このホームページを作成するに至った経緯です。

2003年3月31日 長年勤めあげたA日生命を、思いきって退社。
退社後の計画も人生設計も、なんもなし!
放浪人生の始まり。

4月1日−17日 とりあえず、花見・ジム通い・料理研究などをして、気ままに暮らす。

4月18日−30日 友人に誘われ、中国・上海および周辺都市へ、『嫁探し』の旅に出る。
出発前、新型肺炎への懸念から、周囲の反対に遭うが、
『嫁探しの方が重要だろが!SARSやらで、死にはせんばい!』と宣言、強行する。
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5月1日−10日 無事、帰国するも、新型肺炎に対する恐怖から誰も遊んでくれない。
仕方ないので、潜伏期間といわれている10日間、自宅謹慎することにする。

5月11日−13日 やっぱり、何にもしないでブラブラする。
しかし、ここで事件は起こる!
13日、愛車YAMAHA SRV250を駆り、軽快にツーリングを楽しんでいたワタシは、
午後5時40分頃、方南通り・本町4丁目付近にて、前を走行中のタクシーの
急ブレーキを避けきれず、転倒!

まもなく、救急車にて、大久保職安通り近くの名医「H山外科」に搬送される。
病院にて、レントゲンの結果、「骨に異常は無いから、帰っていいよ」
と言われ、素直に従う。
まもなく、携帯が鳴り、「Y々木警察署なんだけど、平気だったら署まで来てよ」
と言われ、膝がスゴく痛かったけど、素直に従う。
事故状況を説明した結果、「これはいわゆる、単独事故ですな」と言われ、
素直に従う。

5月14日−21日 翌朝、膝がヤケに痛むので、名医「H山外科」に行く。
病院にて、MRI検査の結果、「膝のところが折れてるよ。」と言われる。
昨日は「異常無し」だったのにね。歩いているうちに折れたかな?。
「膝の裏のほうだから、レントゲンだと写りにくいんだよね。」
と言われ、素直に納得する。(だって、悪気があるわけじゃないもんね。)

「一人だと何かと大変だから、入院していったら?」と言われ、なぜかワクワクする。
以降、6人部屋にて、楽しいホスピタル・ライフを過ごす。
病院のロケーションのせいか、普段は接することのない職種の方々と、
コミュニケーションを図る。
観月ありさ似のナースと、恋に落ちる。(妄想)
21日、自宅でセットしておいた、ビデオの録画残量が気になり、退院を申し出る。
許可され、惜しまれながら(?)退院する。
5月22日−
6月4日
退院するも、松葉杖すらままならない状況から、自宅から一歩も動けず(T_T)。
仕方ないので、独学でホームページ作成を始める。

飯を食べに行くのがしんどいので、食事は自炊。掃除、洗濯、布団干しは不可。
風呂は上半身のみ
(逆立ち?)という過酷な日々が続く。

6月5日−
7月7日
膝のコルセットから解放されたので、ちょっと楽になる。
調子こいて、前の職場の皆さんとバーベキューに行ったり、バドガールの店に行ったりする。

さらに調子に乗って、業務部の元マドンナやら秘書部のおねえさん達と、新宿でOBOG会を開催し、記憶がなくなるほど酔っ払って、一時、松葉杖を紛失する。

ある日、たまたま電車に乗り合わせた酒井若菜に結婚を申し込まれる。(妄想)

7月8日−14日 日経平均が、一時10,000円を上回る!(ザラバ)
阪神タイガース、優勝マジック点灯!(これもザラバ?)
↑と直接関係ないが、松葉杖の片方が不要となり、ちょっと行動範囲が広がる。
新居を探しに、不動産屋を訪ねるも、無職を理由に謝絶される。
このままではホームレスか?

7月15日−
8月31日
ついに、松葉杖から解放され、自力歩行可能となる。
ホームレス化を回避すべく、就職活動を開始する。
でも、なんだかさえない展開が続いてヘコむ。 (*´ο`*)=3 はぁ。
世の中、厳しいやねぇ。
開き直って、マーボー茄子を創作したり、鰻寿司食べたりしてダラダラと過ごす。
冷夏の中、阿波踊り見物中に、水着姿の仲根かすみから逆ナンされる。(幻覚)

9月1日− 無職のまま、再度、新居探しにトライする。
あらゆる裏ワザを活用して、 ついに、新居確定!!
(もしかして、告知義務違反!?)