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Kimio Komoda.

古茂田公雄遺作集

略  歴

1910. 明治43年9月21日

愛媛県松山市に生る

1929. 昭和4年

旧制松山中学卒業、4月上京し川端画学校西洋画部入学

1931. 昭和6年9月

第18回二科展入選「谷中風景」

1932. 昭和7年5月

津田青風の上野洋画研究所に入る、9月、第19回二科展入選「庭」

1934. 昭和9年

猪熊弦一郎に師事する

1939. 昭和14年

この頃よりスクラッチングの技法による描画をはじめる。

10月、第4回新制作派協会展入選「スクラッチング作品10数点『裸婦』他出品

1940. 昭和15年10月

第5回新制作派協会展にスクラッチング7点『2人』他出品

協会賞受賞、会友となる。

10月、紀元二千六百記念奉祝展『少女』出品

病により帰郷

1941. 昭和16年4月

宇和島高等女学校(現、宇和島南高校)嘱託となる

1942. 昭和17年4月

上京し、東京宝塚劇場、帝国劇場の舞台背景を担当、東宝映画等の美術担当

1944. 昭和19年9月

応召、香川県善通寺11連隊入隊

1945. 昭和20年

6月岩崎澄子と結婚、9月20日除隊。アトリエ作りにとりかかる

1946. 昭和21年

第1回愛媛美術工芸展委員、『農夫』出品、弟古茂田守介『こども』出品

1947. 昭和22年2月

祝谷のアトリエ完成、2.19長男不二生る。

この頃から再び油彩中心となる。第2回愛媛美術工芸展審査員、以後昭和36年頃まで洋画の審査員をつとめる。

野間仁根が訪れアトリエより松山城を描く。

1951. 昭和26年

瀬戸内海を描きはじめる。

1952. 昭和27年

松山三越にて個展、このころ道後椿湯にモザイク壁画制作

1955. 昭和30年

この頃から面河渓の写生が特に多くなる

1960. 昭和35年

「十色会」(といろかい・様々な芸術家の集まり)主宰、松山三越等で発表会を開く

1966. 昭和41年4月

脳血栓により右手がやや不自由となる

1972. 昭和47年

KOMOグループ展、昭和54年5月(第9回展)までつづく

1974. 昭和49年

長男・不二とともに親子展

1986. 昭和61年

1月17日逝去、(松山市祝谷にて)75歳。

1987. 昭和62年

古茂田公雄遺作展(主催 愛媛県立美術館・愛媛新聞社)