新河岸川 しんがしがわ
Shingashi-gawa River
最終更新 09.11.1

小江戸・川越の舟運で有名な一級河川である。入間川、荒川に沿って流れており規模も大きく、柳瀬川のような大きな支流もあり、埼玉南部の中小河川の代表格でもある。現在は大幅に改修され、舟運全盛期の面影は全く残っていない。
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※赤間川はこちら
新河岸川の起点は明らかではない。上流部は入間川から取り入れている農業用水の赤間川と接続されているからだ。行政上では川越市上野田町ということになっているが*1、現地に明確な表示は存在しない。地点、川越市上野田町付近。二つの川が合流している袂に新河岸川始点の石碑がある。右が赤間川。(05.5.28)

*1 埼玉県新河岸川総合治水事務所の資料 (http://www.pref.saitama.lg.jp/A09/BG00/webplan/16shin.pdf) による。

地点、東武線橋梁付近。田植えの時期は上流からの水量も豊富だ。(05.5.4)
地点、護岸は整備されているが土手もありいい感じだ。この付近は鯉が放流されているようで、かなり大きな鯉も泳いでいる。(05.5.4)
地点、高沢橋から上流側。早くもかなりの川幅となる。有名な菓子屋横丁の近くで、この日も観光客で賑わっていた。さらに少し歩けばこれまた有名な倉作りの町並みに出られる。(05.5.4)

地点、新河岸川は市街地を回り込むように流れているが、この地点までは赤間川の流路である。本来の赤間川はここから東へ流れ伊佐沼に注いでいた。ここから最も上流の河岸であった仙波付近までは昭和初期に開削された部分である*2。新しく開削された水路の入口には田谷堰という大きな堰があり、旧赤間川へと分水していた。現在も3つの水門が残っている。また堰に併設された田谷橋には新赤間川の表記がある。(05.5.4)

*2 「きまぐれ旅写真館 - 田谷堰」(http://www1.odn.ne.jp/fukadasoft2/bridges/olds/taya/) などによる。
地点、川越城址近く。付近には市立博物館・美術館やプロ野球も開催できそうな立派なスタンド付きの川越初雁球場があり、多くの人で賑わっている。(05.5.4)
90年撮影の川越市街地。新河岸川は市街地を取り囲むように流れている。

air photo:「国土情報ウェブマッピングシステム」より引用
(c) 国土交通省 http://w3land.mlit.go.jp/WebGIS/

地点、小仙波町付近。前方の橋 (新琵琶橋) には赤間川の表記あり。数ある河岸のうち最上流に位置していた仙波河岸はこの辺りにあったと思われ、赤間川と新河岸川が接続されていたのもこの辺りだろう。(05.5.4)
地点から下流側。市街地では鯉が泳いでいた清流も、この辺りへ来るとどんより濁っている。下流側の国道16号を越えると、早くも周囲には田圃が広がる。(05.5.4)
地点、下水処理場があり排水が加わる。大きな排水口が3か所開いている。(05.5.4)
地点、新扇橋から上流側。不老川の合流。左が不老川。(07.4.28)

※不老川はこちら
※【動画】新河岸川サイクリングロードはこちら

地点、九十川の旧流路が残る。(07.4.29)
地点、これも九十川旧流路の一部。強制排水用のポンプ設備がある。(07.7.7)
地点、九十川旧流路の合流。(07.5.3)
同じく地点、旭橋から上流側と下流側。新河岸川の舟運が最も盛んだったところで、上流側に上新河岸、下流側に下新河岸という二つの河岸があった*3 (ここから道に沿って歩けば東武線の新河岸駅である)。なお下記*3サイトでは古い石橋に石垣の護岸の写真が載っているが、現在は広い橋に架け替えられており全く別の場所のように見える。ごく最近に改修が行われたようだ。橋の袂には舟運の石碑や案内板もあったそうだが、これも現在はなくなっている。史跡の保護よりも水害対策の方が優先なのだろうが、下流側には当時の河岸の一部が復元されている。(07.7.16)

*3 「小江戸探検隊 - 第8回 新河岸川舟運」(http://www.kawagoe.com/exploration/exploration08.html) などによる。
旭橋周辺の上新河岸、下新河岸は舟運が最も盛んだった場所。現在も保存会により伝承されており、4月下旬に実演が行われている。(09.4.29)
89年撮影の旭橋付近。まだ改修されておらず、九十川旧流路は旭橋の下流で合流していた。改修後の九十川旧流路は旭橋の上流側で合流。右上に見えるのが現在の九十川。

air photo:「国土情報ウェブマッピングシステム」より引用
(c) 国土交通省 http://w3land.mlit.go.jp/WebGIS/

地点、川越江川の合流。(07.4.30)

※川越江川はこちら

05.5.4

07.4.28
地点、九十川の現在の流路が合流する。古そうな石橋がいくつか残っていたが、取り壊されてしまったようだ。

※九十川はこちら



地点、川崎橋の隣。旧流路跡が残る。(07.5.4)
地点、上記の旧流路の合流。(07.5.3)
地点、養老橋から下流側。(05.5.4)
地点、富士見川越道路から下流側。一見高速道路のように見えるが、あくまで有料道路であり歩行者も通れれば信号もある。左岸の渋井水門から びん沼川 (荒川の旧流路) への放水路が分かれる。遠方にさいたま新都心が見える。(05.5.4)
地点、渋井水門橋から放水路の下流側。この放水路は一級河川新河岸川放水路として新河岸川とは別に登録されている。82年9月の大水害を契機に新たに開削された*4。(07.4.30)

*4 現地の案内板による。
地点、新河岸川放水路。普段流れはなく細長い溜め池となっており、釣りをする人が多い。(07.4.30)
地点、びん沼川との合流点。左の小さな水門から びん沼川が合流してくる。下流端の石碑が立っている。(07.4.30)

※びん沼川はこちら
79年撮影の新河岸川放水路開削前の様子。富士見川越道路は建設中。雨上がりなのか濁流が流れている。旧流路も確認できる。入間基地へのアプローチと思われる低空を飛ぶ自衛隊のC-1輸送機も写っている。

air photo:「国土情報ウェブマッピングシステム」より引用
(c) 国土交通省 http://w3land.mlit.go.jp/WebGIS/

地点、福岡橋から下流側。放水路が分かれると川幅が狭くなる。(05.5.4)
地点、福岡江川の合流。引っ込み式の変わった水門が付いている。扉は手前へ開き後ろ側へと収納される。(05.5.4)

※福岡江川はこちら
地点、新伊佐島橋から下流側。(右) 左岸側、県立福岡高校の裏に旧流路が残っている。(左:05.5.4 右:07.6.23)
地点、砂川堀の合流。左の木製の扉が付いた水門は古そうだ。(05.5.4)

※砂川堀はこちら
地点、南畑橋から下流側。有名な漢字博士*5が訪れるのはこの辺り。(05.5.4)

*5 東入間よみうり - 今月の情報-2008年6月- (http://www.fujimino-net.com/yomiuri/08-06/08-06-migi.html) などによる。
地点、左岸に大き目の水路が合流している (名称不明)。(07.7.7)
地点、右岸に水路が合流している。山室排水路というらしい*6。(07.7.7)

*6 伊藤氏からの情報による。
地点、右岸に富士見江川の合流する。福岡江川や砂川堀が水門を介しての合流なのに対し、こちらは本格的な河口だ。(05.5.4)

※富士見江川はこちら
地点、富士見江川の旧流路が残る。(05.4.29)
地点、木染橋から下流側。最近改修工事が終わったばかり。側道も整備された。(07.7.7)
地点、国道254号バイパスから下流側。川幅もかなり広がりゆったりとする。(05.5.4)
地点、左岸に大き目の川が合流。南畑大排水という*7。(右) 右岸には旧流路が残る。この部分は準用河川として別に登録されている。(07.7.7)

*7国土交通省 関東地方整備局 荒川下流河川事務所 新河岸川流域川づくり連絡会制作の新河岸川パンフによる。
地点、旧流路が合流する。ポンプ所があるため見えにくいが、下流側は結構な広さの川が残っている。(07.7.7)
地点、いろは橋から下流側。かつてここには野火止用水のいろは樋という水路の橋が掛かっていた。前方右岸に柳瀬川が合流する。(05.5.4)

※柳瀬川はこちら
※野火止用水はこちら
地点、富士下橋から上流側。左が柳瀬川。(05.5.4)

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