ほらふきだんしゃくてきぐこーろく

こういう天下の獲り方もアリ。

 

2006年09月01

 

さて、『 羨ましい男(ヤツ) の巻

(指定BGM: グループ魂 / チャーのフェンダー )

 

 

もう10年以上になりますが、TBSが放ちまして一世を風靡いたしましたドラマ、『ずっとあなたが好きだった』。こちらのウリは野際陽子女史の排気タービン付きとおぼしき過保護っぷりと、その母親の溺愛を一身に受け、世界中のトップ・ブリーダーも推賞の超A級マザー・コンプレックス男へと成人されました、ご存知褌頭巾 もとい 『冬彦さん』 以外にはございますまい。

 

 

彼を演じられますは見た目からして 『いかにも』 な感じの佐野史郎氏。ちなみに主役賀来千香子女史で、役名は……ハテ? オホン。ともあれ、こちら 『冬彦さん』 なる超絶キッチュ役で一躍ご尊名を全国区に轟かされました佐野氏。吾が輩の実家でもかつての 『君の名は』(注1)クラスの高視聴率を博しておりました様子でございますが、吾が輩は斯様なキワモノ・ドラマにはトンと興味をおぼえませず、偶然氏を拝見いたしましたのは総集編かあるいは番宣特番かなにかのダイジェスト。それもセカンド もとい一番インパクトがございましょう、イヤな事を思い出されまして、

『むぅううう〜』

と、むくれ顔を歪められますシーン。 もちろんこのワン・シーンのみにて “俳優・佐野史郎” の御名は吾が輩の妖怪RAM もとい “男爵人名録” に篆書にて墨痕あざやかに(注2)書き加えらたのでございますが、続いて映されました木馬に跨がりますシーンなどの 『マザコン青年奇行博覧会』 をつらつら拝見いたしますにつれ、

 

『この役への入り込み様……外見を含めましてまさしく “ハマり役” ではございますが、今後の役どころが狭められなければよろしいのでございますが……』

 

と、氏の演技力に感じ入りますとともに、今後のオファーや下々 もとい世間一般になべて 『冬彦さんありき』 のイメージが定着してしまいますのでは――と、一抹の危惧を抱きました次第。

 

先の愚考録 『ぱにぽるカモ〜 B』 にて述べましたように、俳優さんが十八番(おはこ)の役を得るのではなしに、映画 『サイコ』 におけますアンソニー・パーキンス氏が、かの作品にご出演以降終生ノーマン・ベイツの幻影(怨霊?)に祟られました轍を踏まれますのはあまりに残念。他にも鮮烈なデビューを飾り過ぎましたために、敢えなくも次回作から失速し、芸能界という大気圏に間違った角度のまま突入し、星くずと燃え尽きられました方々は多々いらっしゃいますからナァ……。

 


 

そんなこんなで余計な心配も忘れました頃、氏がシレっとしましたお顔(注3)にて、至ってフツーのドラマにフツーの役柄にて出演されておりますのを発見。以降、情報バラエティー番組などにもコメンテーターとして呼ばれましたりと結構露出が増えておりますご様子にて、他人事ながらも 『ようございましたナァ』 と吾が輩も感慨ひとしお。

 

 

さらにはNHKのウルトラセブン制作秘話のドラマや、氏の企画にて H.P.ラヴクラフト氏が作品 『インスマウスの影』 を本邦内に舞台設定を翻案、そして映画化されましたというお話、さらには同様に氏が敬愛されますつげ義春氏のいくつかの作品を一つにまとめられました映画 『ゲンセンカン主人』 を拝見いたします機会に浴しましたり、極め付けにはテレビ朝日の『驚き桃の木20世紀』水木しげる御大の回にて、なんと御大直筆の鬼太郎Tシャツを着用して現れたりと、紛うかたなき“精神的ガロ世代” の吾が輩としましては350の高シンクロ率を感じますと同時に、『ようございますナァ』 と羨望いたしますことしきり。

 

当時でもあれだけの知名度と芸能的実績を上げられましたら、それは水木御大にも直(じか)にお会いできましょうし、記念にとシャツに絵も描いてもらえましょう。その後NHKのETV特集にて、二回に渡りまして 『ガロの辿った30年』 の案内役を務められましたのも、けだし至当な人選と申しましても過言ではございますまい。

 

 

 

お仕事の幅はさらに趣味の方面にて目覚ましく拡大の一途をたどられ、ゴジラ映画からの出演オファーや平成 『ウルトラQ』 のナレーションを担当されますれば、さあれば特撮系のバラエティー特番に呼ばれませんはずがございませぬ。加えまするにご内儀や仕事仲間の面々とバンド活動もなされていらっしゃいますからか、軽音楽番組に出演されたりもいたしますので、お仕事の守備範囲としましてはちょっとした文化人よりも広め(注4)

 

マァ男子一世の野望たりますれば、位人臣を極めて身辺に世界中から選りすぐりの美女を侍らせ、美酒美食に日夜舌鼓をうつのもよろしゅうございますが、佐野氏のように好きな分野の仕事が向こうから舞い込んでくる生活というのもまた冥利に尽きるというもの。そちらもこちらも、氏が団塊の世代から一拍置きました、『もはや戦後ではない』 でおなじみの高度経済成長時代の幕開けののちに産声をあげられましたことも深く関わりがございましょう――これゆえに氏はある意味、“時代に愛された男” とも申せますかもナ。

 

 

そんな佐野氏の 『羨ましい男(ヤツ) 指数を最も上げております根源とはこれなん、公私ともにこれだけ広く深く趣味の世界に没頭されておりましょうとも、世間さまの認知度もよろしきを得られておりますこちらの事実。要しまするに目線の位置で申しますれば、心持ち見上げます感じ。間違っても見下す位置におられませぬところがミソ

 

佐野氏はあの 『冬彦さん』 から出発されましたにも拘わらず、一方の主役を張られました賀来千香子女史(注5)は昨今の芸能活動からすっかり話題が絶えられて久しいと申しますのに、みごと 『冬彦さん』 臭を完全に克服されましたばかりではなしに、『俳優・佐野史郎』 のお顔とともに 『趣味人・志ろう』(注6) たるもう一つのお顔を確立されたのでございますワイ!!

 

こちらは往年の山城新伍氏(注7)でございますれば、『あっ、いま男爵ちゃんいいこと言った』 と拾い上げ、話を広げてくださいますこと疑いなしの論点であると愚考いたす次第にございますが、なにゆえに氏はこれほどまでにメディアの扱いがよろしいのか……嫌な引き合いかも知れませぬが、“オタキング” こと岡田斗司夫氏(注8)が、いかほど民放のゴールデン・タイム枠にお呼びがかかりますかを推量いたしますれば、その歴然たる差異が掴めますのではございますまいか。

 

やはりこちらは、これまでに培われました氏の世間的な知名度に加えまして、役者ならではの 『多面性』 ありきという存在、さらにはテレヴィジョン的な(一般層にも判るレヴェルの)コメント能力が程よく合致いたしましたからこそ、氏は芸能界におけます斯様に独特のポジションを勝ち得られたのではございましょう。

 

マァ確かに佐野氏は秋葉原っぽさはなく、どちらかと申さばふんだんに中央線沿線在住のフンイキを醸しておられますがナ(笑)。いま少し申し上げさせていただきますれば、氏は “オタク臭” ではなしに、“サブカル漬け” といった趣があるというのは、吾が輩のヒイキ目に過ぎますでございましょうか……。世代的には、両方の間でややビミョーにずれがあるのやもしれませぬナ。

 

そんなこんなで、すっかり佐野氏に感服いたしました吾が輩は、『アニキ……いえその、正常な意味合いでの兄貴と呼ばせていただきますワイ!』 と、ケッコウ私淑しております次第――可能でございますれば、吾が輩も氏にあやかり 『サブカルの第一人者』 などと認知されたいものでございますワイ……まぁルックス的には話の限りではございませぬが……。

 

 

 

 

 

 

注1:昭和二十七年四月二十四日から始まったNHKラジオの連続ドラマ。毎週水曜の夜八時半から九時までは町の銭湯から女性が消えるという現象まで起きた。

注2:アナログ保存?それも毛筆? Σ(゜д゜;)

注3:もちろん良い意味で(笑)。

注4:ビートルズからセックス・ピストルズまでと申しますのは、世代的というよりスタンスとしてやや無節操??

注5:ネットで検索いたしましたら、かのドラマは東京と仙台をむすんで構成されておったのでございますナ!

注6:ありがちな当て字雅号(独断即製)。

注7:氏のトーク番組の仕切りは面白くて好きでございましたナァ。

注8:が立たれますのでスポークスマンには適しておりますが、話の落とし方がいかにも “オタクっぽい” のは致し方ございませぬか……

 

 

 

 

 

おいおい、そっちじゃないぜ!

 

 

2006.09.01 (C) Mephistopheles von Münchhausen

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