ほらふきだんしゃくてきぐこーろく

ドンパチやるよりブンチャカやろうぜ!(邦画:上海バンスキングより)

 

2009年10月31日

 

『 エンタテインメント魂 』

(指定BGM: Dead Kennedys / Viva!Las vegas

 

 

さて、吾が輩が英国のオリジナル・パンクから、クラスをはじめとしますパンクの二次世代 ―― いわゆる “ハードコア・パンク” へと移行いたしました頃、中小インディペンデント・レーベルから陸続とリリースされておりましたややマイナーめなバンドのアルバムを入手することなどは殆ど手立てがございませんでした次第。


もちろんアマゾン社のような巨大ネット・モールなどは存在いたしませず、タワーレコードがようやく国内にネット網を広げ始めたばかり時代のお話でございますワイ。そんな中でも “アナグラム・レコード” や “Lost and Found レーベル” などが有名無名さまざまのバンドの再リリースを精力的に始めますには間がございまして、その刺激的な音源とメッセージに渇しておりました吾が輩の心を満たしていただきましたのが、アメリカは西海岸で独自に活動を始められておりましたデッド・ケネディーズブラック・フラッグとその周辺バンドの面々なのでございます。


そも、アメリカのパンクと申さばデッド・ボーイズ
(注1)がその草分けとして筆頭に挙げられましょうが、吾が輩はいまひとつ垢抜けませぬ連中の楽曲のセンスと、一連の英国オリジナル・パンクスの模倣の域を抜けませぬ雰囲気が肌に合いませず、以降アメリカン・パンクスへのマイナス・イメージとして根付いてしまったのでございます。


と ころがちょうどそんな折り、米国に留学中の義妹より 『帰国するときに何かおみやげは要らない?』 という連絡が入り、いちおう情報として耳にしておりました上記2バンドのアルバムを買ってきてもらったのでございますワイ …… いま考えますと、女子高生に買わせますに適しましたアルバムではなかったように思われますが、レコード屋の店員さんも少なからず目を見張られたことにござ いましょう(笑)。


デッド・ケネディーズは1stアルバム 『Fresh Fruit for Rotting Vegetables』 を、ブラック・フラッグは1stを頼みましたものの在庫がございませんでしたので、義妹の独断チョイスにて 『My War』 をそれぞれ頂戴いたしました次第 ―― して、レコードに針を落としてみますれば、そこから飛び出て参りました上質の “早引きパンク・サウンド” に吾が輩は仰天いたしますとともに心震わせずにはおられませず、『アメリカン・パンクも端倪すべからず!』 と襟を正さしめられましたものにございます。


先に吾が輩は 、
“早引きパンク・サウンド” なる表現を使わさせていただきましたが、その後いろいろと資料を調べてみますと、いずれの両バンドもピストルズのライヴに触発されバンド活動を開始された 点は同じなのでございますが、その音楽性もまったく能動的かつ独創的に、ごく初期からそのスタイルを確立していった様なのでございます。


で すので彼らから言わせれば 『ハードコア・パンク』 などと申します概念など微塵もございませず、逆にデッド・ケネディーズのヴォーカリスト、ジェロ・ビアフラ氏が仰いますところの、『イギリスに行って初め てウケた』 と申しますくらい、彼らは特異なバンド・スタイルを本拠地のカリフォルニアにて模索し続けておられたのでございます。


要しまするに、本拠地ではその先鋭かつ攻撃的なスタイルがまったく評価されず、不遇な時期を送っていたというお話でございますが、その点は映画 『イージー・ライダー』 でも、ヒッピーやラヴ&ピースの天国にも思われておりましたアメリカ国内でございましょうとも、平行して地方では非常に保守的で古めかしい考えかたや偏見 が存在しておりましたのを、あのラストにて知らしめられましたことを思い出していただけますれば合点がいくものと愚考されますワイ。


そんなカリフォルニアっ子も眉を顰めておりました両バンドも、聞いておりまして思わず微笑んでしまいましたのは、どちらも楽曲の造りとして “オマケ” が多い点にございます。英国のハードコアパンク・バンドの例としましてディスチャージを挙げますれば、彼らの音と歌唱は意志力とメッセージのみを純粋に凝固させました、ある意味 『モーツァルトでも創り得ませぬ楽曲』 でございますのに対し、アメリカン・パンクの雄たちは揃って 『楽曲としてのおかずが多い』 のでございます。曲間のギターソロや、基本3コード進行が神髄(笑)であるはずの曲そのものの凝ったデコレーションぶりから、


『流石は 「観てください、聴いてください、そして楽しんでください!」 のエンターテインメントのお国柄でございますワイ』


と、つくづく感じたものでございます。


その後、
アメリカン・パンクは米国内でまるで仏教のように多様な解釈と嗜好に別れ、本場英国よりも細分化していくのでございますが、そのお話は後日に譲らせていただきましょう。





もう十数年前のお話になりますが、現カリフォルニア州知事のアーノルド・シュワルツェネッガー氏がいずこかのCS放送のコマーシャルにてアメリカ大統領に扮され、『諸外国にアメリカン・エンタテインメントを輸出するぞ!』 と宣言されますシーンがございましたが、昨今は旧作品のリメイクや他国の作品の翻案などで “ネタ切れだ” などと叩かれますも、ハリウッド映画は
現在も世界の最先端をリードしておりますのは確かにございましょう。


そちらはテレヴィジョン・ドラマにおきましても同様でございますことは、殊更に吾が輩が申し上げますまでもございますまい ―― 例を挙げますれば、その効果音が本邦のテレヴィジョン番組内で多用されましたことでご記憶にございますことと存じます 『24』 シリーズでございますとか、吾が輩もBS視聴時には毎週欠かさず拝見しておりました 『アグリー・ベティ』、また少し前で申し上げますればは 『HERO』『ターミネーター/サラコナー・クロクニルス』 など、他にもアマゾンHPやネットのJava広告などでタイトルを存じております作品はまだまだございます。


いま挙げましたうちで吾が輩が拝見いたしましたのは、『アグリー・ベティ』 の他ほかは 『サラコナー・クロクニルス』 だけになりますが、どちらも未完のまま途中までの拝見となっております次第
(注2)。


よく激しい映像が絶え間なく連続し、息をつく暇もないような映画を 『ジェットコースター・ムービー』(注3) などと呼称しますが、このように視覚・聴覚的に視聴者を驚きかつ興奮させるための構成ばかりではなしに、どちらのドラマにも共通して申し上げられますのが 物語のターニング・ポイントを形成します際の視点の妙に尽きると申せましょう。


楡えて申しますれば、パネルクイズ 『アタック 25』 にて司会の児玉清氏が、『緑のなかに赤が入ったッ!』 と感嘆されますような、あるいは昨日喜ばしくも復活宣言を果たされました“松本ハウス” はハウス加賀谷氏の往年のボケっぷりと申しましょうか、とにもかく にも、『なんと、その様なベクトルを軸に物語が変転するのでございますか!』 と、およそ想像もつきませんでした方向への無理と無駄のないシフトにはただた だ感心致しますばかり。

『やはりエンタテインメントのお国柄でございますナァ …… 凄い凄い!』

と陶然と物語に魅入られておりますうち、次第に

『ちっくしょう …… 面白れぇなぁ』

と、 なぜか鉢巻に半纏をまとい、腹に腹巻左手にワンカップ大関をにぎり、右手のスルメを囓り裂いておりますような面相にてつぶやきを禁じ得なくなるのでござ いますワイ。


さるにても、漫画のヒット作品に人気俳優を配しただけの微塵も観る気が起こりませぬ、『らめえ〜!』
(注4) なドラマを相も変わらず量産しております ように見受けられます本邦斜陽映像産業 ―― まぁその点はハリウッド映画もいささか息切れしております嫌いも否めませぬが、取り敢えず本邦と比較しましていかさま 米国のテレヴィジョン・ドラマが高水準を保っておられますその基礎力は、全体いずこにあるのでございましょう。


…… その昔、テレヴィ ジョンが国民全体に普及し始めた当時より、タダで番組を視聴者=顧客に提供する受像機に映画業界がひとかたならぬ脅威を抱きましたのは吾が輩が申し上げま すまでもございますまい。そこで有名なところとしましては、テレヴィジョン番組におけます映像表現に映画業界が厳しく仔細に規制をもうける様注文をし、 “映画じゃなければ出来ないコト” をきちんと確保したうえで棲み分けができるよう運動した点が挙げられましょう。


こうして映画 とテレヴィジョンを別な娯楽媒体として愉しめましたお国柄で育ったクリエイターたちと、衰退するままにテレヴィジョンに “娯楽の王様” のお株を奪われ、『テレビや漫画は面白いけど、高い入場料払ってまで映画を観たくはないナァ』 という土壌で育ったクリエイターでは、自ずと選ぶ表現媒体も変わってきてもおかしくはございますまい。


そこはかとなく、『かくし て日米のサブカルチャーは、それぞれ発展のベクトルを違(たが)えたのであった』 という過去の分岐点が垣間見えたような気が致しましたような致しませんでしたような感じでございますが、少なくとも両国の輸出娯楽産業の比率で愚考いたし ますれば必ずしも的外れとは申せますまい。


さるにても、本邦の“マンガ丸写しドラマ” なんぞ、観ておりましてどの程度の楽しみがございますものでございましょうや。第一にストーリーそのものはすでに判っているのですから、ドラマに対する期待感などはあろうはずもないと思うのでございますが。それと何より先日物議を醸しましたご様子の、香取慎吾氏が主人公の両津勘吉氏に扮しますところの 『こちら亀有公園前派出所』 を好(悪?)例といたします、『こんなの台無しだよ!』 キャスティングはご記憶に新しいと思われます。


も はや漫画原作の 『実写ドラマ』 は “愚劣の極み” と称しましても過言ではございませぬくらいに程度も着眼点も低迷しておりますように見えて仕方がないのですが、せめてかつての 『高校教師』 や 『もう誰も愛さない』 のような “キワモノ脚本” でも構いませぬから、若き “脚本屋” の旗手たります強者の登場が望めませぬと、本当にテレヴィジョン業界は紙媒体にも逆転負けを食らうまでに転落しますこと必定にございましょう。





―― ち なみにフランスでは、テレヴィジョン番組はドラマはおろかアニメも輸入作品が大勢を占め、報道番組も通り一遍のニュースや天気予報が流される程度でござい ました次第。こちらはドイツでもその傾向がございまして、本邦の夕刻のように民放各杜がデパ地下や下町の隠れた名店などを紹介したり、スズメバチ駆除の特 集番組を組んだりなどというサーヴィス精神はまったく以ってございませなんだ。


―― ハテ? そちらのお客様、『だったらまずはフランスのみやげ話を先にするのが筋じゃないか!』 でございますか。左様、『吾が輩木津千里 きっちり渡仏して観光を愉しんで参りましたが何か?』 にございますワイ。


日数にして一週間、撮影いたしましたる画像は動画を含めまして3ギガバイト強。もうどちらから紹介いたしますれば良いものか迷ってしま いますほどのお話を持って帰って参りましたが、そこはトシちゃん25歳 男爵四十歳。旅の思い出を整理いたしますか否かで現在のところ不惑ディジタル思考回路が弾き出しましたる解答は “否” なのでございますワイ。他にもいろいろと公私ともに忙しい身でございますゆえ、渡仏旅行記に関しましては今しばらくのご猶予を賜られたく存じ上げます次第。




取り敢えず、こちらに吾が敬愛なるベルトラン・デュ・ゲクラン将軍がお眠りあそばしますサン・ドニ寺院をば掲示させていただきますことでお詫びと代えさせていただきまして、それでは皆さまご免あそべ ……。

 

 

注1:ニューヨーク・ドールズを混ぜちゃいますと面倒ですので割愛いたしますワイ。

注2:ベティはBS放送分、サラ・コナーはレンタルで2ndシーズン6まで。

注3:アメリカでは 『ローラコースタ・ムービー』 となるそうでございます。

注4:カズフサ的嗜好で。



 We must to protest every huge tyrant.

 We must to protect every Human Right!
 
 
 

 新彊ウイグルの母・ラビア・カーディル女史

 蹂躙される東トルキスタン

おいお い、そっちじゃないぜ!

 

 

2009.10.31 (C)Mephistopheles von Münchhausen

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