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last update 2002-04-01

BBS/BBS2

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A Man w/o TV

「テレビセットを投げ捨てて」 2002年4月1日

⇒FLASH
"VideoStar.swf"

 

1981年。MTVが初めて流したプロモーションヴィデオ、"Video Killed the Radio Star"は図らずも真実を言い当ててしまうことになる。音楽にとって最後の楽園であったラジヲは圧倒的なヴィジュアルメディアの力の前に抵抗することさえ許されず、脆くも崩壊した。

そしてぼくらが生まれ、ぼくらはテレビから流れる子守唄に揺られて育ち、まだラジヲにしがみつき昔を懐かしむ大人たちを抜き去り、時代の申し子として今ここに立っている。

あれから20年。今、ネットの混沌がテレビを飲み込もうとしている。ぼくのテレビ。ぼくを育ててくれたテレビ。あなたが敗北にまみれてうめき声をあげる様をぼくは目に焼き付け、溢れる涙を拭うこともせず先に進もう。

かつてぼくの耳元で囁いてくれたあの言葉をあなたに贈る。

"Internet Killed the Video Star"

さようなら、Video Star。

石川梨華的恋愛論
「妄想に妄想して恋をして」 2002年4月1日

⇒HP
"■A24 娘。小説置き場"

⇒HP
”梨華の時間"

モーニング娘。と言えば、いまや知らぬものはない日本のトップアイドルグループだ。とはいえ、元来アイドルというものに興味を持たないぼくにしてみればその存在価値は無に等しい。

その上彼女達が奏でる楽曲ときたら、80年代や90年代前半のグラムやディスコ、ポップの現代風アレンジ付パクリでしかない。確かに彼女達の声にその過ぎ去った時代の匂いを感じることもある。その匂いに懐かしさを覚えることもある。ただ、それらの時代のそれぞれのアーティストを肌で感じて生きてきたぼくにとってはつんくが主催する茶番劇は概ねパロディー・コメディーの対象にしか過ぎないものだ。

世間的な認知がどうであれ、「ミュージカル風吉本新喜劇」。ぼくにとってモーニング娘。とはそういう存在だ。つまりだ、山田花子に憧れるはずもなく、同様にモーニング娘。のだれかにぼくが入れ込むなんてことはあり得ない、はずだった。←ま、その、つまり、いまや過去形なのだが。

昨日もいつものようにあてもなくネットをふらふらと巡回していたわけだが、某掲示板の「感動する〜」というタイトルのスレでいくつかネット上の「感動した!」という小説やFLASH動画なんかが紹介されていた。

ぼくは片っ端からスレ上のリンクをクリックしていき、その幾つかに紹介されている内容通りの感動を順番に味わっていった。こういったココロ洗われる体験もいいものだ。そのリンクの一つにモーニング娘。のメンバーを登場人物に仕立てあげた小説があった。

読んだ。そして、泣いた。自分でも呆れるぐらいに様々なシーンで自然と涙がぼろぼろと落ちてきた。それと同時にそれまでぼくにとっては何者でもなかったモーニング娘。のメンバー達が息吹する存在として植え付けられた。

多くのメンバーが登場していたが、その中でも石川梨華の仕草、脆さ、強さその全てがぼくのココロを捕らえた。

脊髄反射に従って、いくつかのリンクされているHPを巡回し、彼女の名前を関しているものHPを訪れていく中で、石川梨華がぼくの中でぼくの理想を模倣するかのようにはっきりと形作られていく。

「ネガティブでポジティブで負けず嫌いで八方美人、そして純粋で一途で脆くて」

それぞれのHPを賑わす、今まではなんでもなかった、著作権無視の彼女の画像の一つ一つで目が止まる。いくつかのHPをブックマークして、ブラウザを閉じて、ぼくは目を閉じた。

2ch a scum of... 「そのゴミ溜めは世界で最も汚く、そして美しく」 2002年4月1日

⇒HP
"2チャンネル"

⇒FLASH
"c-song.swf"

「2ちゃんねるの人口の85%は厨房なんですよ」

居酒屋での遅い晩飯を供にしている時飛出した同僚の言葉を聞きながらぼくは苦笑せずにいられなかった。「厨房」っていう語彙を使っているあんたは残りの15%なのか?ぼくはどっちサイドにいるんだ?

「あそこはね、毒電波を吐きに行く、そして浴びに行く場所なんです」

もっともなご意見ありがとう。ぼくも同感だ。

2ちゃんねるはその強大な掲示板群が時にはパンクするほどの情報を24時間休むことなく、日本中に転送しつづけている。そして、そのインフラ上を走る情報のほとんどは役立たずの発言で、誹謗・中傷で、その匿名性を利用した悪ふざけでしかない。それが楽しいからぼくもそこで名無しさんをしている。

「あの掲示板はの存在価値はそれだけなんです」

ぼくはそろそろ2ちゃんねるについてのありきたりの話題には飽きてきたので、仕事の話を振ってその後はその話題へとみんなの議題は移行していった。

「この宇宙に存在する物質には全て、全く正反対の物質が存在する」

中学の物理の授業の時に先生が発したこの一言を、ぼくはよく、物理とは全く無関係なシーンで、想いだす。自分の気持ちの中に恐ろしいほどの残虐性と優しさが同居する事実を思う時。素晴らしいライブ・ステージの短くユメのような時間を楽しんだ後で、パフォーマー達の辛く、長く、醜かったであろう舞台裏での努力を想像する時。下劣な欲望を抑えきれない悔恨と同時にその下劣な欲望が高尚な気持ちを支えているんだと感じた時。

そして2ちゃんねるを徘徊する時。

多くのネガティブな側面を晒しながら、2ちゃんねるはそこでしか見つけることのできない感動を訪れるたびにぼくに与えてくれる。悪辣な誹謗をみてほくそえみ、「ネタにマジレスかっこ悪い」と思いながらついついマジレスを返してしまう。ぼくがその両方の側面を楽しみしているように、多くの住人達も嘔吐しながら、美しい歌を歌っているのだとぼくは思う。

そこにはすみわけなんて存在しない。85%なんていう数字は存在しない。100%の厨房と100%感動房がネットの匿名性に守られながらその両面をだれにも遠慮することなく晒している。そして、それは、物理の先生の言葉を信じるのなら、当たり前の話なんだとやっぱりぼくは思うわけだ。