ほらふきだんしゃくてきぐこーろく

世が世なら、あるいは今ごろ総理大臣でしたカモ?

 

2007年12月23日

 

さ て、『 やぶれかぶれ 』 の巻

(指定BGM: 野坂昭如 / サントリー・ゴールド900 〜ソ、ソ、ソクラテス〜 )

 

 

本宮ひろ志氏と申さば、言わずもがな現代マンガ界におけます重鎮クラスにして、同時に有数のヒット・メーカーとしても知られております事は、この昨今にて吾が輩がことさらに申し上げますまでもございますまい。


されどそんな本宮氏もご他聞に漏れず、今後の漫画家生活を……引いては氏の人生そのもの変えかねません大いなる分岐点を経てこその今がございます事は、やはり蓋世の雄たります大人物の宿命というものでございましょうか。


そのご様子を、1980年代の前半にご自身みずからの筆によります作品 『やぶれかぶれ』 として、当時の日常とほぼ同時進行形式にてジャンプ誌面にご披露なされておられたのでございます。


こちら 『やぶれかぶれ』 が、現在も拝読できます形で刊行されておりますのかどうか、吾が輩申し訳なくもつまびらかには存じ上げませぬが、その作品スタイルばかりではございませず、本作品の骨子として 氏が切り出します国会議員立候補のお話や、さらに当選後は国会内の様子を漫画で中継していこうという構想をぶち上げますなど、その作品タイトルと相反しまして氏の旺盛なチャレンジ精神が伺え ます
内容となっておりました次第。


――とは申します吾が輩も、当時はまだチョロ毛すら生えておりませぬおませなボクちゃんに過ぎませず、そんな吾が輩をしまして、『とどのつまりはさすがのヴェテランも“ネタ切れ”か』 と、かなり冷ややかな視線を送っておりましたのが正直なところにございましたワイ。





そも、吾が輩の記憶が確かでございますれば、こちらの漫画の第一話は氏のゴルフ三昧の日々から始まりましたはず。ご本人は 『プロゴルファーになるのも悪くない』 など とおっしゃいますし、弟子たちや編集部の面々も 『このまま引退か?』 と気を揉みます。そんなマイペースな日常が続きますなか、数話後のゴルフ帰り (行 き?) の車中で氏の本音が吐露されます。


――日がなゴルフに興じられます氏の胸中とはこれなん、要はキレイでオシャレになったジャンプ誌面に、氏はおのれの馬風 もとい画風作風ともども漫画家活動の限界を感じずにはおられませんでしたのでございます。


何しろ80年代文化を総括いたしますに最も的確とな言葉と申せましょう “ポップでキュート” の急先鋒といえます江口寿史氏
(注1)や、現在もくだんの “見つめ合い”のシーンは 伝説として残っておりますちば拓氏の 『キックオフ』 などが当時のジャンプ誌におけます花形でございますから、一番弟子の宮下あきら氏がおっしゃいますと ころの 『極道が日本刀引っ提げて殴り込みに行く漫画』 では、たしかに時代の趨勢から取り残されております観は否めますまい。


ちなみに当時のジャンプにてもっとも人気を博しておられましたのが、かの鳥山明氏
(注2)の出世作 『Dr.スランプ』。鳥山氏は大友克洋氏と並びまして、80年代におけますマンガ文化 の激烈なる変革期の立役者となられましたお方。青年誌の大友氏が描写力と感覚的表現におきまして同業者へ与えられました影響は尋常ならざるものがございま したが、鳥山氏のそれはシャレになりませんほど深刻でございましたご様子。


その理由とはこれなん、いわゆる画力、構成力ともどもに乏しい“ジャリ向け漫画家”連中が、氏の登場以降は軒並み失業を強いられたのだそうでございますワイ。かつて “トイザ
” がその地域に開業されますれば、『半径1粁のおもちゃ屋が全滅する』 と、まるで戦術核兵器よろしき言われようでございましたから、さしずめ鳥山氏は本邦少年誌におけます“ギガ トン爆弾”と申しましても過言ではございませんようでございますナ。



しからば漫画雑誌を“駄菓子屋のおばあちゃん”に、漫画家諸氏を“駄菓子問屋”に喩えますれば、それまでは10円の麩菓子
(注3)で満足していた子供たちの嗜好が、鳥山製菓の出現以来飛躍的に口が奢るようになり、

『せめてビッグワン・ガムくらい持って来ないとウチも置かないよ!』

と、業務改善ができませんうちはおばあちゃんから出入り禁止を食らいましたような感じでございましょうか。
確かに昔の幼年向け雑誌には、画風もネタも“子供騙し”にも程がございます、子供ゴコロにもうんざりな漫画が多々見受けられましたからナァ……。


他にも 『うる星やつら』 の高橋留美子女史や 『さすがの猿飛』 の細野不二彦氏など、他誌におきましても今日も現役バリバリで活躍されております実力派作家さんが新進気鋭の旗手として続々と台頭さ れ、そのためパッと見で旧態然とならざるを得ません石ノ森正太郎氏さいとうたかを氏、そして本宮氏らやヴェテラン勢らに対する 『いいかげん古臭い』 『も う引退すべき』 などという冷ややかな評が、マニア連中のあいだもも から上がることもしばしばとなりましたのも確か。


――まァそちらはサテおきまして、お話を本来の本宮氏の葛藤に戻しましすれば、いかにジャンプ誌勃興期の発行部数伸長に貢献されました氏とて、当時の誌面の彩りを考えますればおのずと居心地も悪くなりましょうというもの。


そんな中でも一番弟子の宮下氏は、『激!極虎一家』 か何か
(注4)で独り 『男臭き』 気炎を吐かれていたように記憶しておりますが、おそらく宮本氏はジャンプ誌面の色合い ばかりではなしに、扱いたい“テーマ”そのものとしても “脱・少年マンガ” たる意欲が湧かれたようにもお見受けいたしますワイ。


『やぶれかぶれ』 というタイトルを額面どおり受け止めますれば、当時の吾が輩も同様でしたようにやはりマンガ家業に行き詰まりましたが故のやけっぱちと合 点しがちでございますが、もし国会議員に当選しておりますれば、もっとも厚いヴェールの向こうの風景でございます議員生活を可能な限り活写できましたやもしれ ませぬし、試みとしましてもまず文字通りの “世界初” となりましたことでございましょう。


吾が輩が記憶しておりますのは、故・田中角栄元総理大臣菅直人氏など各党の代表者
を訪ねられ、“国会議員の何たるか” を拝聴されましたり、実際に立候補され街角に公示ポスターが貼られたりというあたりまででございまして、選挙結果ならびに作品がいかなる結末を迎えられましたかまでは、吾が輩まことに申し訳なくも拝読しておりませなんだ。


作品の連載自体は、おそらくくだんの10週コースで打ち切りと相成られたと想像できますが、それでも各方面の雑誌に取り上げられたり、とくに
故・田中角栄元総理大臣の会見は新聞にも紙面を割かれて記事が組まれますほど話題を呼んだのでございますゾ……そのあたりを鑑みますれば、たとえ議員バッヂは胸に飾れませんでも、氏はおのれの作品の波及力、引いては今後の創作活動におけます可能性を探るのに足ります成果を得られましたのやもしれませぬナ。





吾が輩のローティーン・メモリーより、いま改めましてあの頃の氏の作品群を超うろ憶えに掘っくり返してみますれば、やはり某(なにがし)かの氏の “あがき” と申しますか“試行錯誤”がございましたような気がいたしますワイ――ただ、そちらがジャンプの誌面ならびに購買年齢層あたりでは 『暖簾に腕押し』 でした観が否めませんでしたナァ。


おおよそ氏の転換期の作品としましては、『俺の空』 が挙げられるようでございますが、吾が輩は 『本宮氏の作品でエロスはどうも……』 と敬遠いたしまして、あちらの作品は一編たりとも拝読しておりませんのであしからずでございますワイ。


吾が輩的には、氏が現在に至りますグローバルな作風を確立できましたのは、かの講談社は 『モーニング』 誌に発表されました作品群が起爆剤となりましたように愚考いたします次第にございますワイ。


特に 『雲にのる』 は吾が輩が初めてコンプいたしました本宮作品にございまして、単行本が発売されますそばから買い求めましたほど惚れ込みましたものでございます。



また、本邦でも人気の高うございます三國志をダイナミックな構想と “俺節アレンジ” にて展開されました、『天地を喰らう』 は、おそらくは少年ジャンプではなくヤ ングジャンプ誌上でしたらより反響も大きかったのではないかと愚考いたしますところではございますが、ただ本邦の最大与党でございましょう、故・横山光 輝御大の漫画から吉川英次氏の小説へと進まれました、吾が輩の義弟とご同輩とおぼしき方々からはすこぶる付きの不評でございましたナァ。


義弟の言を借りますれば、『金髪の呂布ってなんだよ!』、『
貂蝉がその妹ってどういう事だよ!』 というお話(注5)なのでございますが、吾が輩は呑邪 鬼のくだりや、劉備義兄弟の『桃園の誓い』 ならざる 『陵墓荒らし中の誓い』 などのオリジナル・エピソードはケッコウ好きでございましたワイ。されど要しまするに、その飛躍ぶりが彼ら“演義”派にとりまして は、吾が輩におけます 『夢戦士ウイングマン』 と同様、ということでございましょうか――。


マァこちらの作品も、いくぶん連載は続きましたもののとどのつまりと致しましては、ジャンプ誌の定番致死処方にございます、『第一部完』 にて打ち切りと相成りましたが、現在なればビジネスジャンプあたりで連載再開されればいい感じに人気を博しそうな気も致しますが、ハテ……。


他方、本宮版 “項羽と劉邦” にございます 『赤龍王』 は、ひろ志節と氏のアレンジの妙を堪能させていただきましたものでございます。かの作品は遠からず司馬 遼太郎氏の 『項羽と劉邦』 をばベースとされていらっしゃいますようにお見受け致しました次第。こちらは全六巻にて無事完結の運びとなっております。


他にも時が下りましては 『大と大』 にて国際経済について考えます機会をいただきましたし、“本宮戦国仮想戦記” にございます 『夢幻のごとく』 ではまさしく氏の豪快さが全開!信長連合軍によります大陸制覇の可能性うんぬんを斟酌いたしますのは無粋の極み。氏も 『思い切り楽しく描けた』 とおっしゃられますかの作品は、漫画の漫画たります縦横闊達さを満喫されますのがオトナの嗜みにございましょう――かくして吾が輩は、『本宮氏の作品がなべてスケールが大きいのは、畢竟氏の器そのものが大きいのでございますナ』 と、いたく得心したものでございますワイ。





本宮漫画の醍醐味と申さば、いい意味での “生命の根源的な血のたぎりとドロ臭さ”、“どデカい男の生き様” を縦横に活写されますトコロにございますことも、やはり吾が輩がことさらに申し上げますまでもございますまい。


ですので現在の青年誌掲載の諸作品はほぼハズレなしと断言出来ましょう。そも、元本宮プロに所属し氏に師事されておりました江川漫画研究所所長・江川達也 氏が師匠の “凄いトコロ” を評して曰く、『どんな題材がいま売れる (求められている) かを察知する嗅覚がとにかく鋭い』 というお話にございますから、マー ケッティング能力にも長けておられるのでございましょう。


そんな本宮活劇でございますが、ドラマやゲームにはなっておりましても、
アニメ化は意外と初期代表作 『男一匹ガキ大将』 以外は為されておりませんご様子。先術の江川氏の言をまたぞろ借りますれば、“口の開かせ方が難しい” 叫びの表情の再現が、動画化への道を阻んでいるのでございましょうか……。

 

 

注1:先日 『すすめ!パイレーツ』 後半と 『ストップ!ひばりくん』 を読み返しまして、つくづく 『残念な漫画家さんでしたナァ』 と思いました次第。

注2:氏も短編集 『○作劇場』の時点(たぶんDB初期あたり)で、『子供も生まれて、もう毎週マンガを書いて暮らす生活には耐えられない』 と書かれておられましたナァ。

注3:ときたま食べたくなりますナ。でも嵩が大きいので持ち帰りが不便。

注4:うろ覚え。

注5:『公孫瓚と呂布の見分けがつかない故・横山三国志ってどうよ?』 というギモンっは言わないルール。(類例多数)


 

 

おいお い、そっちじゃないぜ!

 

 

2007.12.23 (C)Mephistopheles von Münchhausen

GeoCities Japan