ほらふきだんしゃくてきぐこーろく

パチモン・ゲームゆえに “パチ・ゲー”

 

2006年12月15日

 

さて、『 パチ・ゲー 』 の巻

(指定BGM: ウルトラヴォックス(第二期) / スリープウォーク

 

 

昨今はやれWii だ、殺れやれ PS3 だのと、次世代ゲーム機登場の話題がホットホット!のご様子でございますが、昔むかしのその昔なれば、ゲーム機そのものもメーカーの数だけございましたと申し上げましても過言ではございませんでしたもの。とは申しましてもハードウェアに対しまして複数のメーカーよりソフトウェアが開発されますほど時代は熟してはおりませず、永遠に馬鹿のひとつ覚え もとい単一の遊戯しかできませぬポータブルなゲームが、現在のソフトウェアと同じくらいのお値段で販売されておりましたもの。

 

……とは申しましても、吾が輩べつに“ゲーム機事はじめ” をぶつつもりはございませんのでこの辺りはサラリと流しますが、まず低年齢層に爆発的に浸透いたしましたのが、かの任天堂さんの“ゲームウォッチ”シリーズでございましょう。 少々前に細い電光管を使用しました 『FLゲーム』 というのもそれなりの広まりを見せましたが、電源が乾電池(注1)なうえに匡体もやや大きめでしたので、屋外への持ち出しが難しかったこと、加えましてお値段がやや高めでした点が挙げられましょう。

 

そのゲームウォッチ。単調なビープ音をBGMがわりに、カラー表示など逆立ちしてもできませぬ液晶画面に炭団小僧よろしき定型キャラクターがギクシャク動いておりました、なんとも牧歌的な玩具。こちらの大ヒットを受け、二匹めのドジョウを狙うべく各社こぞって独自の路線を打ち出して参りましたが、競争がはじまりますとゲーム機に導入されます技術革新の度合いもめざましく、本家の任天堂がワイドスクリーンマルチスクリーンを世に出しますれば、バンダイ社はソーラー電池二重液晶画面など、少年の好奇心をくすぐります先端技術を駆使されておりましたのが評価されますべき点でございましょう(注2)

 

他にもエポック社さんなども健闘されておりましたようですが、いかんせん垢抜けません クロウト好みな内容でしたためか、吾が輩の身辺でも少数派でございましたように記憶しておりますナ。それこそ一時期は大小さまざまのメーカーさんがこぞって膨大な数の液晶ゲーム機を販売されておりましたので、形や画面は憶えておりましても、遊戯内容や商品名まではさすがに記憶しておりませなんだ。

 

 

 

そんな中でも特筆すべきは、やはり学研さんの参入にございましょう。当社はFLゲーム機の頃から名乗りを上げられまして、吾が輩も 『パックマン』『平安京エイリアン』 は所持しておりました次第。液晶のほうは 『トロイの木馬』 という、城門と木馬の上から進入してきます味方と敵兵を、跳ね橋と守備兵の槍で救出したり撃退いたしますゲーム。もうひとつ 『ファイヤーレスキュー』(注3)というお品もございましたが、マァこちらはいまお客様がたが名前からご想像いただいておりますそのまんまな内容ですので、くだくだしい説明は割愛させていただきますが……ハテ、そちらのお客様、『せめてヒントくらい教えてつかぁさい』 でございますか。されば致し方ございませぬナ……ではヒントをば。

 

炎上する高層ビルと双回転翼のヘリ』

 

 

――して、この時期の学研さんと申さばゲーム機ばかりではございませんで、アニメーション制作に一枚噛んでキャラクター商品の販売(注4)に手を染めてみたり、女子向けティーン誌に学習研究社なるご社名を疑わざるを得ません品性下劣な記事を氾濫させ、他の数社と一緒に国会で取り上げられてみたりと、しばらく後にとあるビジネス雑誌にて 『なぜ学研は “ベネッセ” になれなかったか』 なる特集が組まれてしまいますのも頷けます迷走ぶりを拝見いたしまして、吾が輩も正直当社の到達点を子供ながらに危ぶんでおりましたもの。

 

そんな学研さんも、末期 後半はかなり凝った作りのFLゲーム機を作成されまして、『フリッター』『クラッシュローラー』 はたしか電光管が二重ではございませんでしたでしょうか。もちろん、なんでも単純に量が倍になればよろしいという話ではございませんが、『クラッシュ〜』 のほうはエンドーチェーン(注5)の店頭にて箱の絵と説明を拝見しました限りでは、アーケード・ゲーム版の再現性が非常に高うございました記憶がございます次第。

 

 


 

 

されど時代は、すでにして8ビットコンシューマ機最高の性能と価格で登場しました、かの“ファミリーコンピューター”を迎え、吾が輩個人としましてはシャープ社パーソナル・コンピューターの“X1(タイプC)を入手。 こうして巨大なエポックに直撃されたゲーム界は、否が応にも世代の交代を余儀なくされましたことは、吾が輩がことさらに申し上げますまでもございませぬが、それでも世の流れというのはものはそう簡単に右倣えいたしますわけではございませず、液晶ゲームは以後も 『バスに乗り遅れるな』 ……と申しますよりは、乗り遅れたバスに軽トラで追い縋るかのような慌てぶりにて、なんと新規メーカーなども交えましてけっこうな数の新作が発表、発売されていったのでございます。

 

 

吾が輩は先に申し上げました環境もございますが、どちらかと申しますれば散財はソフトウェア購入よりもゲーム・コーナーにてのほうが多大でございましたもの。 ゆえに液晶ゲーム機の終焉はつまびらかには存じませぬが、当時からマニア もとい “マイノリティ・レポーター” にございました吾が輩はデパートなどに赴きました際は気まぐれにおもちゃ売り場に足を向け、前世代ゲーム機のに物狂い足掻き いえサヴァイヴァルぶり……いわゆる 『シグルイ』 の様を当時より観察いたしておりましたのでございます。

 

 

そんな中でもっとも ご祝儀万引き 購入いたしましょうかナ』 と、吾が輩のココロのボス 琴線に触れましたのがこれなん、カラー液晶製の 『Mr.Do!』 にございますワイ。残念なことにメーカー未詳なので、やはりパッケージのイメージ絵が頼りとなってしまいますが、一度だけいずこかのお店にてデモンストレーション・プレイの機会に浴しました記憶がございまして、さすがにゲーム内容はコンパクトにまとめられておりましたが、テーマ・ミュージックとボールの動きの再現性が非常に高かったという印象が残っております。

 

また、カラー液晶と申しましても現在のニンテンドーDSのように高精彩高画質なはずがございませんで、要しまするにキャラに細かい配色が為されましたレヴェルで、動作は相変わらずの定型定位置なのは致し方ございません。カラー化は確か任天堂さんのゲームウォッチ 『ドンキーコングJr』(注6)あたりからではないかと記憶しておりますが、『Mr.Do!』 はいま少し動きがスピーディかつ複雑になっておりましたのが好感触にございました次第。

 

あとでヤフオクか何かで検索してみますが、値段も3,980円のサンキュッパでございましたはず(注7)ですのでお手頃感もございましたナァ

 

 

――して、そんなこんなで当時吾が輩が最も入れ込んでおりましたのは、実は “アーケード・ゲーム” だったのでございますが、ここまで引っ張っておきながら、肝心の “パチ・ゲー” につきましては恒例の次回に持ち越しにございますワイ……と申しますところでご期待あれ!

 

 

 

 

注1:別売りでACアダプターがあり

注2:バンダイ社をはじめ、後発組はお値段を2,980円あたりと抑えめにしておりましたのも特徴。

注3:うろ覚え。

注4:『装甲創世記モスピーダ』 のプラモデルを作られてましたような……。

注5:仙台を中心に宮城県を席巻した、当時もっとも “エッジ” でございましたショッピング・センター網。とくにイヴェントの企画力が抜群でございましたワイ。

注6:やっぱりうろ覚え。

注7:もちろんうろ覚え。

 

 

 

 

おいおい、そっちじゃないぜ!

 

 

2006.12.15 (C)Mephistopheles von Münchhausen

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