前谷津川 まえやつがわ
Maeyatsu-gawa River
最終更新 04.4.4

板橋ローカル3河川の一つで、その中でも最も規模が大きい。全区間暗渠化されている。
取扱区間:全区間 掲載順:上流 → 下流

※写真はクリックすれば拡大。


地点、赤塚新町保育園の裏辺り。前谷津川は民家の合間から突然始まる。かつては湧水があったのだろう。これは落合川の上流端とも良く似ている。(04.2.7)

※落合川はこちら
地点、東武線の脇。コンクリート蓋水路が残っている。(04.2.7)

地点、東武線の北側。ここまでコンクリート蓋水路が残っている。恐らく東武鉄道との関係で改修が行えないのであろう。(04.2.7)

地点、特に面白みのない舗装道路となる。ここが川だと知らない人も多いだろう。(04.2.7)

地点、区立しのがやと公園を過ぎるとタイル張りの緑道で水路跡らしくなる。この付近の前谷津川は昭和初期まで生活用水や灌漑用水としてなければならない存在であった*1。(04.2.7)

*1 現地の案内板による
地点、下赤塚駅前のバス通りから下流側。かなりの急流で、自転車では上るのが辛いほど。(04.2.7)

地点、新大宮バイパスの橋梁。昔、同バイパスが片側1車線だった頃は、谷間を大きく跨ぐ100mくらいの長い橋梁が架かっていた。(04.2.7)

79年撮影の新大宮バイパス橋梁。以前は現在より長い橋だったことが橋梁の影から分かる。

air photo:
「国土情報ウェブマッピングシステム」より引用
(c) 国土交通省 http://w3land.mlit.go.jp/WebGIS/

地点、区立水車公園前から下流側。近年になって道路が作られたため流路は失われている。暗渠化されたのは84年だそうだが*2、少なくとも上記新大宮バイパスと交差する辺りは70年代末には既に暗渠化されていた。ただし緑道はまだ整備されずダートのままで、当時小学生だった筆者は自転車で悪路に入り思い切りすっ転び胸に大きなアザを作ったのを覚えている。(04.2.7)

*2 現地の案内板による

74年撮影の前谷津川上流部。現在のしのがやと公園付近から上流は確認できないので、既にコンクリート蓋水路になっていた可能性がある。そこから下流はずっと水路が残っており、新大宮バイパスと交差する辺りは土堤防だ。道路も現在の地図とはかなり異なり、水車公園前の道路は存在しない。

air photo:「国土情報ウェブマッピングシステム」より引用
(c) 国土交通省 http://w3land.mlit.go.jp/WebGIS/

地点、再び流路跡が姿を現す。ここもかなりの急流で下っている。(04.2.7)

一方、前谷津川にはもう一つのメインストリームがある。地点、下赤塚駅近く、川越街道から。かなり急な勾配で東武線の方へ向かっている路地があるが、どうやらこれも川だったようだ。(04.1.31)

地点、東武線の北側。緑道となり水路跡であることが分かる。(04.1.31)

地点、新大宮バイパスから下流側。正面の突き当たりで右手から別の支流が合流している。(04.1.31)

地点、これも前谷津川を構成する水路の一つ。70年代末までは大型のコンクリート蓋水路であった。(04.1.31)

地点、道路となり流路は全く残っていない。この付近は74年の空撮写真では既に暗渠化されている。なおこの道路は不思議な道路で、この地点からやや西で新大宮バイパスに接続することなくぷっつり途絶えてしまう。(04.1.31)

地点、道路沿いに流路跡が姿を現す。(04.1.31)

地点、ここで2つの水路が合流する。右からカーブして合流してきているのが本流で、正面から合流しているのは下赤塚駅近くからの水路。
(右) ここから下流は緑道もかなり広くなる。(04.2.7)

地点、ここでも南から合流する小さな水路跡があるが、この水路は余り奥深くない。(04.2.7)

地点、東武練馬駅前の道と交差。深い谷間であり、道路は高い位置を通っていて、川はボックスカルバートで潜っている。(04.2.7)

地点、不動通りから下流側。この不動通りも変わった道で、4車線の広い道だが東武練馬駅前でぷっつり途絶えてしまう。(04.2.15)

地点、首都高近く。ここから下流は80年代中頃まで暗渠化されず川が残っていた。(04.2.15)

地点、六の橋から下流側。これより高島平団地へと入ってゆく。光が丘団地を上回る大規模な団地に圧倒されるが、この辺りも80年代中頃まで川が残っていた。川幅はかなり広く、石神井川の板橋区内と同じくらいあったが、水はほとんどなく中央をちょろちょろと流れる程度だった。(04.2.15)

※石神井川はこちら
地点、都営線橋梁近くから下流側。この付近は感潮域で、川が残っていた頃は新河岸川の水が逆流してきており水量も結構あった。(04.2.15)

地点、下流端。見えにくいが前方の水門が新河岸川への河口。(04.2.15)

74年撮影の前谷津川下流部。地点から下流はまだ暗渠化されず川が残っていた。高島平団地内は枯れているが、都営線を越えた辺りから感潮域となり水が逆流してきているのが分かる。新河岸川もまだ土護岸だ。今は亡き板橋のシンボル・板橋清掃工場の3本組紅白煙突が懐かしい。これは筆者が通っていた練馬区の小学校の屋上からも見え、「あの3本組の煙突は何だ?」と探検したのが前谷津川との出会いであった。まさか荒川に近いところだとは思わなかった。

air photo:「国土情報ウェブマッピングシステム」より引用
(c) 国土交通省 http://w3land.mlit.go.jp/WebGIS/


さて、前谷津川には途中で分かれる分流がある。地点、ダイエー西台店前。高島通りから突然のように水路跡が始まり、ダイエーの敷地内を貫通している。緑道は板橋区の所有のため、ここはダイエーの自転車置き場ではないという立て札があちこちに立っている。この水路は、古い写真によると上図の点線のような感じで西へ伸びており*3、前谷津川から分かれていたようだが、団地の開発により全く失われている。蓮根川の支流のように見えるが、このすぐ下流の都営線橋梁には「前谷津川支流橋梁」と表示があるので、前谷津川の一部とみなすべきなのだろう。(04.2.15)

*3 国土地理院「空中写真閲覧システム」(http://mapbrowse.gsi.go.jp/airphoto/) による

地点、通称ヘビ公園前。体長10mはあろう巨大なヘビの遊具が2匹向かい合って鎮座しており、ヘビの嫌いな人には抵抗があるかも……。(04.2.15)

地点、北から小さな支流が合流する。(04.2.15)

地点、その支流を遡ってみた。古そうな橋が見付かった。欄干には「やちよはし」と刻まれ、56年3月完成とある。(04.2.15)

地点、これより上流には水路跡は残っていない。古い写真によれば*4、これも上図の点線のような感じで西へ伸びており、前谷津川と繋がっていたようである。(04.2.15)

*4 国土地理院「空中写真閲覧システム」(http://mapbrowse.gsi.go.jp/airphoto/) による
地点、中仙道から下流側。(04.2.15)

地点、蓮根川との合流。これは突き当たりを背にして撮影したもので、蓮根川は左から右へと流れる。(04.2.15)

※蓮根川はこちら

以上。

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