ほらふきだんしゃくてきぐこーろく

アメリカはあの教訓を活かさなかったのでございますナァ……。

 

2004年12月04日

 

さて、『“ランボー”の叫び』の巻

(指定BGM: Dead Kennedy's / Hollyday in Cambodia )

 

 

今週のテレビ東京さんにおけます “昼のロードショー” にて、懐かしくもタイトルにも冠しましたる 『ランボー』 シリーズの3部作が放映になりました。TVBrosで尺(注1)を調べますと、ほぼオリジナル通りでございましたゆえ録画いたしましたのでございますが、こちらは 『ロッキー』 シリーズとならびましてシルベスター・スタローン氏を押しも押されぬアクション俳優としてスターダムにのし上げましたアタリ(注2)。されど単なる娯楽作品に留まらず、その実扱っておりますテーマは非常に重いのでございますゾ。

 

とくにシリーズが進みますにつれまして、観客も作り手もド派手なアクション活劇のほうに目を奪われがちになってしまいますが、そもそも第一作でスタローン氏扮しますジョン・ランボーが、ホーリーランドの保安官より不当な扱いを受けてしまいますのは、彼が無職だからでも浮浪者だからでもなく、ひとえにヴェトナム帰還兵であるからなのでございますワイ。

 

劇中でもその点につきましては短く語られてはおりますものの、実体験として身近な例のない日本ではピンと来ないばかりか、哀しくもともすれば簡単にスルーされております傾向が強いような気がいたしますワイ。

――それでは不肖この吾が輩めが、かの戦争をばかいつまんで述べさせていただきますと、“正義なき”戦争とまでは評しませんでも、“支持なき”戦争であったことは否めませぬかと。『国のために必死で戦って、帰ってきてみれば空港で待ちかまえていたデモ隊に“赤ん坊殺し”と罵られた』 という台詞がございましたが、当時アメリカはラヴ&ピースのヒッピー・ムーヴメントもさることながら、徴兵拒否者も続出するほど世論は国際的な反戦ムードに包まれておりました次第。さらには現地ヴェトナムの村々で起こります悲惨な光景が、現在のようなライヴ映像とまではいきませんものの、高名なる沢田教一氏(注3)をはじめとします戦場カメラマンのご尽力で雑誌やTVニュースなどで報道され、いっそう戦争の不当性、残虐性に非難が集中していたのでございますワイ。

 

それゆえに、『ヘリにも戦車にも乗れるし、100万ドルの武器だって扱える。だけどここ(本国)じゃ駐車場の見張りですら仕事をもらえないんだ!』 というあんまりな待遇が、地獄から辛くも生還してこれた彼ら帰還兵を迎えた世間の仕打ちだったのでございますワイ……さらにそれに追い打ちをかけましたのは、帰還兵の多くが容易にはぬぐいきれぬ、深い “後遺症” を心に抱えたまま一般社会に戻ってきていた、という、どうにも看過できませぬ重大な事実が一方にあったのでございますワイ。

 

 

ほぼ眼前を覆いますように鬱蒼と茂ります密林のなか、不快指数を優に振り切った猛烈な湿気にまとわりつかれての戦闘――それだけでも並大抵ではございませんのに、ヴェトナムでの戦いとは、もう地獄などと形容するだけでは足りませぬくらい異様な形態にて、彼らアメリカ兵に襲いかかってきたのでございますワイ。

 

イギリスのバンド、Smithのアルバム・タイトルとジャケットにも使用されたヴェトナムのアメリカ兵の写真というのがございまして、このまだ少年っぽさの残る兵のかぶりますヘルメットには、彼の心に決めましたスローガン……“Meet is Murder”の文字が。慣れない土地で言語も人種もちがう連中を主体に、さらには一般人にまぎれこんだゲリラが相手というのですから、任務もへったくれもなくまず身を確実に守ることがなによりであったことがよく判るかと思われます。でも、こちらから兵士の日常が戦争でも軍務でもなく、ただの殺し合い以外の何物でもなかったことも露呈しておりますナ――

 

この疑心暗鬼が、ソンミ村の虐殺やナパーム弾、枯れ葉剤などの安易な大量使用(注4)へとつながっていくのでございますが……いえなに、吾が輩なにもアメリカ軍のみを辛辣に糾弾しようというつもりはございませぬ次第。一方のヴェトコンは、さまざまな“常軌を逸した”やり口でもって、前線だけでは留まりませず、駐留拠点におきましても米兵の心胆を寒からしめていたからこそ、アメリカ側の神経をより過剰に反応させていたのも事実だからでございますワイ。

 

……これまでに歴史の本を紐解きますれば、各時代にいろんな様式の戦争がございましたことは申し上げるまでもございませぬが、およそ文字にて記すことがかないます太古の争いにおきましても、ヴェトナム戦争ほど浅ましく陰惨な“殺戮の応酬”が組織的に行われておりました例は、おそらく片方の手の指にも足りないものと愚考いたします次第にございますワイ(注5)

 

ヴェトナムの戦場にて気が抜けませんのは、密林がうまく偽装してくれます数々のブービー・トラップの存在――足許に張られた紐に引っかかって(注6)、手榴弾のピンがはずれて爆発したり木の熊手が跳ねてきたり、杭の刺さった丸太が落ちてきたり、逆さに吊られて幹に仕掛けられたトゲに串刺しになったり……もはやヴァリエーションにつきましては枚挙にいとまの無いほどでございますが、これがたとえ後方の制圧地点などでありましても、アメリカ兵を陥れんとしますあまたの魔手が、そこここに蠢いているのでございます。

 

ヴェトコンの尋常ならざる戦法としまして、子供たちをあたかも物のように使役する、というのがございます。こちらは第一作のラスト近くに、ランボー自身から言及がございましたが、『ダチが頼んだ靴磨きの台に爆弾が仕掛けてあった』 という手段から、ポピュラーなのは幼い売り子があどけない顔で差し出してきますタバコやお菓子のたぐい、さらには“地獄の黙示録”でも描写がございました、子供に爆弾を抱えて走らせるというのも、かなり多用されたとか――要しまするに、旧帝国陸軍風に申しますれば人間爆弾でございますワイ。米兵が逃げてきた子供だと勘違いし、ヘリや装甲車に保護してやろうという人情を逆手に取ったこの鬼畜の戦法……こちらにはさらにヴァリエーションがございまして、事実として本当に存在したのが赤ん坊をエサにしたブービー・トラップというのもございましたとか。泣いてる赤ちゃんを不憫に思って取り上げると仕掛けが作動することは、もはや申し上げるまでもございませぬ。

 

これら 『そうまでして勝ちたかったか、ホーチミン!』 というワナが尚のこと壮絶なのは、赤ちゃんの死に様を親に遠くから確認させ、米兵への敵愾心を掻き立てさせたていた、という人もなげなる真相――と申しますか、それ以前に指導者としての信頼や、共産党の威信がよく丸つぶれになりませんでしたナァ……などと吾が輩は愚考するのでござますが、このような悲壮な戦術が成り立ちますあたり、ヴェトナムには独特の歴史観や思想があるのでございましょうか、ハテ……まぁホーチミン氏が考案した戦術とは確証がございませぬが、記録に残るからには発案、指導した連中がおりますのも確かでございますので、ご対面でなくともかまいませぬので、せめてそのお写真だけでもお顔を拝見させていただきたい物でございますワイ。

 

こうして、何処にいても緊張の連続と死への恐怖につきまとわれました米兵が精神を蝕まれ、癒えることのない深い心の傷として残ったまま、本国まで引きずって帰った例は、じつは少なくないのでございますワイ。ランボーも留置所で羽交い締めにされ、ひげを剃られる際に拷問の記憶がフラッシュバックしておりましたが、あのような感じになにかの拍子で恐怖体験が急に頭をもたげ、躰が反応してしまうこともあったり、終始何者かにつけ狙われてるような強迫観念につきまとわれたり、突発的な暴力衝動に我を忘れたり……つまり、犯罪者因子を抱えたまま “普通の生活” に放り出された彼らは、望まない罪を犯してさらに社会と溝を深めてしまうこともしばしばだったのでございます。それゆえに保安官もランボーを見まして、『厄介事が起きるのはゴメンだ』 と思ってしまったのでございますワイ。

 

ちなみに “帰還兵=トラブル” という図式は思いのほかポピュラーかつ深刻だったらしく、TVドラマ『刑事コジャック』 などでも、事件が起こりますと、『付近に変質者かヴェトナム帰りが居着いてないか調べ上げろ!』 という台詞がよく出てきたそうでございます――また犯罪と関係なくとも、空港に迎えにきてくれて、自分に駆け寄ってきた娘さんにヴェトコンの子供の影が重なり、無意識に繰り出した手刀で首の骨を折ってしまったという、なんとも言葉になりませんお話もございますし、ついには実際に連続殺人犯になってしまった例もございます……このあたりは、以前にお名前の出ました平山夢明氏の著作、『快楽異常殺人』 にてアーサー・シャウクロスの章に詳しく出ておりますので、もし興味のございますお方はご一読のほどを……。

 

 

そのような背景は、吾が輩も第一作公開当時(第三作の時もでございますが)はまったく存じ上げませず、無分別に戦争映画として愉しんでおりましたことが恥ずかしくて仕方がありませぬ次第……。ですので、逮捕前のランボーがトラウトマン大佐に胸中のやるせなさをぶち撒けるシーンがどれほど重要なのかということを、勿体なくもこの愚考録を読んでいただきましたお客様には、心の隅にでも書き留めておいていただけましたら幸いでございますワイ。

 

――して、第一作の〆はあの哀調を帯びたテーマ・ソングがタイトル・ロールとともに流れて終わるのでございますが、なんとこちらが歌詞対訳付き! 『やるじゃん、テレ東!』 と、吾が輩ご満悦の体(てい)でもって余韻を愉しんでおりますれば……いちばん良いあのサビの直前でぶった斬ったのは何故?だったらやるなよ、テレ東!!

 

 

ともあれ、こうして第一作は一般人をも巻き込んでの大ヒットとなりましたが、わけてもやはり辛さや痛みを分かち合えるヴェトナム帰還兵からの反響が大きかったそうでございます。そんな帰還兵の切なる声の中で、『まだ帰って来ていない俺たちの仲間のことも忘れないでくれ!』 という意見がすこぶる多かったそうで、それで第二作では未帰還兵を扱うことを決心した……というエピソードが、当時の映画パンフレットに載っておりました次第。

 

第二作はアクションもスケールも、そして爆発シーンも大幅にグレード・アップ(笑)。そして敵役としてヴェトナム兵ならびにソヴィエト兵が出てくるのは、当時公開されました 『若き勇者たち』 と並びまして、吾が輩をしまして 『アメリカ強気だなぁ』 とミョ〜に興奮させてくれました次第。されどよく考えますれば、当時のアメリカ大統領はタカ派で知られましたロナルド・レーガン氏。トップが強気でありますれば、そりゃあハリウッドもイケイケでございましょうというもの……ともあれ第二作はかなりエンタテインメント性を重視した作りになっておりますことは否めませんで、それでも連れ出した捕虜が 『いま(西暦)何年だ?』 と質問をして、『85年だ』 と聞いたときの愕然とした様子が印象的でございましたナァ――。

 

さるにても、やはり第二作の見せ場はソヴィエト製攻撃ヘリ・ハボックのレプリカとの空中戦(注7)。当時もそうでございましたが、『よく作ったよナァ!』 と、現在も相変わらず感心することしきりでございますワイ。でもヘリ相手でございましたら、ミサイル撃つよりも機銃をぶち当て続けたほうが効果がありそうでございますが……まぁお約束でございますがナ。

 

そんなこんなで、とりあえず吾が輩が今回言及いたしますのは第二作まで。第三作はランボーとしての “戦う理由” の根拠が薄いような気がいたしますゆえ――確かに、ランボー自身の活躍も超人的すぎる嫌いもございますしナ。取り上げられておりますアフガン問題も、『戦わせる場所があれば何処へでも』 的なニオイがなきにしもあらずでございますし――ああ、もしかしますれば “現地の頼もしい協力者” として、ウサマ・ビンラディン氏みたいな人物が出てきた可能性もあるのかも???

 

ともあれ、アクション巨編の色合いが強くなりすぎましたせいで、かの 『プラトーン』 が世に出ました際に、『ランボーはマンガにすぎない』 などという酷評が出てきたりもするのでございますが、その実 『こんなドス黒い裏のある小社会の話、べつにヴェトナムの戦場以外でもあるじゃん』 と、吾が輩をして疑問を抱かしめましたプラトーンが大々的に絶賛されるにつれまして、先ほどの手のひら返しと併せまして 『マスコミを鵜呑みにするな』 という教訓を得ました次第。明確な問題提起とメッセージの突き付け方は、ずっとランボーのほうが巧く描けておりますのは申し上げるまでもございませぬ。オリバー・ストーン監督作品はやはり 『サルバドル』 が白眉かと。

 

それでは最後に、ランボーの原題でございます “First Blood” とはいかなる意味になるのでございましょう。スラング?それとも慣用句? “最初の血” などと、そのままな意味合いであるとも思えませぬが、ハテ……オヤ?そちらのお客様、『お赤飯に関係あるんじゃないか?』でございますか?――ってお客様、 それは(以下略)

 

 

 

 

注1:放映分数。録画しましたのは第二作まで。

注2:アメリカの有名ゲームメーカーにあらず。

注3:1936〜1970 青森県生まれ。報道写真 『安全への逃避』 であまりにも有名。

注4:兵員への打撃よりも密林の排除が使用の主目的だったそうですが……まさか意図的に染色体異常を起こし、生物的に弱体化させようとまでは
考えてなかったとは思いますが。

注5:敵対兵士間で行われる私刑(リンチ)は別

注6:基本

7:追い駆けっこという話もありますが。

 

 

 

 

 

 

おいおい、そっちじゃないぜ!

 

 

2004.12.04 (C)Mephistopheles von Münchhausen

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