さらに雨が降り続けると森林の浸透能力が限界に達し全量が地表に流れ出ることとなります。

タ肯咾録紊両暖饉圓任發△蠅泙后
森林が存在することによって降雨時に土壌に貯留された雨水が降雨終了後徐々に流出することから、森林による流出量の平準化の効果があります。
しかし、無降雨が長期間続くような渇水時にあっては、樹木の成長や生存のために蒸散を行い雨水が消費されるなどのため、渇水時には有林地が無林地と比べて流量が減少するといった観測結果もあります。
それどころか、水面からの蒸発量よりも多いとの説まであるようです。
http://www.sanshiro.ne.jp/activity/01/k01/schedule/4_20a.htm

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■■いわゆる「ダム無し宣言」には落とし穴があります■■
2002/10/11 23:52 No680 (H15.1.20修正)

…號匹琉堤では守るべき資産(家屋など)の移転が生じます。
上流から下流に至るまでのほとんどの堤防をずらすことになりますので、そこに存在するモノ(実は守るべき存在である)を移転する必要があります。
当然、用地買収や物件補償が必要になりますので、そのコスト(費用と手間)は膨大なものになるはずです。

堤防の嵩上では危機管理上の問題があります。
堤防の嵩上げで、流下能力を確保するのは愚です。それは洪水時の水位上昇を甘受することに他ならず、破堤したときのリスクを考えると恐ろしいモノがあります。
もちろん、横断工作物の改修費用(橋梁の桁下高さを改良したりする費用)も馬鹿になりません。

2肋欧涙含悗砲聾続Δあります。
下流(最終的には河口)の高さよりは下げることができませんし、流量(流速×流下断面)が河床勾配に支配される以上、際限なく川底を掘り下げる訳にはいきません。
もちろん、横断工作物の改修費用(根入が不足した護岸を補強したりする費用)も馬鹿になりません。

ね型綯咾牢蔽韻砲倭やせません。
現況(計画策定時)の水田や森林の遊水効果(貯留効果)は河川計画に組み込まれているはずです。
したがって、ダムの代替えにするためには現状より質や量をアップさせる必要があります。つまり開発済みの宅地に森林や水田を再生しない限り不可能です。(※都市部での流域対策はこの発想で展開されています)

ゲな討犯罎戮堂罎国の治水安全度のレベルは高くありません。
降雨確率年の議論が発生していますが、想定氾濫区域内に住む人にとっては計画降水量(高水量)の見直し(つまり引下げ)は治水安全度の引下げになるのです。
現在の河川計画の想定している雨に問題があったとしても(思っている以上の降雨を想定していたとしても)、費用便益分析の理念から言えば、考えていた確率年より真の確率年が大きければ、それはB/Cがさらに大きくなるだけのことです。
つまり事業評価的にはより優等生になることになります。
なお、我が国の計画レベルは大河川でも100〜200年程度であり、中小河川では20〜50年程度にすぎません。しかしテムズ川では1000年、ミシシッピ川では500年を目標にしています。
ですから、少々降雨予測が安全サイドに偏っていたとしても、国際水準から言えば過大であるとは言えないと思います。

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■■「人工のダム」は最後の手段です■■
2002/10/11 23:54 No681 (H14.11.15修正)

ヾ躓ヾ浜上は無い方がよい。
ダムの決壊や人為的な操作ミスのリスクを考えれば、無い方が良いことになります。

堆砂は避けられません。
沈砂について配慮しても、堆砂は避けられない宿命です。つまり、構造物としての耐用年数以外に、機能面での寿命があることになります。

A枋螳幣紊旅澑では機能しません
いわゆる「満水放流」にいたる状況では、洪水調整機能は破綻しているため、流入量=放流量になります。つまり、なくてもあっても同じ状況になることもあるのです。もっとも、このような状況では「緑のダム」も同じことです。

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■■微々たる効果■■
2002/10/12 0:48 No682 (H15.1.20修正)

>日本のように既に殆どの土地が既に多様な緑で覆われている地域では、更にダムを作って貯水力を増やそうとしてもそれは微々たる効果しか上げることが出来ず、洪水調節機能は果たされないことになります。<

微々たる効果ではないはずです。単位面積あたりで考えれば、「人工のダム」の方が「緑のダム」より効率よく貯留できるはずです。
森林が荒廃するリスクを考えれば、人為コントロールが法的に義務づけられているダムの方が確実かもしれません。
少なくとも、長野県でダムの代替えとされた「調整池(調節池)」よりも「人工のダム」の方が効率は良いはずです。

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■■質と量■■
2002/10/12 0:52 No683 / No715

>森林面積が充分にあるというだけで、森林が良好に保存されているという論を展開してしまうわけですから、お粗末というか、これは河川局の方針を有利のうちに推進するための方便でしかありません。<

この意見には賛成です。
質が「良好」というのではなく,面積(量)が「広くなっている」と言うべきだったのではないでしょうか。

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■■森林は水の消費者です■■
2002/10/21 21:45 No695 (H15.1.20修正)

「た肯咾録紊両暖饉圓任后廚箸離灰瓮鵐箸紡个靴栃簑説明いたします。

「ブナは水をよぶ」と考えている人もいれば、「『ブナが生えたから山地の保水力が高くなった』のではなく『保水力の高い山地にブナが生えている』」という人もおられるようです。
私にはどちらが正しいのか判断できる知恵はないのですが、鶏と卵の話を聞いているような気もしてきます。

冷静に考えれば、植物が水を作り出せるれるなら、ジョウロやホースで花や植木に水をかけるのは無駄なことになります。

植物は光合成したり呼吸したりするだけでなく、蒸発散しているわけだから、収支のバランスを考えると、総量は増えるわけはなく「降った雨量 ≧ しみだす水量」にしかならないはずです。
これは名古屋大学の福島教授が森林科学に発表されている研究結果でも裏付けされているそうです。

追伸:
私は“「森を守れ」が森を殺す(1996.10.07第三刷)、田中淳夫、衢寮社” を読んだことで、この考えに至りました。
ちなみに定価は1600円とありますが、私は図書館で見つけました。

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■■ダムは目的でなく手段(方法)です■■
2002/10/21 21:53 No696 (H15.1.20修正)

ダム派(ダム容認派、ダム推進派)はたぶん「ダムは目的を達成するための手段(方法)」と理解しておられると思います。ダム派にとっての目的は「治水(利水)」でしょう。少なくとも行政(つまり河川管理者)は河川法で義務づけられていて、遺漏あれば「管理瑕疵」に問われるわけですから必死なはずです。
反ダム派(脱ダム派、森林派)は「ダムは利権」という思いから「ダムを造るのが目的」と理解しておられると思います。この考えは「建設(土木)事業は全て利権」という所からきているのかもしれません。

一方はダム問題は「手段(方法)の議論」と認識し、別の一方は「目的の議論」と認識しての議論ではかみ合うわけが無いと思います。

ダム派も「ダムを選択しない判断」は認めていると思います。ただ、「ダムを選択する判断」も否定していないだけと思います。
山(森林)や平地(田圃や市街地)からの流出量を「ダムなしの河川改修」で流下できるのなら一番だと思います。
しかし、地理的理由や経済性からそうは行かない場合には「ダム」の可能性を否定できないと言いたいだけではないでしょうか?

ダムを利権としてとらえ、私利私欲を肥やそうとする人がいれば、当然その人は犯罪者であり、その行為は犯罪行為であります。したがって、そんなものを前提に議論しても話がややこしくなるだけだと思います。(もし、それが実話なら、どんどん捕まえてもらわなければなりません)

ですから、目的(治水)は与条件として、方法(河川改修、ダム建設、森林整備など)として何を選ぶべきかの議論に単純化すべきと思います。
目的を与条件としたのは、洪水が好きという人はいるわけがないし、その計画レベル(1/○○)の違いはダムの是非についての結論にあまり影響しないと思ったからです。

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■■お願いなど■■
2002/10/21 21:56 No697

ダム派の方にお願いがあります。
既存の河川計画に組み込まれている森林の貯留機能はどの程度なのでしょうか?
おそらく、土木(河川工学)の知識のある人からは、「流出係数・・・」とか、「定数を決定するときに・・・(災害時の)再現性のチェック・・・」といった答えが返ってくるでしょう。これは予測できますので、別の言い方をすると、どんな森が想定されているのでしょうか? また、流出解析の係数や指数は「昭和の森」ではあっていたかも知れませんが荒れてしまった「平成の森」にはあっているのでしょうか?

森林派の方にお願いがあります。
実際の森林の貯留機能はどんなものなのでしょうか
かなり調べてみましたが、貯留機能の違いを数字で示そうとする研究は中根教授のもの以外にはこれといったモノは見あたりません。
ほとんどの論調は「はげ山と砂漠」を「緑豊かな森林」に替えることを想定しているようにしか思えませんでした。
だから、ダム派は、「森林機能は組み込んでいる。無視したりしていない」と主張するのでしょう。
数字で示せないモノを河川計画に組み込めるわけがありません。
数字で示せば、数字大好き人間の集まりに見える「ダム派」は納得せざるを得ないと思います。

確実な知見がないならないで、土木工学でも林学でも植物学でもどんな分野でも良いから、はやく研究成果を出してもらいたいモノです。
そうでなければ結論のでない議論と思います。

その結果、
森林が荒れていると貯留機能が大きく落ちこむなら(森林を過大評価していることになるから大問題になります)河川管理者は大騒ぎしなければなりません。
森林に手を入れることで、貯留機能が格段に向上するなら、河川管理者は治水予算で森林整備をすることも検討すべきです。
そのいずれでもなかったなら、・・・・・どうしましょう。困ったモノです。

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■■おおめに見てください■■
2002/10/22 22:22 No702

ご指摘の通り「国交省のPRの引き写し」ではないのですが参考にはしています。あと、水資源開発公団のHPや色んな都道府県の河川担当課のHPなんかも参考にしました。出版してある本も参考にしています。(許可はとっていません。関係者のみなさまゴメンナサイ)

「これまでの我々の意見を黙殺」したつもりはなかったのですが、「まじめに反論するのも馬鹿らしく・・」と言われてしまいました。馬鹿らしく・・・と切り捨てずによろしくお願いいたします。

最後になりましたが、紹介していただいた「私(mamushini_itizouさんのこと)の別トビの投稿」については、#698を書いた時点では気づいていませんでした。したがって、引き金にはなっていないのですが、アンテナが低く大変失礼いたしました。あとで読ませていただきます。

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■■「ブナは雨をよぶ」のですか?■■
2002/10/29 0:38 No706

山の頂に雲(霞)がかかっている状況をもって、「ブナは雨をよぶ」と言っておられるのでしょうか? これは河川周辺で霧がかかりやすいのと同様の現象だと思っていたのですが?

「森林からの水の蒸散は少ない方がいいという思想」があったのですか? 寡聞にして知りませんのでお教えください。

「日本では植林事業で植生を変えてしまいました」というのは拡大造林による針葉樹(スギ、ヒノキ)の植林のことと思いますが、「雪や梅雨・台風があるので、砂漠化は免れています」というのはさすがに極論にすぎないでしょうか?。 それともやはりこういう学説でもあるのでしょうか?

最後に1つだけ反論を。
渇水が起こったり、電力需要が増えることを「ダム推進者にとっては望むところ」と表現されていますが、「既に計画決定されている利水ダム工事を推進させる責任のある人」には追い風かも知れませんが、「なるべくなら治水ダムさえも造りたくない」と考えている大多数の「ダム容認派」には向かい風でしかないと思います。

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■■森林はダムになれるでしょうか?■■
2002/10/29 0:48 No707

「森林は水を貯える能力がある」から「森林は緑のダムである」という話に意義ある人はいないはずです。

だからこそ、次のような言い方になっているのではないでしょうか。
・「山に木を植えればダムは要らない」かもしれないが、「今でも山に木はある」からダムの替わりななる程には 新たに木は植えられない。
・「針葉樹より広葉樹」とか「間伐すればダム不要」と言われても、「定説(知見)がない」から現状では計画に組み込めない。
・「土木技術者は貯水機能はダム以外にはあり得ないと考えている」と言われるが、森林のことは認めているし、学校で教わる通り「流出解析には森林を組み込んでいる」のに、わかってもらえない。

林野庁でさえ「森林はダム」であるといっても「森林でダムを代替えできる」とは言っていないと思います。
実際には(森林を切り開いた場合に造るよう指導される調整池が好例ですが)「森林の代替(補足)を やむを得ず ダムにさせる」のだ(と思います)。

●米国でのダム撤去についてのネタを紹介します。
・米国では高さ1.8mの構造物でもすべて「dam」と呼称していますが、日本の場合、河川管理施設等構造令(国土交通省令)第3条で、流水を貯留する目的で築造された高さ15m以上の構造物を「ダム」と規定しています。
・アメリカ全土における数多くのダム等について、American Rivers, Friend of the Earth 等のレポート(Dam Removal Succces Stories 1999年12月)によると、撤去されたものは、467か所であるとされています。しかし、日本でダムとされる高さ15m以上のものは26か所のようです。
・日本においても高さ15m未満の「dam」は266か所撤去されているとの情報があります。
・アメリカでのダム撤去の真相は多くが老朽化して撤去するものであるとの情報もあり、わが国のダム撤去論とは少し違うのかもしれません。どなたか、真相をご紹介下さい。
http://wwwsoc.nii.ac.jp/jdf/topics/wec.html
http://www.mlit.go.jp/river/gaiyou/yosan/h14budget/010829p51.html

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■■damは壊しても、ダムを壊していない・・■■
2002/10/30 8:51 No712

>日本ではこれだけのダムを壊してきているんですよ。と主張していても、それは新たなダムを作るという前提があるということですし、そうアピールできるものではないのではないかな、と思ってしまいます。<

おっしゃる通りと思います。
少なくとも、日本ではdamを壊しています・・・とは主張していますが、ダムを壊しています・・・という論調にはなっていないのが私自身気になっていました。
「アメリカがダムから脱却した」というのは誤解ですヨ。(でも、日本よりは進んでいるかも知れない)・・・・というのが本当の所と思います。

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■■お答えになりますでしょうか■■
2002/10/30 8:56 No713

>だから森林は人口ダムの代替はできないということのようです。重要なのはそのあと、森林をきり捨てるのか、生かすのか、ですね。<

河川計画は森林ありきですから、ダム(容認)派であっても「森林を切り捨てる」とは言っていないと思います。森林が切り捨てられると、洪水時の流出量が増加するので、治水計画の根底から覆ることになるはずです。

>今年の夏のように雨が少ないと、雨が頼りの畑ではそういう不安もあるようです。砂漠化という表現は極端でしたか? 秋雨前線による雨もありますしね。<

森林を伐採したから文明が滅んで・・・砂漠が・・・といったことは本で読んだ記憶がありますが、樹種を変更したら砂漠・・・というのは極論すぎないかな? というのが私の意見です(すみません。根拠はありません。)

>「治水ダムさえも造りたくないと考えているダム容認派」は多数派ですか。<

調べたことがないので断言はできませんが、土木の教科書のどこにも「ダムは造るべきである」とは書いていないと思います。この掲示板にもそんなことを主張しているダム(容認)派はいなかったと思います。

>結果的には無林地の方が保水力があるということになってしまいます。そうなのでしょうか。<

『「森を守れ」が森を殺す』を返却してしまったので、私の記憶と偏見になってしまいますが、そういう話ではなかったように思います。 情緒的情報に惑わされずちゃんと考えましょう・・・といった論調だったと思います。 厳密に保水力を考えようとすれば、「渇水時の利水的保水力」と「洪水時の治水的保水力」で考えるべきでしょうし、流出総量的な指標もありえるので、単純には言い切れない話と思います。

>しかし無林地では降雨時に一気に流出してしまって、渇水時には水の流出量はかなり少なくなっているのではないでしょうか。かりに無林地の方が流出量が多いとすると、田中淳夫氏はどうすればいいと主張しているのでしょうか。禿山にすればいいと主張しているのですか。<

かなり曖昧な記憶しかありませんので、替わりに、こういった部分の検証?を行っている事例を紹介しておきます。
http://www.ce.tokushima-u.ac.jp/www/suikou/research/drought_paper.htm

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■■河川の周辺は昔も今も危険地帯のはずです。■■
2002/11/ 4 23:22 No721

‘本の平野の大部分は氾濫原のはずです。
国土の10%程度の沖積平野に人口の50%,資産の75%が集中しているそうです。
http://www.water.go.jp
沖積平野は、その定義が河川(海も含める場合あり)の堆積作用によってできた平野をしめす言葉である以上、おそらく、今でもその大部分は氾濫原となる可能性を秘めているはずです。
したがって、河川計画上必要とされた治水施設が存在せず自然の作用に任せれば、河川周辺の宅地(おそらく沖積平野)は氾濫原になってしまう可能性があることになります。

河川改修が完了していても河川の周辺には「絶対安全」とはいえないはずです。
破堤(堤防が壊れること)を想定するなら、築堤河川(いわゆる堤防のある河川)はどこでも危険であるといえます。
破堤を免れるために堤防を強化しても(スーパー堤防、高規格堤防)、堤防を越流してくる超過洪水に対しては、為すすべもありません。
したがって「河川際の危険地帯」というのは、ダムの有無というよりは堤防の有無にかかわる問題だと思います。
もっとも、溢水(堤防から溢れてくること)を想定するなら、築堤河川だけでなく掘込河川(計画高水位が提内地盤高より低い河川)であってもリスクはあります。ただし、溢水というのは異常降雨がもたらす異常事態なので、特異なケースとして考えるべきかもしれません。

浸水しやすい土地への集積を招いたのは、治水安全への意識の低さ(盲信)が原因ではないでしょうか?
行政というモノは、市街化調整区域の田がズルズルと宅地化されている現実(分家住宅は正式に認められています)を考えても、大した権力をもっていないのではないでしょうか?
少なくとも、「河川管理者」の宅地開発に対する権限は、極めて小さいというよりは皆無に近いため、規制できるはずもありません。

こういったことについて行政に対して不満を持つ人々は、水防活動に従事したことはあるのでしょうか? 目の前の聳える堤防には気づかなかったのでしょうか? 旧家が建っている土地の高さより低いことはなかったでしょうか? 地名(字名)に違和感(河原とか堤外とかあります)はなかったでしょうか?

と斗瑤魑容すればよいという極論もありますが、"現実的な選択肢でしょうか?
水害防備林などを考えると、我が国の文化や歴史は氾濫を認めてきたと思われます。
しかし、人口と資産の集中が起きてしまった現代では、氾濫を許容する土地とそうでない土地の線引きが問題となります。
少なくとも、現状の土地利用が氾濫を許容するスタイルになっていないので、氾濫を許容するためには長い年月を要すると思います。

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■■治水計画の目的と手段(方法)■■
2002/11/ 4 23:27 No722

_論遒侶弉茲隆靄寨彖如別槁検砲話が作っても同じものになるはずです。
○○年確率は過大であるとか、その算定方法が誤っているとの意見があるようですが、全国一律の考え方や基準に基づいているのであれば、こういった議論はむなしいと思います。
判例から考えても、全国的に見て一定のレベルに達しているのか否かが問題になっていることからも、こういった議論は説得力をもたないのではないでしょうか?

¬槁犬鮗存修垢襪燭瓩亮蠱福癖法)にはいくつかあります。
流域から流出してきたもの(森林などで貯留しきれなかったもの)について、ダムに頼らず、河道で対応(河道改修)するというのが最優先であるとおもっています。
河道改修だけで目的を達することが非現実的な場合に、ダムで洪水調整を行うことを考えてみたり、都市水害に対応するために流域治水を行ったりするのだと思います。

追伸:ダムは先にあるのか?後にあるのか?
「先に治水ダム有りき」ということは無いと思いますが、水源確保のため必要であると判断された「利水ダム」の存在が前提となり、トータルコスト縮減の観点から、「多目的ダムありき」になるケースはあり得ると思います。

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■■「治水計画」どんな頻度で見直すべきなのでしょうか■■
2002/11/ 8 1:23 No723 (H14.11.15修正)

見直しに要する時間や費用は別にしても、計画が見直され変更されれば、用地買収の幅(範囲)が変わってしまったり、堤防の高さが変わったりするのだから、社会生活への影響があまりにも多いと思います。
したがって、毎年とか2年ごとといった頻度で見直すのは好ましいとはいえませんので、「事業再評価制度」をきっかけに・・・というのが現実的な選択かもしれません。

しかし、治水事業と治水工事を分けて考えることが必要と思います。

治水工事は、発注単位で考えれば、工期の長いものでも数年でしかないため、コスト、工法、技術進歩などは反映されていると思います。(会計検査院はこれを賢明にチェックしているはずです)

なお、川古ダム中止は、事業再評価制度により「利水ダム」は中止するが、「治水」に関する部分については別途代替案を考えるということのようです。

参考:群馬県議会(平成12年9月定例会)の会議録
http://www.pref.gunma.jp/k/p/200009/gijiH1209_16.htm
“川古ダム、平川ダムは、現時点では利水者が早期に参画することが困難と判断せざるを得ないことから、利水目的を伴うダム建設事業としては中止とするが、両ダムの持つ洪水調節機能等を代替する治水対策を検討していくことなどの方針案が示され、了承されたと聞いております。“

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■■河川管理の瑕疵の判断基準■■
2002/11/20 23:05 No730

http://www.hh.iij4u.or.jp/~feuille/Zemi/resume23.htm
の抜粋です

◎河川において通常有すべき安全性:
「当該河川の置かれている地形、地質等の自然的諸条件の下で、当該河川につき通常予測される洪水を安全に下流へ流下させ、もって右洪水による災害を堤内地住民に及ぼすことのないような安全な構造を備えること」

◎未改修河川及び改修が不十分な河川の管理の瑕疵の判断基準
「(未改修河川についても)水害の予測可能性と回避可能性とがあれば河川管理に瑕疵があると解し、ただ、河川管理上の諸制約により水害防止のための措置をとることができなかったことにつき十分の合理的理由があれば瑕疵を阻却するという考え方が自然」


●最判昭59・1・26 [大東水害訴訟]
「諸般の事情を総合的に考慮し、前記諸制約のもとでの同種・同規模の河川の管理の一般水準及び社会通念に照らして是認しうる安全性を備えていると認められるかどうか」「右[改修]計画が全体として右の見地からみて格別不合理なものと認められないときは、…………早期の改修工事を施行しなければならないと認めるべき特段の事情が生じない限り、右部分につき改修が未だ行われていないとの一時をもって河川管理に瑕疵があるとすることはできない」


●最判平2・12・13 [多摩川水害訴訟]
「工事実施計画が策定され、右計画に準拠して改修、整備がされ、あるいは右計画に準拠して新規の改修、整備の必要がないものとされた河川の改修、整備の段階に対応する安全性とは、同計画に定める規模の洪水における流水の通常の作用から予測される災害の発生を防止するに足りる安全性をいうと解するものである」「改修、整備がされた河川は、その改修、整備がされた段階において想定された洪水から、当時の防災技術の水準に照らして通常予測し、かつ、回避しうる水害を未然に防止するに足りる安全性」「想定された洪水の規模は、基本計画に定められた計画高水流量規模の洪水である」


【 参 考 】
第11回長野県治水利水ダム等検討委員会議事録(p.10付近を見てください)
http://www.pref.nagano.jp/doboku/tisui/kiroku/11giji.PDF

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■■どなたか教えてください■■
2002/12/ 3 0:26 No732

「緑のダム」という言葉は昔からあったのでしょうか?
私は「誰かの造語ではないのか?」と思っているのですが、
いつ頃、誰が、どんな定義で言い出したのか、どなたか教えてください。

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2002年11月17日 01時02分22秒 establishment