子ども獨樂吟 〜生活の中の楽しみ観〜 (2001年7月)

    獨 樂 吟
  (どくらくぎん)
 
    たのしみは常に見なれぬ鳥の来て 軒遠からぬ樹に鳴きしとき

たのしみはそぞろ読みゆく書の中に 我とひとしき人をみし時

たのしみはまれに魚煮て子ら皆が うましうましといひて食ふ時

   幕末の歌人・橘曙覧(たちばな あけみ)が自らの人生の楽しみをつれづれに詠んだ歌集である。短歌に興味がなくても「ある。ある。」と頷けるものが多い。ほのぼのとした心が伝わるものが多いが、曙覧自身は勤王の志士として激動の時代を生きた一人である。

 歌集から伝わる気持ちを指導した後に、小学校5年生に「たのしみは‥‥時」という歌を詠ませた。特に秀作のみを集めたのではなく、子どもが作った歌の中から自分で一首選ばせて発表させた。
(緑字は私が選んだ秀作)

 たのしみは毎朝かかさず一番で 教室入り電気つけしとき

 たのしみは互角の人と将棋して おいつめられて粘り勝った時

 たのしみは朝早くより学校来て せがむ1年と外で遊ぶとき

 たのしみは父といっしょに魚釣り 父より先にうき動くとき

 たのしみは遊びで描いた漫画見せ うまいと友にほめられし時

 
たのしみはこづかいためてカード買い ふくろ破って中を見る時

 たのしみはドッヂボールをやっていて 球強い人の球とった時

 たのしみはインターネット接続し カウンター見て数増えしとき

 たのしみはサスペ漫画の終わり頃 刑事になってうでを組む時

 たのしみは自分が蒔いたヒマワリの 成長ぶりを眺めて見るとき

 たのしみはちびちび貯めた貯金箱 がまんがまんと穴のぞく時

 たのしみは家に帰ってまず向かう ピアノの指がうまく動くとき

 たのしみは朝早く起き窓のぞき サッカーできると確信したとき

 たのしみは屋根に登ってねころがり 雲を見ながら寝入りたる時

 たのしみは人の空いてる電気店 心配せずにゲームやるとき

 たのしみはサンタにたのむプレゼント 何にしようか考えるとき

 たのしみは学校行くとき父に呼ばれ 蘭の香りをかがせてくれし時

 たのしみは両手にアイス持ちながら 左右交互に食べ歩くとき

 たのしみはたまの留守番時忘れ 山ほどマンガ読みまくる時

 たのしみは家で留守番日が暮れて 寂しきおりに姉の声聞くとき

 たのしみはペットショップの子犬見て ちょっかい出して相手する時
 たのしみはテントウムシをつかまえて 僕の指から飛び立った時

 たのしみは電車の中でふと浮かぶ 歌のできばえ満足したとき

 ろくな指導もせずに子どもに歌をつくらせると、

 たのしみは友だちとサッカーやっていて 球をうばってゴールした時
 たのしみは塾が終わって家帰り ゲームをやってマンガ読むとき
 たのしみはいやなヤツたまにドジをして 陰でみんなで笑いあうとき

というような作品が並ぶ。これもひとつの子ども達の一面には違いないが、なんら内面世界の刺激を促していない。その外見上の殻だけを見て「現代の子ども達の生活には豊かさがない」と断定してしまうのは、大人の軽薄な先入観でしかない。
 言葉を通した学習で自らの内面世界を発見し、同時に成長を促し表現に取り組む..これこそ作文教育の原点であると思う。

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