ほらふきだんしゃくてきぐこーろく

ユーロと原油が安かった二月中に、今年のチケット買っとけばようございましたワイ。

 

2010年05月02日

 

『 米語で渡仏 (四)

(指定BGM:シャルル・アズナブル / イザベル

 

 

して、第3目目はいよいよ吾らが百年戦争の英雄、ベルトラン・デュ・ゲクラン将軍ならびにフランス王家歴代の菩提寺(!?)にございますサン・ドニ寺院を訪問し、午後からはモンマルトルの丘はサクレ・クール教会を経まして市街に戻り、オペラ座周辺にて買い物と相成りました次第。


この日は珍しく朝から晴れの予報が出ておりまして、デュ・ゲクラン将軍を参拝いたしますには絶好と前日夜から楽しみにしておりましたのでございます。


なべて今回の旅は午前中はほとんど雨にたたられ、お昼を食べたあたりから天気が回復すると申しますぐうたら加減でございましたので、朝から晴れの日とは願ったところでなかなか叶いづらい希少な好条件だったのでございます。


そんな笑って ルンルン
(注1)気分で支度をする吾が輩の心を少しく曇らせますのは、昨日生じましたサンヨー社製充電池の“ゆとり” っぷりにございます。昨夜中かけまして再充電いたしましたものの、サテ現場ではいかなる態度に出るのでございましょうや。


そんなこんなでまずはパリ東駅に向かい、こちらからメトロに乗り換えましてサン・ドニ寺院に降り立ちます。雲はまだ多めにございますが、その背景は美しいまでの青にございます。
 
 

サ ン・ドニ寺院は見学無料でございますが、奥(地下)に控えております陵墓址の見学は別途支私いが必要になります。こちらは王家と勲功高き陪臣らのみ埋葬を 許されました “王室ご用達” の寺院でございますゆえ、内装にはとにかく贅が凝らされますことは吾が輩がことさらに申し上げますまでもございますまい。
 
 
 
 
 
 

寺 院の正面もさることながら、中に入りましてまた正面とその左右にちりばめられましステンド・グラスがまあ見事。それでも最初めうちは普通に手の込んだ細工 物程度に観ておりましたのでございますが、折りからの天気の好転により、このようにカラフルなステンド・グラスの色彩が向かいの壁に投影されますにおよび、 『やはり本日こそ好日!』 と吾が輩をして強く思わしめたものでございます。
 
 
 (デジカメの画素数が画素数なので、壁に映った模様がよく現れておりませぬのはご容赦願いますワイ(泣)
 

 
 
 
 
ち なみにこちらが吾らがベルトラン・デュ・ゲクラン将軍のお棺なのでございますが、伝え聞くところによります “プロセリアンド黒いブルドッグ” の由縁たります魁偉なるご体躯とはとてもで比することは叶いませず、どの角度から拝見いたしましても吾が輩 より上背はございませぬご様子。当時の男性の平均身長が低いと仮定いたしましても、こちらのお棺の像はおよそ160センチ前後にございます。まるで現代本邦の女の子なみの背丈でございますが、こちらはやはりお棺用に造形を縮小されておられるのでございましょうか。
 
 
 
 
 
 
―― 斯様な感じに同じところをぐるぐる飽きもせず見てまわっておりますれば、いつしか頃合いもお昼時。外に出ましてあたりを見回しますれば、寺院前にモロッコとおぼしき国旗を掲げましたお店が。フランス王家の墓所の御前(おんまえ)に北アフリカ料理と中しますのも奇妙でございますが、ふと思い立ちましたのが、『北アフリカ系かつ観光客相手のお店なら、店員さんは英語が出来るだろう』 と申します点。


して、屋外に並びましたテーブルや椅子を直しておりましたウェイターらしき男性に、『Excuse me?』 と声をかけますれば、満面の笑みで 『May I help you?』との回答が。


こうなりましたらしめましたもので、当店のオススメを訊いてみますれば、『クスクスが美味しいよ』 と、そばにありました立て看板を指差されました次第。


そちらには大きく “Kuskus” の文字が黄色いチョークで書かれておりまして、付け合せにビーフ、チキン、羊肉の腸詰の三種類から選択が可能となっておりました次第。お値段も確か9ユー口と、まさにお得感たっぷりのランチ・メニューにございます。


吾 が輩クスクスは映画 『キャノンボール2』 にて、大会主催者にございますアラブの石油王のご子息が、『クスクスも付けてくれ』 とおっしゃっておられましたのを思い出しますくらいにて、正直その正体を存じ上げませぬのでございますが、取り敢えずおすすめメニューということもございまして、付け合わせにビーフを選びましたうえで注文いたしましたのでございます。


…… 果たして、
卓にならべられましたお皿に盛 られておりましたお品とはこれなん、煮込んだ牛肉と葉野菜、そしてサーヴィスでつけていただきました細長い羊肉の腸詰二本がひと皿。続きましてジャガイモと人 参などを煮込みましたスープがひと椀。そして粉末状のゲータレイドを思い起こさせます粗い粒子の穀物らしき何かを小山よろしく盛り上げましたお皿こそ、く だんのクスクスの様でございます。


その見てくれから、『あれ?こちらはかなにかでございますかナ?』 と、覚えず顔が引き撃りかけたのでございますが、『このスープをかけて混ぜて食べてね』 と、 “ウチの料理はおいしいぜ!” 顔でアドヴァイスをしていただきますお兄さんの手前、吾が輩も “やってもうたあ!” 顔をご覧いただきますわけにはいきませぬ。


そこは笑顔で返 し、腹をくくりまして取り皿にクスクスと野菜スープを掬ってとにかくひと口いただきますれば、プチプチとした独特の食感のほかはまったく無味でございまし て、たしかにスープをかけていただきませぬととてもで食は進みませぬ。また旨い不味いがございませぬ代わりに、なるほどこんもりとした小山ほどの量を平らげませぬと、とてもで満腹感は得られませぬものと理解いたしました次 第。

 
帰国後に外道照身霊波光線 もといネットにてクスクスの正体を見破りますと、こちらは粟などとはまったくの濡れ衣にございまして、小麦を加工して作られました食材なのでございますナ。おもに中近東から北アフリカ、ブラジルなどに分布する様でございますが、当のフランスにも有色人種搾取 もとい植民地統治時代に国内に流入し、メジャーな食材の地位を得ておりますのだとか。


と もあれこの時点で吾が輩すっかりクスクスをば亜 “雑穀”と失礼な思い込みにて食しておりましたので、『戦前ならともかくも、粟と申さば現在なれば鳥のエサでございますよナァ』 という感が禁じ得ませず、やや安物買いのなんとやらを悔いたのが正直なところでございますワイ ―― また、日本のお米がいかに美味しいかもつくづく実感いたしました次第。


羊の腸詰は香辛料が効いておりましたため、マトン特有の甘ったるさはございませず美味しくいただけましたのでございますが、煮込みの牛肉はよく見ますと赤味が三分の二、残る三分の一が皮なのか脂身なのか、またぞろ正体不明の物体で構成されていたのでございます。


さ ほどギトギトしておらず、さりとて噛み切れませぬほど硬くはございませんでしたので、遠からずゼラチン質の塊でございましたことは間違いなきものと愚考い たします次第にございますが、その成人男子の手の甲ほどもございます、薄〜く肉の味がつきましたやわらかいグミを平らげますのには、ひとかたなりませぬ労 力を要しましたことは吾が輩がことさらに申し上げますまでもございますまい。


そうして各お皿をキレイに片付けましてから、おあいその際に、『美味しい昼食といい思い出を作ってくれてありがとう』 とリップ・サーヴィスを添えますと、お返しに 『感謝の極み(意訳
(注2))』 といただきますれば、吾が輩つくづく、『ああ、英会話学習に取り組んで本当に良かった!』 と、正真正銘心の底より感激いたしましたものにございますワイ ―― 左様、たとえこの地がフランス共和国でございましょうとも。


吾が輩その時は昂揚しきりましたいい気分のままメトロに乗り込んだのでございますが、よく
よく考えますれば英仏百年戦争の英雄、ベルトラン・デュ・ゲクラン将軍が祀られておりますサン・ドニ寺院の真ん前で英語を使うこと自体が、罰当たりという気がいたしませんでもございませぬナ。


ま あ “史上最強の仏キチ・ケンイチ” でおなじみの佐藤賢一氏の著書 『英仏百年戦争』 によりますと、当時はまだ英仏の国家間戦争と申します趣はございませず、フランス王家・ヴァロア家とイギリス領ならびにフランス国内にも広大な領土を有し ておられましたプランタジネット家との、フランス貴族間におけます勢力抗争であったとの見解がみちびき出せ、国家としましてのイギリスの国境ならびに文化の発展がこの戦争後 から顕著となるご様子ですので ―― とか申せば申しますほど、尚のこと英語を使うのはタチが悪うございましたかナ(笑)。


ともあれメトロを降りましてモンマルトル前へ向かいますと、丘の真下へと登るメインの坂の左右はほとんどがみやげ物屋さんとなっておりますが、この日は観光を優先としまして脇目も振らずに登坂し、まずは第一ショット。
 
 
 
そこからさらに階段を登りましてサクレ・クール教会までたどり着きますと、おそらくは観光客目当ての流しとおぼしき ジョー・ ストラマーがまわりのお客さんたちと大合唱をしておりましたワイ。
 
 
 
 
 
 
 
 
教会に向かって左の区域はやはりおみやげ屋やカフェーが占める一角となりまして、とくにこちらテルトル広場には老若男女の絵描きさんたちが露店(露展?)を構えておられます。くだんのコンパクトな名画にはこの日にめぐり
ったわけでございますが、サテ現在はいずこに?サテ今年まためぐり逢えますものか …… 。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
モンマルトルの丘には公営のケーブルカーが設置されておりまして、かの一週間パスにて乗れるのでございますが、今回はせっかくですので帰りは階段を使いましたワイ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
次 なる目的地は、舞台 『オペラ座の怪人』 でおなじみの、そしてかつてはメディア・デビュー当時の 伊集院光氏もキャラ設定上はあこがれたことでございましょうオペラ座になります。その実、吾が輩がはじめてテレヴィジョンで伊集院氏を拝見いたしましたの は、かつて 『笑っていいとも増刊号』 にて、タキシードに身を包まれまして妙ちきりんな歌を唄われておられましたお姿にございます。

 
 
 
 
 
 

そちらと併せまして忘れてはいけませぬのは、かつてジョージ秋山氏の原作漫画を映画化いたしました 『くどき屋ジョー』 にて脇役の毒薬(どくぐすり)役 を熱演され、TV雑誌らしからぬストレート・エッジな企画と口汚い批評で知られておりますTVBros 誌上にて、『主役の清水宏次郎より好感が持てる』 と当誌では珍しく好評を博しされておられました事は、吾が輩こちらに銘記しておかずにはおら れませぬワイ。



―― そんな伊集院光氏のまめ知識はサテ措きまして、
この付近はショッピングと食べ歩 きの街になっておりまして、すぐそばにはユニクロのパリ支店もございます。お買い物としましては、豪華な吹き抜け天井で有名な老舗デパート、ボン・マルシェがいの一番に挙げられましょう。吾が輩もこちらで会杜用のおみやげを求め、かつユニクロ・パリ支店内もいちおう目を通して参りました次第。
 
 
 

ユ ニクロ・パリ支店内の商品は、お値段を円に換算しましてもさほど国内と差はございませぬが、吾が輩ぱっと見で拝見いたしました限りでも、量はともかく色な どのバリエーションが少なく感じました次第。やはりお国が異なりますと売れ筋にも偏りが生じるものなのでございましょうか。
 
 
 
 
 
し て、こちらはオペラ座前の交差点にて交通整理をなされておられました美しき婦人警官殿にございます。一見しました吾が輩をしまして、『鳴呼、彼女に執拗な 夜の職務質問を受けましたい!』 と即座に思わしめましたその凜たりますルックスに思わず(とはいえ目立ちませんように)カメラを向けたのでございますが、アクティヴに動き回られますその 仕事っぷりをどうにか収められましたのはこの画像以外にございませなんだ。
 
 

 
 

 
…… ハテそちらのお客様。『そういや夜の話が無いな』 でございますと。まあ吾が輩はまったく酒が飲めませぬし、滅多なことを書きますと観光都市パリの名誉に傷が付きましょう。まず何よりもジオシティのアカウントを剥奪されますのが恐ろしゅうございます。


ですのでなつかしの “お笑いマンガ道場” の富永一朗先生風に、簡潔にふたコマ漫画にて申しますれば、『こんな所に、南仏の女性がいると思ったら、な〜んだスペインからの出稼ぎだった〜』 というレヴェルでまとめさせていただきましょう。


そ んなこんなで吾が輩もこの新年度から新しい役職にてより以前にも増しまして仕事に時間を割かねばなりませず、この 『米語で渡仏』 も冗長に続けていきますのもナンでございますゆえ、こちらで誠に勝手ながらも総集編として区切りをつけさしていただきます所存 …… なにしろルーブル美術館で撮りました画像などは、これまで掲載いたしました数の比ではまるでございませんしナ。


何はともあれ、しかし本当に本年度におけます燃料サーチャージ代の上昇は痛うございましたワイ。相も変わりませず原油価格は下がりませぬしナァ ―― サッサと買ってしまえばようございましたワイ。




※オマケ映像。いずこの駅かは失念しましたが、とあるメトロの構内に貼ってありましたジャパンエキスポのポスター。
 

 

 

注1:「笑ってルンルン」 とは、ブレイク前の関根勤氏とみのもんた氏がコンビで司会を務められましたお笑い番組。

注2:HELLSINGのウォルター風に



 We must to protest every huge tyrant.

 We must to protect every Human Right!
 
  被害者ヅラも参政権もクソ食らえ!在日朝鮮人の原風景

 新彊ウイグルの母・ラビア・カーディル女史

 蹂躙される東トルキスタン

おいお い、そっちじゃないぜ!

 

 

2010.05.02 (C)Mephistopheles von Münchhausen

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