ほらふきだんしゃくてきぐこーろく

早くも再訪のプランを練っておりますワイ。

 

2010年02月13日

 

『 米語で渡仏 (弐)

(指定BGM:シルヴィー・バルタン / あなたのとりこ

 

 

そんなこんなで、わざわざパリに来てまで天気が悪いからと愚図愚図しておりますのは何よりの無駄でございますので、鋭意折り畳み傘と当時の愛機 PowerShotS1 ISならびに単三充電池8本と予備のアルカリ乾電池おなじく8本をリュックザックに詰め、小雨のパラつきますパリ郊外のとある街を出発したのでございます。


さ て、かの “地下鉄のザジ” ですら容易には乗車できませんでしたメトロに乗りこみまして、吾が輩の心配をよそに窓の外では雨脚はさらに強まりつつございます。地下にもぐってからしば し、シャイヨー宮駅で下車しました吾が輩がホームから迷路のような地下道を伝って外に出ました頃には映画 『七人の侍』 の冒頭シーンのよろしきザンザン降り。


『これじゃあ “さよなら絶望先生” の漫画そのまんまじゃんかよォ!』


と、神谷浩史氏ヴォイスにて絶叫し、街灯におコォァデ
(注1)を吊るしまして首からぶら下がりましてもしかるべき、あんまりなほど横殴りのウェルカム雨風。往年の風祭ゆき女史、ないしは梶芽衣子女史のいずれにもお好みのシチュエーションにてお似合いのどしゃ降りっぷりにございます。もちろん観光客などは 『本日はパリ休業です』 とフランス政府から公式発表がございましたかのレヴェルの閑散かつ投げ遣りさ加減で、アフリカ移民のおみやげ売りくん達がほぼマン・ツー・マン状態で声をかけてくる有様にございます。


…… 花の都もなんのその。“オー・シャンゼリゼ!” ならざる “暗い日曜日” がよく似合います、街そのものが自殺しかねません鬱々としました空模様のシャイヨー宮から臨みますエッフェル塔はその頭部を雲に隠し、傘を差しながらの撮影などはとてもで叶いませず、仕方なしに宮殿正面の噴水横を下り、 セーヌ川を渡りまして塔の基部へと到着いたしました次第。


セーヌを渡ってすぐの橋のたもとにございましたメリー・ゴーランドも電 飾を消し、まったくの開店休業でございましたのは致し方ございますまい。さしもの観光スポット・エッフェル塔も本日ばかりは人もまばらで、この状態でしたら 平素は一時間以上は当たりまえに待たされますチケット売り場の行列も5分と並ばずにチケットを買えましょうことは間違いございまぬ。


されど、ろくすっぽ景色も眺められませぬ曇天からパ リの街並みを見下ろしましても、微塵の魅力もございませぬ ―― それになりより、展望台は吹きっさらしにございますしナ、わざわざお金を払ってまで精神的苦痛をさらに重ねて味わわねばなりませぬ道理もございますまい。


ここまで来ますれば、吾が輩すっかり意気消沈しまして、いっそセーヌ川に身を投げてしまいましょうと落胆しきりでございましたが、取り敢えず一週間パスがございますので次いで凱旋門に行きましょうと気を取り直し、降りましたのとは別のエッフェル塔付近の地上駅へ向かったのでございます。





ア メリカの地下鉄の比ではございませぬものの、メトロの内装もかなり落書きが為されておりました次第。シートは合成樹脂製でして、配置は本邦 JR におけます 近郊型、セミロングシート仕様となっておりましたワイ。


メトロの歴史は一号線の開通が1900年のパリ万博にあわせて始まりましたからじつに百十年を数え ますが、一方で路線が増えるにつれましてターミナル駅の乗り換え通路も随時開削されていくのでございますが、通路は追加されましてもそちらを整理しよう、 駅を改修しようという考えは湧きませぬものか、まじめなお話乗り換えは非常に難しく、また経路の表示もまさしく不案内なので、おそらくは端からご覧いただ けますればかなり “お上りさん” 丸出しに成らざるを得ません、『メトロを使いこなせなければハイヤーでも雇えばいいじゃない』 的な
(注2)構造は観光都市のイメージ・ダウンにつながりかねま せぬと愚考いたします次第。


あんまりキョロキョロとあたりの見まわしておりますと、スリやら強盗やらからしますれば手ごろなネ ギ野郎でございますことを自ら宣伝しておりますようなものでございますゆえ、まずは落ち着いてメトロの路線図
(注3)を広げてみるのでございますが、“乗り換 え確認をしている東洋人” と申します時点ですでに観光客でございますことはバレておりましたことでございましょう …… ぶっちゃけ幸いにもスリならびに強盗の類には遭遇せずに旅行を終 えることが出来たのでございますが、とある駅にて黒い革ジャンにデニムのジーンズと申します、映画から抜け出て来ましたような情報屋然としました若者が二 人の私服警官から職質を受けていたのは拝見しておりまして微笑(ほほえ)ましかったですナァ。


私服警官もそうですが、くだんの一週間パスの不正 使用がないか交通公団の職員が駅構内で抜き打ち検査をしているのに遭遇したことがございます。吾が輩はきちんと初日に写真貼り付けと記名を終えておりまし たので事無きを得ましたが、もうひとつの理由としましては交通公団は経費削減のためこれまでに郊外の駅を無人にしていることが多く、吾が輩が定宿としまし た街の駅も自動改札機(回転腕木式)が据え付け直後とおぼしく、まだ完全稼動はしておりませんでしたワイ。その盲点を突いて無賃乗車を行ないます不逞の輩はどうやら少なくないご様子で、その取り締まりも兼ねております様でございます。


そ れと関連しておりますのか、改札機にて吾が輩の前に並んでおりましたご婦人がいきなり前の黒人男性に体を押し付け、うまうまと改札を抜けたのを拝見しまし てちょっと驚いてしまいましたワイ。文句を言う黒人男性に対しご婦人は何やら弁解しておられましたが、遠からず無賃乗車を働かれましたのは間違いございま すまい。して、薄い壁一枚で仕切られましただけで、出口や連絡先が180度も変わってしまいますことも珍しくございませぬメトロの駅を出ますと、相変わらずの雨 脚ではございますが、曇天にも揺るぎなく鎮座まします凱旋門の異様が目の前に現れました。



『まあ、晴れた日のパリの景色はWEBでも観光案内でもいくらでも見れますか』
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 


と踏ん切りをつけました吾が輩は、凱旋門の外容から門内の意匠や周囲を囲みますロータリー道路の様子などを撮影。
 
 
 
 
 





 
 
雨 脚は相も変わらずしとどにパリの街を濡らして止みませぬので、頃合いもよろしいのでいますこし繁華な街区に移動し、お昼をいただきますことに。単身の利点 は国内外を通じまして繁華な時間帯でも優先して席を設けていただけますところ。とは申しましても吾が輩が訪問いたしましたお店は団体のお客さんとすれ違い になりましたのと、ちょうど二人がけの席が空いておりましたので待ちますことなく席に通され、逆に上着と荷物をまとめるのにウェイターを待たせてしまいま したほどにございます。


さ すがは観光都市パリ。英語も通じますしメニューにもフランス語、英語、スペイン語の三ヶ国語で表記がな されておりますという親切さ加減にございます。このときに、『おや?ドイツとイタリアは蚊帳の外でございますかナ?』 と、もと枢軸国の門前払 いっぷりに少しく首をひねりましたものの、おそらくはスペイン語表記は本国ではございませずにラテン・アメリカ圏からの観光客を対 象にしましたサーヴィスではないかと愚考いたしました次第。


ただ、この日お昼をいただきましたお店 “シェ・パパ” はフランス国内にいくつかチェーン店を持たれます大きめの店舗でございますゆえ、斯様に国際的な応対が徹底されておりますが、果たして思いつきで飛び込み ましたお店でございますれば、遠からず朝のパン屋さんのごとくにフランス語以外はまったく、あるいは絶対受け付けませぬ事態は想像に難くございませぬ。


も ちろん吾が輩もそれなりの下調べがあってこその選択だったわけでございますワイ。さしものミュンヒハウゼンの血統とは申しましても、そこまで冒険はいたし ませぬ。して、こちらシェ・パパは南仏発祥のお店になりまして、チーズと生ハムを主体に、あとは葉野菜とトマト、そちらと確か松の実などにドレッシングをかけ、直径20cmはございます陶器製の鍋に
盛り込みましたお料理が目玉となっております。


またひとくち大にカットされましたパンが一皿付け合せに出され まして、こちらはそのまま食べると申しますよりかは、ヨーロッパの料理でよくやりますように残った汁などを拭き取っていただくための物のようでございます ――  さるにても、テーブル・マナー的に考えますとあまりお行儀は宜しい様には見えませぬがナァ。


『朝は貴族のように食べ、昼は王様の ように食べ、夕方は庶民のように食べる』 と申しますのがフランスの諺であり健康法であると吾が輩耳にしたことがございますが、こちらは “朝夕軽めで昼たくさん” の吾が輩の日常の食事方と合致いたしますのでまさしく吾が意を得たり、の心境でございましたが、その諺を地で行きますヴォリュームには正直怯(ひる)み ました次第。


それでもお味がたいへん美味しくて吾が輩も驚きますほどにスルスルお料理が口の中に入っていきますのには、まるで何者かに操られるかのごとく 不思議かつ満足このうえございませぬ体験でございました次第。ちなみにお料理はナイフとフォークを駆使して内容物を細かく刻みまして、さらによく混ぜ込み ますのがデフォルトかつ美味しいいただき方とのお話です。


食べております途中はいっかな平気でも、鍋いっぱいのお料理を平らげますればさしもの吾が輩もおくびが気になりますところ。12ユー口の標準コースでこれほど満腹いたしますのでございますから、15ユー口の“スカート デザート付き” などとてもでいただけませぬワイなどと考えております吾が輩の斜め向かいのボックスで、会社から食事に出てきたとおぼしき四人組の二十代後半のパリジェンヌらが、 なにやら楽しげに談笑しつつ吾が輩と同じサイズの鍋と入れ替えに置かれたデザートに手をつけますその光景を拝見いたしました瞬間、


『やはり西洋人は規格か ら仕様まで全部東洋人と造りが違う!


と、つくづく感じ入りましたものでございます。そのうえ、たしか彼女らのテーブルにはアルコールが置かれていたようにも記憶しておりますから、欧米の女性 とはおいそれとケンカすらできないようにも愚考いたします次第。





さてこちらでパリジェンヌのお話が出てまいりましたが、彼女らは 往々にしてキレイでございますことは真実でございますワイ。ただ骨格など根本からの造形が黄金比率に適っておりますという意味合いでは、中央アジアはアルメ ニアの女性に引けを取らざるを得ませぬが、やはりファッションの発信地でございますため、いずれも着こなしやお化粧が洗練されておりますのは確か。なべて 人種を問いませず堀爽としておりますのは “パリジェンヌ” たりますプライドのなせる技なのでございましょうか。


こ ちらは知人 より耳にしましたお話でございますが。パリジェンヌにおけます人生の勝ち組とは、仕事を持ち結婚しお子様をもうけ、なおかつ働き続けるのが至高のステータ スなのだそうでございます。遠からずお子様は託児所かどこかに預けるのでございましょうが、いわゆる 『自立した女』 を確立し維持しつづけることが人生の命題なのでございますとか。まさしく “おんな道” とも呼びたくなりますようなストイシズム溢れますパリジェンヌの矜恃。


かの 『女性学』 なんだか 『私をかまって!』 なんだか判りませぬ異端学派の田島陽子女史にも聞かせてあげたい、チェルシーなお話でございますが、フランスにて結婚して家庭に入るの は完全な負け組みで あり、親戚中 からも白眼視さえされますと申しますから、さてフランス女性に産まれ得ますことは幸せなのでございましょうか、それとも不幸なのでございましょうか ―― ちなみにその知人が申しますには、『嫁さんにするにはロシア人がいい』 とのアドヴァイスをいただいております。その理由としましては、概してロ シアの女性は情が深くて家庭的なのだとか。さよなら絶望放送的に申さば 『男爵対ロシア女』 にございますナ。


ときに、地元とおぼしきフランス女性は一般に小柄で、細身の華奮なタイプにございました ワイ。さらにはコンタクトを好みませぬらしく
(注4)ほとんどがメガネ派にございますので、街のあちこちに見栄えのよろしいアンジェラ・アキ女史がいらっ しゃる感じでございました次第。ピアスの穴はプスプス開けてもコンタクトは拒否するという心理は面白いものがございますが、逆に身だしなみに気を配りませ んお方は決まってピザ予備軍ないしはそのものと申しまして、いわゆる “中肉中背” 層がほとんどいらっしゃいませんと申しますからこれまた極端な様相ではございます。


ま た、おのれにも厳しい一方で彼氏にも厳しいのもパリジェンヌの特徴のようで、例を挙げますればお誕生日には必ず何かしらのイヴェントを設けて喜ばせてあげ ませぬといけませんのがデフォルト仕様となりますご様子。要しまするに 『なべて世界は一人ひとりのパリジェンヌを中心に回っている のでございますワイ。あるいは個々のパリジェンヌそれぞれの中に宇宙(コスモ)があると申しましてもよろしいかもございませぬナ。むろん旅行やレジャーなども彼女の意向をまず最優先に汲まねばなりませず、また別の吾が輩の知人などは辛抱たまらず結局離婚してしまいましたワイ。
 


―― そうしてお いしい南仏料理に舌鼓を打っておりますあいだに、どうやら雨脚も弱まったご様子なのでまたぞろメトロに乗り込みまして、折り返しシャイヨー宮駅に向かいました吾が 輩。
 
 
本 来でしたらせっかくいただきましたお料理の写真も撮っておきたかったのでございますが、パーテーションも低くけっこう混雑しております店内にて、洒落たパ リジャン・パリジェンヌに囲まれながら田舎者くさい所行は憚られましたので、やむなく断念いたしました次第。 
  
 

  
 
 
 
地上に出ます頃には雨も上がり、晴れ間こそ見えませぬものの垂れ込めておりました雲も引き、エッフェル塔もてっぺんまで写せるようになったのでござい ます。その威容こそこちら。
 




雨は去りましてもサテ急には客足は増えませず、メリー・ゴーランドも電気は入れましたもののお客様はたったお一人のお嬢様しかおりませず、さりとて拒むこともできませずまた賛沢は申せませぬものか、大盤振る舞いにもお一人様貸し切り御礼で動き始めました模様。


ま た図らずもしめました事に、予想だにしません雨上がりにエッフェル塔決死隊は参集しておりませず、まったくのガラ空きにて吾が輩は待つことなく最上階展望 台までのチケットを購入し、ゴンドラっぽいエレベーターにすんなり搭乗しましてエッフェル塔見物と相成りました次第にございます。



そちらの眺めがこちらになりますが、晴れ渡りましたパリ市街の眺めももちろんよろしいですが、こちら駿雨にけぶりましたパリの姿もこれまた水彩画のようで乙なものではございますまいか。

 
 
 
 
 
 
 
  
 



し て、客足の少なさを利しまして見物と写真を思うさま撮りまくり、観たい所を思うさま注視して参ったのでございます。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

そして最上階展望台にてふとガラス張り の部屋があるのに気が付きまして、傍らのレリーフには “建築・設計者エッフェル氏と発明王エジソン氏会見の様子” なるウィーク・エンダーばりの再現人形が置いてありまして、それら人形に関しましては佐渡金山の鉱夫や関ヶ原ウォーランド、熱海の秘法館のように観 光地にありがちなオブジェとして特段の感興は呼び起こされませんでしたが、その壁面に飾られましたる大きな漢字の印が押されました賞状のような物が。

 
 


 
 


こちらには俄然興 味が湧き、文面を読んでみますればその漢字カタカナ交じりの賞状は、大正天皇より寄贈されましたお寿(ことほ)ぎの書でございましたワイ。ただ明らかに字や文章がたどたどしいのでコピーではあると思われますが、エッフェル塔の最上階に大日本帝国時代の大正天皇の書があるとはまったく知り得ませんでしたので、まこと眼福の至りにございました次第。
 
 
 
 
 
 
 

 
 
そ うして、天気はすぐれませぬもののエッフェル塔を満喫しました吾が輩は、今度はバスに乗りましてパリ市庁舎へ。市庁舎には特段の思い入れはございませぬの で簡単に撮影を済まし、その代わりにすぐ横に建っております老舗のデパートメント・ストア、BHVことバザール・ドゥ・ロテル・ドゥ・ヴィルヘ。
  
 


こちらは外観こそ由緒正しき老舗のようにも観えますものの、とくに取り立てて玄人 高級志向なお店でもございませず、中の様子と申さば渋谷ロフトをお上品にした感じでございましょう か。


こちらで有名な洋酒の小瓶5本詰め合わせセットが20ユー口で売られておりましたので、このあたりを目処といたしましてお店を去り、あとは夕暮れも近いのでそのまま駅前のメトロで帰路につきました次第。
 
 
 
  

 
 
 
 
 
 
 
帰りはまたぞろ翌朝の分も込みでくだんのパン屋さんに寄ったのですが、こちらでいたく考え込まされましたのが、簡単な挨拶程度の知識しか持たずに外国を旅行する不躾さと烏瀞(おこ)が ましさに吾ながら腹立たしくなりまして、『養叔母に貸してもらいました “かんたん!五ヶ国語日常会話辞典” を持ってくるべきでございましたナァ』 と、しょっぱい酒ならぬ泡立つ塩辛い水を飲み下しましたのでございます ―― でもその塩辛さも意外となじんで来ますもので、寿司はともかくもパン食でございま すれば別段問題はございませぬようになりましたワイ。


しかして吾が輩が投宿しておりますホテルでございますが、吾が家のノート PC “座頭市” は税関が面倒なのと重いので最初から持ち出す気はございませんでしたのでインターネットはとくに考慮いたしませんでしたが、たしか WiFi 対応でございましたはずにございます。ほかは素泊まりでバス・トイレ・テレヴィジョン・シャ ワーと暖房付きのそこそこのレヴェルにございして、予約もネットから英語で入れましたので当然のこと英語OKなのは申し上げますまでもございませず、もちろんパリらしくスペイン語やド イツ語がいけますスタッフが数名おります。


冷蔵庫はフリー・スペースと他に据え付けのビール入れがあるのでございますが、ちょっ とでも触ると飲んだと誤解されたうえに料金をチャージされかねませんので一切手を触れませず、先のROZANAは最後まで室温でいただきました次第。また 10年前のミュンヒェン旅行でも同様でしたが、ヨーロッパでは往々にして飲み物をキンキンに冷やして飲むと申します習慣ははございませんご様子。吾が輩も 平素は煮出しました麦茶を冷蔵庫の目盛り最弱で冷やしております程度
(注5)でございますゆえ、とくに支障を来すことはございませなんだ。


よ く伊集院氏の海外旅行のよもやま話としまして、泊まったホテルでは 『ベッド・メイキングがされていない』 ことは鉄板でございますが、幸いその点のトラブルはございませなんだ。ただ、盗難だけは疑いをぬぐえませんでしたので、部屋には衣類と洗顔用品などしか残 さないように所持品を絞りましたワイ。そう申さば座頭市を持ってきません理由のひとつもそこにありましたナ。


して、翌日はノートルダムからモンマルトルと寺院めぐりの一日。いかなる事と相成りますかは乞うご期待。

 

 

 

注1:おフランス語。

注2:くだんの 「パンがなければ〜」 の発言はマリー・アントワネット妃のではなく、中華のとある王朝の皇后でございますとか

注3:やはり本邦と同じように駅に普通サイズとポケットサイズの二種が置いております

注4:少し後でも触れます “冷やした飲み物” とおなじく “自然派志向” の延長上のようでございます

注5:麦茶はほかのお茶に比べましてミネラルとタンパク質が多い分、冷蔵しませぬとすぐ綿が浮く(腐る)のでございますワイ



 We must to protest every huge tyrant.

 We must to protect every Human Right!
 
 
 

 新彊ウイグルの母・ラビア・カーディル女史

 蹂躙される東トルキスタン

おいお い、そっちじゃないぜ!

 

 

2010.02.13 (C)Mephistopheles von Münchhausen

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