<<新しい歴史教科書をつくる会 山形県支部>>

『教育委員のみなさんへ』を読む

現場の先生方へ


戦後教育では「天皇」を理解できない


 実は、私どもにとっていちばん気になる存在でありながら運動からいちばん遠く隔たったところにおられるのが現場の先生方のような気がしてなりません。

身近な方の体験談です。
<小学校のPTAの広報委員長をして3学期、最後の広報紙が刷り上った日、出先まで電話がかかってきて校長先生に呼び出されました。慌ててとんでいったら、広報紙の天皇に触れた部分を刷り直ししてでも削除してもらえないか、と言われるのです。(【資料A】参照)人柄がよく誰にも好かれる先生で、私も好きな先生でしたので2時間ほどいろいろ話して、結局「天皇については憲法のいちばん初めに国民統合の象徴として書いてあるんですよ。」「そうですね。」ということで了解していただき、そのまま配布されました。このときから、学校って「天皇」についてどう教えているんだろう、というのが大きな疑問になっています。>

そういえば、学校で天皇についてどんなふうに学んだでしょうか。たしかに「自由と平等」「個人主義」をたてまえとする学校の知識からすれば、天皇という存在は異物のようにしか考えられないのかもしれません。おそらく天皇という存在は、戦後教育の枠組みでは理解できない、はみ出した存在なのです。そこで、理解できない存在が存在することは間違っていると思ってしまう人と思考の枠組みが間違っているのではないかと考えてみる人の二通りに分かれるわけですが、この例からすると、学校では前者が支配的であるように思えてならないのです。 


占領政策による戦後教育のスタート

そこで、ちょっと歴史を振り返ってみましょう。
 昭和20年8月の敗戦の結果、わが国は有史以来はじめて外国の占領下に置かれることになり、日本人は不安と緊張のうちに占領軍を迎え入れました。ところがその主体である米兵たちは思ったほど抑圧的ではなく、日本人は安心して警戒心を解いたのです。しかし、マッカーサーが率いるGHQ(連合国軍総司令部)が目指したのは、「民主化」を名目に日本を再び世界の中で強力な国にしないこと、つまり「民主化」に名を借りた日本弱体化政策でした。
 GHQは、戦時中よりも厳しい徹底した言論の検閲(【資料B】)を行い、戦争に至る日本の立場の正当性を主張することも、広島、長崎の原爆の悲惨さを公表することも禁じました。その一方で、日本国民を一般国民と支配階級に分け、「国民は支配層にだまされていた」という宣伝によって、国内対立があおられました。
GHQが戦争に関する罪悪感を徹底して日本人の心に植え付けるために行った宣伝計画をWar Guilt Information Program(戦争犯罪宣伝計画)といいます。占領軍は周到な計画の下に、新聞、雑誌、ラジオ、映画とあらゆるメディアを使い、日本の戦争が不当なもので日本人は残虐なことをした、と強調しました。
戦後日本の教育は、このような占領下でスタートしたのです。
占領政策の柱をなしたのは徹底した検閲でした。占領軍の検閲基準として、「禁止30項目」というのがありましたが、それを列記しますと、1.占領軍総司令部批判 2.東京裁判批判 3.占領軍総司令部が日本国憲法を起草した事実への批判 4.検問への言及 5.米国の批判 6.ソ連の批判 7.英国の批判 8.朝鮮人への批判 9.支那の批判 10.その他連合国の批判 11.連合国の全般的批判 12.満州での日本人処遇への批判 13.連合国の戦前の政策への批判 14.第3次世界大戦への論評 15.ソ連と西側諸国との対立への論評 16.戦争弁護の宣伝 17.神国日本の宣伝 18.軍国主義の宣伝 19.民族主義(国家主義)の宣伝 20.大東亜に関する宣伝 21.その他の宣伝 22.戦争犯罪人の正当化または弁護 23.占領軍将兵の占領地女性との懇交 24.闇市場の取引 25.占領軍の批判 26.飢餓状態の誇張 27.暴力行為と不穏状態の誘導 28.嘘偽の陳述 29.占領軍総司令部への不適当な言及 30.時期尚早の発表  (Press Pictorial Broadcast Division / Monthly Operation Report 1946.11.25 )
とりわけ赤字に注目していただくと、今もってこの検閲基準に忠実である方ほど、教科書改善に反対している方であることがおわかりいただけると思います。こうした占領軍によるマインドコントロール状態を是とするか、あるいはそこから脱け出て、日本人としてのアイデンティティ(誇りある自覚)の確立を目指すのか、教科書改善運動とは、こうした占領以来の洗脳状態から日本を解放するための運動であると言ってもよいかと思います。したがって、こちらが勝てばあちらが負けるという問題ではなくて、じっくり議論すれば必ずわかってもらえるとの認識をもって運動をすすめております。


近隣諸国条項

 歴史を振り返ったついでに、教科書改善運動のもうひとつの歴史的背景を考えてみます。
 昭和57年に、文部省が歴史教科書の検定で「華北への侵略」を「進出」に書き換えさせたというマスコミの誤報に基づく報道に端を発した中国曹氓黶A当時の宮沢喜一官房長官が「政府の責任で教科書の記述を是正する」との談話を発表。教科書検定基準に「近隣のアジア諸国との間の近現代史の歴史的事象の扱いに国際理解と国際協調の見地から必要な配慮がされていること」とする「近隣諸国条項」が追加されました。その結果、中国や韓国が日本の教科書にいちいち注文をつけることが正当化されてしまいました。さらにそれに乗じて、教育界に大きな影響力をもつ反日的な一部団体が、特定イデオロギーの観点から教科書をチェックするという「裏検定」がまかり通るようになり、教科書会社も教科書を採択してもらうためにはそうした意向に沿った教科書をつくらざるをえないという状況が生まれることになってしまったのです。


教科書改善の動き

 教科書は4年ごとに改定されます。文部省の検定を通った教科書が、各県各市町村教育委員会によって選定採択され、児童生徒の手に渡ることになります。平成12年度の今使われている教科書は14年度から新しい教科書に変わります。現在14年度からの使用を目指す新しい教科書が文部省で検定審議中です。来春には検定を通った新しい教科書が、各教育委員会の審査を経て、来夏には各小中高校で使用される教科書が決定します。
 現在使われている教科書が文部省で検定審議されていた今から4年前、中学歴史教科書に記載された「従軍慰安婦」記述の問題をきっかけに、教科書改善の気運が全国的に高まることになりました。そうした中で、健全な日本国民の育成に資する教科書を子供たちに与えることを目指して、平成9年1月に結成されたのが「新しい歴史教科書をつくる会」です。この会がつくった中学歴史と公民の教科書が今検定中です。また、その教科書を各教育委員会で採択してもらうために、47都道府県に支部が結成されました。山形県では昨年9月に支部が発足し、議員の動きにも歩調を合わせながら活発な活動をつづけています。

【資料】

        以下、問題になった小学校PTA広報紙の全文です。「なんで勉強すんなねなや?」について、アンケート等も含め三回シリーズで考えてきた最終回です。
     *      *      *      *      *  
   「なんで勉強すんなねなや?」part3
―――「世の中というものは、みんなつながって成り立っているんだよ」

ハンカチ渡しの法則
「恐怖の法則」というテレビ番組があります。「子供がままごと遊びをすると標準語になる法則」とか「手から血を出すといたわってもらえるが鼻から出すと笑われる法則」といった視聴者や出演者から出された仮説を番組で検証し、司会者が法則として認定するかどうか決める番組です。 先日興味深い法則が認定されました。「ハンカチを片手で渡すと受け取り方も片手で受け取り、両手で渡すと両手で受け取る法則」です。二十七人に実験して二十四人がその通りだったのです。
 この「ハンカチ渡しの法則」は、私たちに大切なことを教えてくれています。「考える私」以前の行動についてです
 私たちは、少なくとも行動のレベルでは、まず「私」であるまえに相手の気持ちになって、相手と共に生きているということです。いちいち、心の中の「私」が考えて行動しているわけではないのです。私の気持ちと相手の気持ちはまるっきり別々ではなくて溶け合っているのです。まだ「私」の意識が育っていない赤ちゃんがそうであるように。

「我思う、故に我あり」?
 「我思う、故に我あり」、十七世紀のフランスの哲学者デカルトの有名な言葉です。デカルトは「考える私」を根本原理に世界を理解しようとしました。個人主義的な考え方の出発となったとされる言葉です。また、人間の知恵への絶対的な信頼を基礎づけた宣言でもありました。ここからスタートしていろんな西洋の思想が生まれました。過去のしがらみを断ち切り、人知を結集して新しい世の中をつくろうという革命思想がその流れの中で生まれ、フランス革命やロシア革命が起こりました。しかし、フランス革命は恐怖政治を経てその首謀者たちが五年後処刑され、またロシア革命で出来たソ連は七十四年後崩壊しました。人知の限界を思い知らされる歴史の事実です。
 思えば戦後の日本も過去のしがらみの多くを断ち切ってのスタートでした。戦前の教育の根幹をなした教育勅語が否定され、「修身」もなくなりました。 その分知識が重視されるようになりました。人知を結集して経済の成長を成し遂げ「豊かな社会」を作ることに成功しました。でもこれからもこのままでいいんだろうか、二十一世紀を目前に、そんな不安がだんだん心の中で大きな場所を占めるようになっています。

共に生きている世界
 実はデカルトの考え方は、哲学の世界ではもうとっくに克服されています。人間にとって根源的なのは「考える私」以前の「共に生きている世界」であるというのが哲学の常識になっています。それと共に東洋的な考え方も見直されるようになったのです。そこでは「自由」の反対は束縛ではなくて「秩序」です。「平等」の反対は差別ではなくて「分度分限」です。批判よりも「まとまり」が重んじられます。ソ連崩壊後、ロシアの一小国がかつての国王の血筋を捜しているとの話がありました。国のまとまりの核にしようというのです。天皇をいただく日本のありがたさを思わずにいられませんでした。あくまで「個」を基本にする戦後の感覚ではなかなか理解できないのが天皇の問題なのですが、「共に生きている世界」を基本に考えるとスッとわかるはずです。あわせて文化や伝統や歴史の大切さも。
 「なんで勉強すんなねなや?」の問いは、「世の中というものはみんなつながって成り立っているんだよ」という事がだれにも当然のことであった時代には出てきようもない疑問だったのかもしれません。子どもたちがこうした問いかけを出さざるを得ないこと自体、人間が生きてゆく上での大切なことが見えなくなってしまっている結果なのではないだろうか、そんな思いがしたのですがどうでしょうか。


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