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今、青少年の周りで何かが起きている


でも、純粋な気持ちは今も、昔も変わらない。もっといい所を見つめてあげたい。

徒然なるままに最近の思いを綴ってみました。

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What's new!! 2001年08月17日
「読 書 感 想 文」

 読書感想文の書き方って学校で習ったことある?

 なぜだか知らないけど、夏休みの宿題になるといつもついてくるのが「読書感想文」だよね。この「読書感想文」好きな人ってあるのかな。自分の感想を文にするだけでなく、文の構成など考えていくと本当に頭がパニックになってしまう。

 実は、子どもの頃とても苦手だった。そしていま、自分の子どもに教えるのがとても大変。色々な事例を読んだりするんだけど、自分が書いたほうが本当に楽。入選作品など読むと、「これって本当に小学1年生が自分で書いたの?」と、思うものがたくさんある。

 親としての反省は、まずどんなことでも感動は文にする習慣が大切。日頃から、会話の中でも自分の気持ちを話しているのか、あったことだけを話しているのかしっかり聞き取る習慣が必要だ。こどもにとってあったことだけを話すのは簡単みたい。そのことから自分はどう感じたかを付け加えさせると、どんなことでも自己主張ができるのかもしれない。

 今年の夏休みは、やっぱり「読書感想文で始まって読書感想文で終わった」
でも、これから子どもと会話するときは気をつけて、感動を言葉にあらわせる子どもを育てたい。

2001.8.17

 

児童虐待の記事が3件も!!

 子どもの頃よく親や先生から言われた、「弱いものいじめはよしなさい。」 なぜだか、いい大人になってもこの「弱いものいじめ」はなくならない。特に、弱い人間ほどこの「弱いものいじめ」をする。いわゆる、世の中の「弱者」といわれる人たち。子ども、女性、老人・・・。差別するわけではないが、強くなったといえ「女性」はある意味で弱者である。
児童虐待は、子どもが弱者。
セクシャルハラスメントは、女性が弱者。
ひったくりは、老人が弱者。
ときにホームレスも弱者となることもある。

 困難に立ち向かったとき、自分の中で解決しようとする強い意志がもてない。自分のせいでこうなったのではなく、相手が悪いからこうなったのだ。したがって、その相手を弱者として排除しようとしたり、攻め立てることで立ち向かうべき困難を避けようとする。しかし、実際にはその困難の解決には少しも近づけない。ごまかそうとするとても弱い心が打ち勝ってしまう。
 人は誰でも「強い心」と「弱い心」を持っている。小さな頃から我慢することを覚え、「弱い心」に打ち勝つ力を養ってきた前の世代の人間はもういない。目の前には満足するものがたくさんあり、我慢することはない。ほしいものは全て手に入り、学校へいかなくても誰も責めない。多くの人間が、「弱い心」をあたかも「強い人間」かのように見せるために前面に出しているのだとしたら。これからどうなっていくのだろう。
 下にある、中学1年生の「新しい決意」のなかにあるように、こんな子どもたちを私たち大人たちがみのがしてはいないだろうか。そして少しでも多くの子どもたちがこのように育ってくれれば、「強い心」のもてる大人になるかもしれない。

2001.8.1

 

「あたらしい決意」

 (前略) 2つめの決意は、「誰にも負けないというぐらいのことを、一つは見つける。」ということです。私は、今まで誰にも負けないというぐらいのことを、見つけたことはたぶんないと思います。だから、どんなに単純なことでもいいから、一つは見つけたいと思います。
 (中略)
 4つめの決意は、「人の立場になって考える。」ということです。私は、いつも人の立場になって物事を考えようとは思っているけど、どうしても、「自分さえよければそれでいい。」という方向に流されていってしまうので、人の立場になって考えるということがあまりできません。でも、中学生になったということを一つの区切りとし、「自分さえよければそれでいい」という心を脱ぎ捨てて、「人の立場になって考える」という心を入れ替えたいと思っています。

 「誰にも負けないことを1つ持つ」ということは、自分に自信を持つということです。とかく何事も自分に自信が持てないから、強い者へ引かれていき、良いことと、悪いことの見境がなくなり行動していまいます。自分にしっかりした考え方を持ち、自信を持って行動することは、どんな人だって簡単なことではありません。でも、「誰にも負けないこと」を自分の中に持つことで、弱い心に頼ることなく行動できるものだと思います。どんなことだっていい、自分らしさを見つめ「誰にも負けない何か」この夏休みに発見しよう。
 最近は、大人の世界でも「人の立場になって考える。」ことのできない人が多い。確かに、昔の人とは環境も違えば、考え方も違ってきたかもしれない。でも、人は一人では生きていけない。他人とのかかわりの中から生活していかなければならない。以前、「マナーって何だろう?」で書いたと思うけど、人のモラルも変わってきているような気がする。でも、人と人とのかかわり方は人類が誕生したときから変わらないのではないだろうか。「他人の立場になって考える。」ことができれば、「喜び」「悲しみ」「憎しみ」も分かち合えるのではないだろうか。
 中学1年生に入学したばかりの子どもでさえ、わかっているこの問題が、一人だけの問題でなく、波紋のように広がっていき多くの人たちが自分のことのように考えられることを私は願っています。

2001.7.31

 

「中学2年生の命が奪われる!」

  青少年をなぜ見守ってやらねばならないか。簡単なことのようだが、一言では言い表せないものがある。この事件でも、新聞などで報道されている内容からいろいろな感想をいだくであろう。しかし、どんな状況であったにせよ、弱者と強者の関係は変わらない。弱いものに対する、人間の傲慢な行動がこのような結果をもたらしてしまった。強いものは、弱いものを守らねばならない。親が子を守り、大人たちが子どもたちを守る。どんな子どもであろうとも、その子どもを親が守るのはあたりまえであり、その関係がくずれたとき、子どもは、子どもとして生きることを親から拒否されたことになる。そんな子どもの気持ちを、考えたことはありますか。親から虐待をうけた子どもたちの気持ちを考えたことはありますか。そして、強者から弱者への扱いがどうあるべきか自然に育っていくのです。そういった子どもたちが大人になったとき、自分が受けた仕打ちを考えよい方向へ向かうよりむしろ、強いものになること、強いものであると振舞いながら生きてしまうのです。そんなにみんなが強い心をもって、強者に対抗しようと振舞えるはずはない。やはり、青少年は守ってやらねばならない。未来の世の中を少しでもよい方向へ向かわせるためにも。大人たちが青少年だった頃を思い出し、今の時代を考えつつ、今の青少年のこころの奥底をしっかりみつめ、育てていきたい。

2001.7.26

 






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