ほらふきだんしゃくてきぐこーろく

陰も陽も表裏一体。

 

2005年01月14日

 

さて、『好きだけどキライなモノ』の巻

(指定BGM: 坂本龍一:音楽図鑑 / Self Portrait )

 

 

先日のコラムにて吾が輩が触れませんでした番組がひとつございまして……こちらは 『アキラ』 。申し上げますまでもなく、世界に名にし負われます大友克洋氏の創作されました漫画にして、氏が初めて監督されましたアニメ映画の作品名でもございますワイ。こちらが昨年末の深夜にTV放送されておりましたので、吾が輩とりあえず録画したのでございますが、サテこちらを拝見したモノかどうか……実は吾が輩、大友克洋氏の漫画は大好きではございますが、氏制作のアニメはどちらかと申しますと――好きではないと申しますよりは、むしろ嫌いなのでございますワイ。

 

――そもそも、吾が輩が初めて氏の絵に触れましたのは、有名な 『童夢』 でも 『さよならにっぽん』 でもなく、これなん 『気分はもう戦争』(注1) でございました次第。氏の画力のマァ素ん晴らしいことと申しましたら……なにしろ二次元なのにも関わらず、現在のCGフルポリゴン画像なんかよりもずぅっとリアルかつ質感あふれる世界が、目の前から全身を包むように迫ってきたあの感動を、吾が輩はおそらく一生涯忘れることはありますまい――あるいは四度目の転生あたりなれば、ようやく初めて忘却が叶うやもしれませぬくらい、吾が輩の記憶に深く激しく、その印象を刻み込んでくださいましたのでございますワイ。

 

もちろん 『アキラ』 も、原作を全巻初版で所持しておりますほど熱を上げておったのでございますが、連載の途上で持ち上がりましたアニメ映画化のお話。つとに海外でも評判を呼んでおりました大友氏の初監督映画ということもあり、最初のうちは吾が輩もメディアと歩調をあわせ、期待とともにワクワクとその進展を見守っておりましたのでございますワイ……

 

それが――ある日のことでございます。映画 『アキラ』 の製作過程が、どこかの局の特番で(注2)取り上げられたのでございますワイ。作業現場の風景やら原画のアップやらにまじりまして、仕上がっておりましたいくつかのシーンが流されたのでございますが……それは、キヨコの予言に戦慄する大佐のカットなのでございますが、なんだか漫画より絵が平坦なのに加えまして、さらに画質がアメリカ版トランス・フォーマーみたい(注3)で、もう激烈に愚眼もションボリにございました次第。

 

なによりも、色遣いがとてつもなく。喩えますなら、大人の手ひと握りのジェリー・ビーンズを口腔に詰め込まれるような感覚、とでも申しましょうか。そのあまりの毒々しさに吐き気を覚えてしまうのでございますワイ――それをキッカケに、吾が輩はついに 『アキラ』 を観ることはなく、以後の大友作品もBSなどで放映されない限りは、自分の足で追うことはなくなりました次第。さらに悲しいことは、氏が 『表現力の限界と可能性の違い』 から、漫画の制作を一切止めて、創作手段をアニメ一本に絞られましたこと。されど、吾が輩の中での “大友アニメ” は至って普通のアニメ。氏はやはり “限りなく宇宙にも似た二次元” を駆使してこそのクリエイターではないかと愚考いたします次第。ここでもし氏の最新作と、劇場公開版 『エアマスター』 の封切りがございますれば、吾が輩迷わず 『エアマスター』 に足を運びましょうナァ……。

 

 

 

――して、その録画いたしましたる 『アキラ』 でございますが、先程せっかくでございますゆえ拝見させていただいたのでございますワイ。ストーリーが映画用に再構築されている点(注4)は好感触でございますが、こちらはキャラクター・デザインを水野トビオ氏(注5)に依頼されたのでございますカナ……? そちらはともかくも、いくら初監督作品とは申しましても、演出といいアングルの取り方といい、場面転換といい、どこもかしこも素人臭いのは、もう少々どうにかなりませんでしたものか――これよりずいぶん前のガイナックス作品 『オネアミスの翼』 は、こちらよりも格段にクオリティが高かったように記憶しておりますワイ。

 

まぁ全体的な感想としましては……ミヤコ様無惨。こちらに尽きますでしょうか。

 

 

とかなんとか、こんな文章を書いておりましたら、いまひとつ似たようなシロモノを思い出してしまいましたワイ。

 

その昔、それこそ吾が輩が大友漫画に熱を上げておりました時分に好んで聴いておりました音楽と申さば、これなんテクノ・ポップでございますワイ。テクノと申さば、日本代表の Yellow Magic Orchestra の名を忘れてはいけませぬが、ヒカシューはたまに思い出していただきますればよろしいかと。その関連で、“坂本龍一のサウンドストリート” なども拝聴しておりましたのでございますが、これがまた諸刃の剣だったのでございますワイ。

 

そのうちの数回分を録音しましたテープがいくつかあるのでございますが、吾が輩たしかに坂本氏の作曲センスにはシビレておりましたものの、氏のトーク・センスにはチト引っかかるモノがあるのでございますワイ。まだスタジオに一人でいらっしゃる時はよろしいのでございますが、YMOメンバーのお二方や、文化人系のゲストが混じったりしますとモウ大変とんねるず(注6)でございます次第。

 

――なんと申しますか、『どう? ボクたちっておしゃべりもファッショナブルでショ?』 臭がふんぷんとして、どうにも鼻持ちならないのでございますワイ。細野晴臣氏はあの通り低い声で、淡々とお話をされますので、さほどのイヤミったらしさ加減は感じられませんのでございますが、高橋幸宏氏と坂本氏の取り合わせはるな危険指定でございます。片やかすれ気味のカン高い声と、片やモソモソとくぐもりがちの不鮮明な発音との不協和音が耳障りである、という見方もあるやもしれませぬが、あるいは時代の最先端を疾走してきた “魁”の男たちだからこそ、『かくあるべき』 という強迫観念から毛色の違った話術をもてあそばねばならなかったのでございましょうか……マァその真意はどうあれ、リスナーを不快にするのはいかがなものかと。似たような回が、村上龍氏をお迎えしました時にもございましたナァ――。

 

ともあれ、吾が輩をしまして、『その才能にはあこがれますが、その人柄は敬遠せざるを得ませぬワイ』 と思わしめました坂本龍一氏とその周囲の方々。時代は移ろい行くものでございまして、いつしか吾が輩が 『くだらないレトリックよりは軽妙かつ毒のあるウィット』 と、石野卓球氏やピエール瀧氏のお二方や伊集院光氏に強く引きつけられましたのは、持ち前の “喜劇至上主義” ばかりではなく、上記のような深層心理におけます反動的因子がございますとしましても、あながち間違いではございませぬかと……(笑)。

 

 

 

 

 

 

注1:原作者でございます矢作俊彦氏の “あ・じゃぱん” は、いつになったら文庫になるのでございましょう……。ブックオフで探してみますか。

注2:毎度のうる憶えで恐縮でございますが、おそらくは “海外の注目を浴びる日本文化” みたいな内容ではございませんでしたかと

注3:80年代の下絵が透けちゃうヤツ。

注4:そんな情報まで知り得ませぬくらいまで拒否し続けておりました次第。

注5:“Working Class” や “パッパカパー” が有名? ヤンマガつながり。

注6:かつてニッポン放送で流れておりました5分ほどの帯番組。

 

 

 

 

 

 

おいおい、そっちじゃないぜ!

 

 

2005.01.14 (C)Mephistopheles von Münchhausen

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