貫井川 ぬくいがわ
Nukui-gawa River
最終更新 04.5.5

練馬区内のみを流れる石神井川の支流である。正式な名称は不明だが目白通りと交差する部分に貫井川緑道という表記が見られるため、当サイトでもその名を使う。小さな川ながらかなり奥の深い水路で、石神井公園の南方まで続いていた。
取扱区間:全区間 掲載順:上流→下流

※写真はクリックすれば拡大。



地点、石神井消防署の北側、バス [荻14] が走る通称井草通りに窪んでいる部分があり、これが貫井川の源流と思われる。(01.1.7)

地点、窪んだ部分に沿って東へ進むと、コンクリート蓋水路が出現。今やコンクリート蓋水路は練馬区内ではほとんど見れなくなったため貴重である。(01.1.7)

※練馬区内の残存用水路はこちら

この先で水路跡を見失うが、窪んだ部分を辿っていくと一旦新青梅街道の向こう側へ渡っているように見える。
74年撮影の貫井川源流付近。地点の辺りから川らしき筋が始まっている。

air photo:
「国土情報ウェブマッピングシステム」より引用
(c) 国土交通省 http://w3land.mlit.go.jp/WebGIS/

地点、上井草駅の北東、ちひろ美術館の近く。ここから下流は途切れることなく水路跡が続いている。しばらく道路に沿って歩道で北東へ向かう。(01.1.7)

地点、旧早稲田通りの喜楽沼バス停そば。この付近では道路から独立した水路敷である。杉並区の金太郎マークに対し、青地に水路敷の文字は練馬区の水路跡のシンボルマーク的な存在であり、あちこちの遊歩道で見られる。(01.1.7)

地点、喜楽沼の跡。以前は沼地で水源の一つだったはずだ。その後釣り堀となり近年まで残っていたが、今は埋め立てられ駐車場や住宅と化している。傍らに朽ち果てたポンプが残っていた。(01.1.7)


74年

84年

89年
喜楽沼付近の空撮写真。徐々に埋め立てられていった様子が分かる。喜楽沼の北側を回りこんでいるのが貫井川で、74年にはまだ暗渠化されていないことも分かる。

air photo:
「国土情報ウェブマッピングシステム」より引用
(c) 国土交通省 http://w3land.mlit.go.jp/WebGIS/

地点、環八通りから。この付近は将来環八通りと笹目通りの合流点になる予定で、周囲の家は立ち退いておりこの付近の水路敷もどうなるかわからない。(01.1.7)

地点、区立石神井東小前。かつてコンクリート蓋水路だった頃の遺構が見られる。(01.1.7)

地点、西武線と交差する部分。この一角のみ今もコンクリート蓋水路が残っている。西武線が高架化 (87年) する前は橋梁も残っていた。この先は再び水路敷となり住宅地を行く (右)。(01.1.7)


地点、富士見台駅の北、NTT練馬西店前。古い地図には貫井橋と書かれていたのを覚えている。(左) 南西の方角から大きめの支流が合流する。この水路は西武線と交差する辺りまで追うことができ、その向こうも窪地が続いている。(右) この先は東へと流れる。(01.6.24)


地点、貫井中学校前から。(左) 道路に沿った歩道になっているが、車道上にここまで河川敷を示すマーカーがあるのが珍しい。(右) 少し先で北北東へ向きを変える。これは左の写真の突き当たりを左へ曲がったところから上流側を見たところ。曲がり角のところで南から別の支流が合流。これは西武線の中村橋〜富士見台間にある谷間へと続いている。(01.6.24)


地点から下流側。この付近まで来ると立派な緑道になる。(01.6.24)

地点、目白通りから下流側。ここには「貫井川緑道」と書かれた銘板があり、この無名の川には貫井川という名が付いていることを示している。(01.6.24)

74年撮影の目白通り付近。目白通りの上流側が最後まで暗渠化されずに残っていたようだ。下流側は既に暗渠化されている。

photo:
「国土情報ウェブマッピングシステム」より引用
(c) 国土交通省
http://w3land.mlit.go.jp/WebGIS/

地点、旧目白通り、いわゆる清戸道から下流側。道路沿いに幅の広い歩道が続いている。(01.6.24)


01.6.24

89.1.5
地点、石神井川との合流。護岸にポッカリ大穴が開いている。合流口の下段は壁で仕切られ、普段は中央に開いた小さな穴からちょろちょろと排水しており、水位が増えた時のみ大穴から排水される。晴天続きでも常にこの程度の水量があるので湧水によるものと見て良いだろう。 右は改修前の様子。当時は河床近くに合流口があった。

※石神井川はこちら

貫井川には途中で分かれる分水がある。地点、清戸道から。ここには最近までわずかながら水路が残っていた。どう見ても橋の欄干にしか見えないフェンスもあった。昔はこの欄干に「川をきれいにしましょう」と書かれた札もあった。(左:99.3.28 右:01.3.20)


同じく地点、やや下流から橋の方を見たところ。川としか思えない遺構があった。ここもマンション建設のため取り壊されてしまった。(98.3.8)

地点、石神井川に近いところ。この付近ではタイル張りのしっかりした緑道になっている。南から別の支流も合流している。この先突き当たりで左へ曲がり石神井川へ合流していたようである。改修前の石神井川にはそれらしき痕跡もあったが、改修工事で跡形もなく消えてしまった。(01.6.24)

以上。

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