余は如何にして半尻マニアとなりしか






最初の記憶


、黒人的小娘・孫娘たちの間で圧倒的な人気を誇るローライズ・ジーンズ。股上が極端に浅い為、臍下何センチにも渡って肌が露出される、腰で穿く、というより、腰骨に引っ掛けて穿くタイプのジーンズがそれだ。中には、尻の割れ目さえも人前に晒して澄まし顔の小娘もいるが、気になるのは、その中身である。
せても良い下着を着用するというのが正しい着こなし術だと聞くが、以前、近くのコンビニエンス・ストアの前で見たジベタリアンの小娘は明らかに何も着けている風ではなかった。なんだよ、テメー、と凄まれるのがいやだったので執拗に目を凝らすことはなかったが、僅かに覗いたジーンズの隙間からは、下着はおろか、ゴムの痕跡、陽灼けの跡さえ一向に見てとることができなかったのである。

はり中身は何もなしか。チャックを開けたら、いきなり、そのものズバリが顔を出すのだろうか。
かに、あの硬いデニム地には鎧にも流用できそうな印象がある。ちょっとやそっとじゃ攻略できない難攻不落の趣である。
はいえ、自分をかくまう最後の砦がデニム地一枚だけいうのでは、やはり無防備に過ぎないか。不意の来客が訪れた場合、とても太刀打ちできるとは思えないし、それでなくとも、今にも擦り落ちそうな穿き心地は決して弛緩が許されるものではない筈だ。
らに、このローライズ・ジーンズとやら、スタイル良く見えるという本人の確信とは裏腹に、臍から下の長さばかりが強調されてかえって胴長短足に見える。本人たちはそのつもりであっても、端から見ればかなり間抜けな格好といえなくもない。

からといって、この珍妙無類な、ムートンの毛皮という防寒着まで身に纏ってこだわりを見せる彼女たちの出で立ちを、筆者は糾弾する術を知らない。だって、親だって、こんなだったよ、といわれてしまえば返す言葉が見つからなかったからだ。
際、その通り。旧い映像を見るとわかるが、70’sの昔、街には、髪を赤く染め、眉を整形し、人前に臍を晒した今時の小娘そこのけの女たちで溢れ返っていた。その女たちが、ちょうど今時の小娘の母親たちというわけである。
た、今時の小娘の特徴的ともいえる黒い肌が健康的との理由に俄かに脚光を浴び出したのも、この時期、某化粧品メーカーが仕掛けたひとつのキャンペーンがきっかけだった。このキャンペーンの成功によって、どれだけ地黒の田舎娘が救済されたかわからない。色が白くなければ女ではないとまでいわれた時代である。だって、黒んぼと同じだよ、垢抜けするわけないじゃん、という世の中にも充分なり得た筈である。
して、このキャンペーンのイメージ・ガールの着用していた水着もまた、腰で穿く、というより、腰骨に引っ掛けて穿く、いや、前の三角に当て布をしただけといった方が相応しい、隠すという目的を殆ど放棄した代物だった。

んな格好を人前に晒して大丈夫なのか、というのが、当時、小学校の高学年という微妙な時期に差し掛かっていた筆者の、このポスターを見た偽らざる第一印象である。真っ黒に焼きの入ったトップレスの後ろ姿に、「汗につよいステージカラー」とやらで白く抜かれた『Cookie Face』の鮮烈な文字。背中がやたら拡く大きく見えるのは、それだけ下の水着が小さいということの表れだろう。しかも、この小さな水着からはみ出した尻の割れ目は、テレビ、雑誌、あるいはスーパーの化粧品売場等、いつ何処からでも容赦なく目に飛び込んできた。そういうのは深夜に親の目を盗んで見るものだと思っていた当時の筆者11歳にしてみれば、余りにも衝撃的なポスターでもあった。

だ青唐辛子の発育しか遂げていなかった小学生である。おしっこ飛ばしの経験もあり、前を見られる分にはまだ諦めもついた。だが、後ろだけは絶対に許してはいけない最後の砦だった。何よりも汚いし、万が一、自分の臭いが洩れようものなら、末代まで何かいわれ続けるだろうと思ったのである。
からこそ、この若くて綺麗な、子供の自分より遥かに分別も良識もあるだろう大人の女が、スーパーの野菜売場の隣で、見るも恥ずかしい場末のストリッパーさながらの格好をしているのには、のっぴきならないショックを受けた。本当に場末のストリッパーがそうしているのならともかく、聞けば東京でも有名なお嬢さん学校を出たという堅気の人間が尻の割れ目を晒しているのである。猥褻物陳列罪に問われないのが不思議でさえあった。
ころが、そういう嗅覚を十全に働かせて世の中を眺めまわしてみると、意外や、今をときめくあの大物女優もあのいたいけなアイドルも、この時代、皆さん平然と半尻を晒している事実に辿り着いたのである。
んだ、そういう格好をして歩いてもおかしくないんだ…。
者11歳、目からウロコが落ちた瞬間だった。

あの大物女優も… あのいたいけなアイドルも… その他、旧き佳き時代の半尻水着いろいろ