黒目川 くろめがわ
Kurome-gawa River
最終更新 07.7.23

都営小平霊園内のさいかち窪から始まり、東久留米から新座方面へと流れてゆく荒川水系の一級河川である。古くは久留米川、久留目川、来梅川などと呼ばれ東久留米市の名の由来にもなっている。この川も上流部は自然が残っており、一度ゆっくりと歩いてみたい川である。
取扱区間:全区間 掲載順:上流→下流

※写真はクリックすれば拡大。




07.7.21

04.11.3

89.11.23
地点、霊園内へ入ってすぐ。この周辺のみ雑木林が残されており川の続きがある。

07.7.21

04.11.3
地点、上記のすぐ上流にある石橋から上流側。川に沿って道がある。

07.7.21

04.11.3
地点、少し進むと小さな窪地へと出る。これが黒目川の水源 さいかち窪である。ここに水が湧くのは夏に雨が多い年の秋に限られる。

07.7.21

04.12.4
地点、さいかち窪の南端から。数年に一度しか湧かないと言われる聖なる水だ。
地点、窪の奥地にある水源。土管から勢いよく水が流れ出ている。(04.11.7)
地点、水源の土管はもう一か所あるが、こちらは枯れていた。(04.11.3)
74年撮影のさいかち窪。水が溜まっているように見える。

air photo:
「国土情報ウェブマッピングシステム」より引用
(c) 国土交通省 http://w3land.mlit.go.jp/WebGIS/


07.7.21

89.11.23
地点、新青梅街道から下流側。小平霊園から出てくると水が流れている。水質は良いとは言えず、白く濁った下水と思われるものが放流されている。

07.7.21

89.11.23
地点から上流側。今も汚い水が流れているが、下水道の整備は進んでいるらしく、89年に比べると水質もかなり良くなっている。一方で流量が減り枯渇化する傾向にあるらしく、野火止用水から下水再処理水を分けてもらうことができれば素晴らしい清流になると思うのだが。この辺りは深い雑木林が続いていて、ここが東京かと疑いたくほど自然が残っており、東京都の「雑木林の道」にも指定されている。
同じく地点から下流側。いい感じだ。(07.7.21)

07.7.21

89.11.23
地点、天神社前から。この神社の石碑には「来梅川」との標記も見られた。バブル期の頃は河床が溜ったヘドロで黒ずんでおり、悪臭も酷かった。右手に比較的大きな湧水がある (右の写真では湧いている)。主な水源の一つであり、東京の名湧水57選にも選ばれているが、最近は枯れていることの方が多い。
地点、天神橋から上流側。深い森が続いており、この付近は緑地保全地域に指定されている。右岸の雑木林の中にも大きな湧水があるが、大雨の後しか湧かない。(07.7.21)

07.7.21

89.11.23
同じく地点、天神橋から下流側。左手の狭い水路が黒目川で、右から合流しているのは山崎製パン武蔵野工場からの排水である*1。浄水処理が施してあるらしく湧水と見間違えそうなほどきれいな水で、水源の一つと言って良いかも知れない。初めて見付けた時は周囲に湧水があるのではと真面目に探したほどであった。

*1 「落合川 川あそび」のパネル展にて確認


07.7.21

89.11.23
地点、三方橋から下流側。長かった森から出て、右手に見える小学校を抜ければ、その先はすぐ久留米西団地である。
地点、西から合流する水路があり、これは地点にある北原公園の湧水から流れてくるものである。北原公園からここまでは区画整理のため暗渠化されている。(07.7.21)

98.12.6

04.11.7
地点、北原公園。雨水調整池も兼ねた窪地の中に湧水がある。前方にあずまやがあるが、湧水によるぬかるみのため枯渇期以外は近付くのは困難。この公園のシンボルだったケヤキの巨木は台風で倒れてしまった。
地点、久留米西団地の外れから上流側。この辺りはコンクリート水路になっている。(07.7.21)

07.7.21

89.11.23
同じく地点から下流側。久留米西団地の敷地へと入る。以前はコンクリート水路で、転落防止の金網が張られており余り見栄えは良くなかったが、最近の改修により見違えるように美しくなった。しかし本当の黒目川は地下を導水管で通っており*2、地上を流れている部分は親水用の水路であって、いわば飾りのようなものである。

*2 現地の案内板による。
地点、同団地内。人工の水路にしてはなかなかいい雰囲気だ。(07.7.21)
地点、氷川神社前から上流側。手前のバス通りはボックスカルバートで潜っている。(07.7.21)

07.7.21

89.11.23
地点、所沢街道から上流側。
同じく地点、所沢街道から下流側。写真では見えないが一級河川 黒目川 上流端という立て札があり、これより下流は一級河川として扱われる。上流側は東久留米市管理の普通河川である。(07.7.21)
地点、都大橋から上流側。ここから下流は改修が済んでおり、結構な落差で落ちている。(07.7.21)

07.7.21

89.11.23
同じく地点、都大橋から下流側。改修工事が済んでいる。右の写真は護岸の状態からして多分改修が行われて間もない頃であろう。
地点、右岸から支流の西妻川が合流する。これは地点の白山公園から流れてくるものである。現在は途中で黒目川雨水幹線に放流しているのか、河口付近は全く流れがない。(02.1.12)
地点、白山公園。滝山団地の雨水調整池であるが、湧水も多く雨の続いた後は全体が池のようになる。(左) 公園内の西妻川 (中) この水溜りはすべて湧水 (右) 湧水が多いときは道が川のようになってしまう。(04.10.23)
地点、新小金井街道から上流側。平行に流れてきた出水川が合流する。(07.7.21)

※出水川はこちら

07.7.21

89.11.23
地点、同じく出水川の合流点。出水川が合流すると流域も広くなり、出水川からの水がかなり多いこともわかる。だが近年は出水川流域の下水道が整備されたのか、出水川そのものの流量が少ない。
地点、橋の下に開いている大きな開口部は新小金井街道の下に設けられている黒目川雨水幹線の合流口で、たびたび発生する水害を防止するための地下河川である。(07.7.21)
地点、コカ・コーラ イーストジャパンプロダクツ (旧社名 東京コカ・コーラボトリング) 多摩工場の排水。コカ・コーラ社の誇る「水処理装置」で浄化してから放水しているとのこと*3。(07.7.21)

*3 小学校の社会科見学でそう聞いた。

07.7.21

89.11.23
地点、小金井街道から下流側。70年代末にコカ・コーラ工場を見学した頃はこの付近も未改修であった。余談だが漫画家の故手塚治虫氏宅がこの左岸の坂の上にある。
地点、坂本橋から下流側。カーブでは流路が護岸側に偏っている部分もある。(07.7.21)
地点、楊柳川 (小平排水) の合流。実はこの辺りの楊柳川は黒目川の旧流路であった。詳しくは楊柳川の項を参照。(07.7.21)

※楊柳川はこちら
地点、新大橋の下には昔の楊柳川の河口が残っている。(07.7.21)
地点、西武線沿いの弁天堀橋から上流側と下流側。空気の良い晴天の日なら上流側の正面に富士山が見える。(07.7.21)
地点、門前大橋から下流側。(07.7.21)
地点、大門団地前の平和橋から上流側。左岸には旧流路跡を使った清流も整備されている。(07.7.21)
地点、昭和橋から下流側。(07.7.21)
地点、右岸に東久留米スポーツセンターの地下に作られた調整池への流入口がある。(07.7.21)
地点、黒目橋から上流側。コンクリートのスロープを降りると川幅もやや広がる。この辺りは釣りをする人が多い。(07.7.21)

07.7.21

89.11.19
地点、県境の神宝大橋から上流側。落合川の合流 (左が落合川)。

※落合川はこちら
黒目川と落合川の合流点付近には改修前の流路跡らしきものが多く残されている。旧流路跡の地形を調べたり、古い地図と照らし合わせたりしたところ、以前はかなり異なる流路だったようだ。現在も残る遺構を挙げる。地点、南側に残る流路跡。東久留米市の野草園となっていて、かなり奥まで辿ることができる。現地の説明版には野草園の歩みについて書かれており、それによれば84年6月に都から河川跡の使用許可を得たとある。現在の流路の工事銘板には83年と書かれているので、切り替え後間もなく埋め立てられたようだ。工事は国鉄三鷹保線区から古い枕木を安価に購入して行われたなどと書かれていた。テレビでも何度か紹介されたようである。(07.7.21)
地点、野草園の突き当たり。かなり荒れ果てており流路もわかりにくいが、正面の盛り土の左手を緩やかなS字型を描きながら遠くに見えるワゴン車の方へと流路が続いている。
(右) ここで正面の盛り土から右に分かれている中沢用水*4という水路がある。水門の跡らしきものが見える。(02.2.2)

*4 現地の住居表示 (現存せず) による。

07.7.21

02.2.2
地点、中沢用水。県道のところまで今も水路が残っている。最近、住宅化に伴い右岸がコンクリート化されてしまった。これより下流は新座市が暗渠化工事を行っており緑道になっている。
地点、旧流路。県境の道から上流側と下流側。今も当時の状態がそのまま残っている。狭く浅くてとても黒目川の本流だった水路には見えない。水害は凄まじいかったようで、大雨が降ると付近の道がみな川のようになってしまったそうである*5。(07.7.21)

*5 現地の方からのお話による。
そして実際の過去の様子がこれ。74年撮影。うねうねと蛇行しながら流れている。地点の狭い流路は、本当に黒目川の本流であった。新流路の土地が確保されているのが分かる。

air photo:「国土情報ウェブマッピングシステム」より引用
(c) 国土交通省 http://w3land.mlit.go.jp/WebGIS/

地点、神宝大橋の下流側。右岸から旧流路が合流している。これより埼玉県に入り、護岸のスタイルもがらっと変わる。(07.7.21)

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