落合川 おちあいがわ
Ochiai-gawa River
最終更新 07.7.23

黒目川の支流で、東久留米市内のみを流れる全長3km程の一級河川である。立野川と違ってこちらは東京都の管理下にあり、改修工事も盛んに行われているが、今も自然も残っており、一度じっくり散策してみたい川である。
取扱区間:全区間 掲載順:上流 → 下流

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07.7.21

89.11.19
地点から上流側。上流端の立て札が立っている。これより上流は東久留米市管理の普通河川である。といってもわずか50m程で源だが。近頃は水が枯れている方が多い。左側の壁に沿って源まで入ることができる。宅地造成前は藪だった。

07.7.21

89.11.19
地点、水源まで上ってみた。左側は住宅地、右側は資材置き場のようなところで、流れはないが草むらの中に水が溜っている部分があるので、わずかな湧水があるのだろう。右手の資材置き場からの排水も合流しているようだ。この部分は春〜秋に掛けては草が多くなるので行きにくくなる。
さらに源に近付いてみた。次第に左右の壁が迫ってきて、完全に行き止まりとなる。正面のコンクリート壁に開いた水抜き穴が現在の最も上流の水源。(07.7.21)

07.7.21

89.11.19
再び地点、下流側。ここから小金井街道の手前までは90年代初頭に改修が行われた。以前は湧水が豊富だったのだが、過剰な工事により枯れ川になってしまった。

07.7.21

89.11.19
地点、小金井街道の弁天橋から下流側。ここは89年から変わっていないが、周囲の住宅は立ち退いているもののまだ改修は行われていない。以前は「小さな川に大きな工事 ホトケドジョウが消える」と改修工事の反対を訴える立て札が立っていた。

07.7.21

07.7.21

89.11.19

89.11.19
地点、小金井街道から200mほど下流から上流側と下流側。89年の撮影後間もなく改修工事が行われ、まるで別な場所のようになってしまった。改修工事前は河床が白く汚れており下水が流れ込んでいたのがわかる。
この南側に水源の一つである弁天フィッシングセンターの池があるが、道路予定地に差し掛かっているため埋め立ての可能性あり。
地点、地蔵橋から上流側。ここは橋ではなくボックスカルバートで盛り土の下を潜っている。

07.7.21

89.11.19
同じく地点、地蔵橋から下流側。斜面をえぐるように流れており小渓谷を形成している。この橋の真下にかなりの量の湧水がある*1。数多くの水生生物が見られるが、残念ながら新流路の完成と同時に埋め立てられる予定。

*1「噂の! 東京マガジン」(TBS系) 07年4月15日放送分による。
地点、地点の道から南下したところに見付けた水路。この付近は高台なので人工の用水路の可能性もあり。小平排水からの分水か? (01.1.13)

07.7.21

07.7.21

89.11.19

89.11.19
地点、神明橋から上流側と下流側。自然な水路が良い感じだったが、住宅建て替えのため大幅に改修されてしまった。すぐ下流では新流路が開削されたが、左岸側に分岐する旧流路は環境保護のために残されている。
架け替え前の神明橋は1760年製の市内最古の石橋が使われていた。(00.8.12)

00.11.19

89.11.19
地点、水源の一つ、神明山公園のひょうたん池。
ひょうたん池から道を挟んだ反対側、緑地が整備されここにも湧水を使った池がある。(00.11.19)

07.7.21

90.11.18
地点、新流路。90年に既に一部工事が完了していたが、開通したのは04年に入ってからであった。わずか300mほどの部分だが、実に14年の歳月を費やしたことになる。

07.7.21

89.11.19
地点、旧流路。新流路が開通したので埋められると思われたが、環境を保護するため生き残った。左岸には都営住宅があったが、老朽化のため近年建て替えられた。「落合川に水生公園をつくる会」という地元の団体が住宅の再建は自然破壊に繋がるとしてこれに反対、旧住宅跡地には水生公園を作るべきだと訴えていたが、願いは届かなかったようだ。
地点、旧流路と新流路の合流点。(07.7.21)
地点から上流側。やはり都営住宅が平屋から3階建てに建て替えられたときに改修。この辺りは改修区間ながら野鳥が多いらしく、筆者もカワセミを目撃している(右)。(左:07.7.21、右:06.7.8)

07.7.21

89.11.19
地点、宮下橋から上流側。ここまで左岸側に都営住宅が建っていたが、この部分は新しく建てずに土手として解放された。右岸の氷川神社の森には貴重な自然が残っている。
上記宮下橋から南へ歩くと南沢緑地保全地域へと出る。5か所ほどの大きな湧水が見られ、10,000t/日の湧水量を誇る都内最大級の湧水であり、一部は水道水としても使われている。地点、これはそのうちの一つ。東京の名湧水57選にも選ばれている*2。(07.7.21)

*2 東京都環境局「東京の名湧水57選」
(http://www2.kankyo.metro.tokyo.jp/sizen/yuusui57sen/top.htm) による。

07.7.21

89.11.19
地点、これも上記保全地域の一部。左が下流。正面から別の流れが合流する。右 (上流側) は東京都水道局の浄水場となっており立ち入り禁止だが、池になっており大きな湧水が2か所あるようだ。
地点、上記正面の流れの水源。土の下からかなりの勢いで水が流れ出ている。(01.11.17)

07.7.21

89.11.19
本流に戻る。地点、毘沙門橋から上流側。ごく最近に改修が行われた。右岸に合流しているのは南沢緑地保全地域からの水路。
上記保全地域からの水路。水はきれいだがコンクリート護岸で表情が固い。(07.7.21)

07.7.21

89.11.19
同じく地点、毘沙門橋から下流側。これより下流はかなり前に改修が行われていたようだ。
地点、憩いの水辺と呼ばれる広場。旧流路跡の土地を利用した広場で、夏は水浴びの子供たちで賑わう。(07.7.21)

00.11.19

89.11.19
地点、新東京百景の一つ、竹林公園にある湧水。
地点、美鳥橋下流から。(左) 左岸側の舗装された道が旧流路跡で、今も湧水が流れており流入している。(右) 右岸側にも旧流路跡が残るが、こちらは舗装されていない。地蔵橋付近の小渓谷もこのようになってしまうのだろうか……。(07.7.21)
地点、この盛り土は戦前に西武線東久留米から中島飛行機 (富士重工の前身) のひばりが丘団地付近にあった工場へと結んでいた引き込み線の跡である。この付近は西武鉄道の所有らしく金網が張られ立入禁止だが、多くの部分は遊歩道化され、たての緑道となっている。(右) 右岸側の壁に沿って竹林公園からの水路が流れる。この水路はこぶし沢と呼ばれているようだ*3。この部分は落合川の旧流路でもある。(07.7.21)

*3 現地の住居表示 (現存しない) による
地点、上記のすぐ下流、こぶし沢の合流。(07.7.21)
74年撮影の毘沙門橋〜西武線付近の様子。

air photo:「国土情報ウェブマッピングシステム」より引用
(c) 国土交通省 http://w3land.mlit.go.jp/WebGIS/

地点、不動橋広場の周囲には旧流路と思われる水路が残っている。(07.7.21)
地点、不動橋広場沿いから上流側。同広場では毎年川あそびが行われる。(右) 左岸側にも旧流路跡らしき帯状の空き地がある。(07.7.21)

07.7.21

89.11.19
地点、落合橋から上流側。長閑で静かで駅からも比較的近く住環境も抜群である。が……
……この辺にはこんなのも住んでる。

「どぉ、かーいーでしょ」

(03.7.21)
地点、落合橋のすぐ下流の右岸にある浅間町の湧水。水量はわずかだが、きちんと整備が行われ保護されている。(07.7.21)

07.7.21

89.11.19
地点、右岸に立野川が合流する。92年にこのすぐ上流側に新しい橋が掛かり、新落合橋と名付けられた。背後では東久留米スポーツセンターが建てられ、その地下には雨水調整池も作られ、ここ10年ほどで周囲の様子はかなり変わった。流入してくる立野川の水質が明らかに良くなったのがわかる。

※立野川はこちら
落合川、立野川、弁天川が合流する落合橋付近の過去の様子。74年撮影。西武線〜立野川合流点は既に改修が済んでいた。

air photo:「国土情報ウェブマッピングシステム」より引用
(c) 国土交通省 http://w3land.mlit.go.jp/WebGIS/

地点、立野川の合流点のすぐ下流の左岸に別の川が合流する。これは弁天川と呼ばれ、市街地の方へ向かってコンクリート蓋水路が続く。東久留米北口が整備される前は駅の北側付近まで川が残っていた。(右) そのすぐ下流の左岸には東久留米スポーツセンターの地下にある調整池への流入口がある。(07.7.21)
地点、下谷橋広場付近。この辺りは改修前はかなり複雑に曲がりくねった流路だったようだ。広場の中に河川敷を表す石票が立っている。詳しくは黒目川の項にて。(右) 下流側は野草園として整備されている。(07.7.21)

07.7.21

89.11.19
地点、黒目川の神宝大橋から上流側。左が落合川。

※黒目川はこちら

【参考】弁天川について
地点で合流している弁天川について簡単に触れておく。この川は東久留米駅の北側の厳島神社の湧水から始まり、大門団地の南側を県道に沿って流れている小河川で、県道に沿った部分は近年まで流れが残っていたが、県道が整備された時 (新落合橋の道が作られたとき) に暗渠化された。
これは地点付近 (92年頃)
地点、厳島神社の湧水と隣接する水路 (92年頃)。現在湧水は枯れ、水路も埋め立てられた。現在は、大門団地の南側のみがコンクリート蓋水路として残っている。
以上。

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