<DENT Pocket Chronometer >


「DENT Pocket Chronometer 1840 」 〜Real Chronometer 〜

・Introduction
 いきなりマニアックなカギ巻き鎖引きのイギリス懐中である。
1840年製の、いわゆるスプリングデテントクロノメーター。さてクロノメーターについて書き出すとすれば、自ずと英国の産業革命から、時計士ではもちろんジョン・ハリソンやトマス・トンピオン、ジョン・エリコットなど、そしてトマス・アーンショウ、ジョン・アーノルドと語っていき、エドワード・ジョン・デントに至るまでを書かなくてはならない(なぜかThomasとJohnばっかりだ)。この辺は以下を参照有れ。
http://www.british-history.ac.uk/report.asp?compid=22169
http://www.carigem.org/2history_of_watch_making_and_coll.htm
 訳してまとめるということを私は完全に放棄しているが、じっくりと読むと時代背景などまで色々と面白いことが分かってくるし、この時計の位置づけもはっきりしてくるであろう。
 当たり前かもしれないが改めて面白いと思ったのは、英国の世界単独覇権に必要不可欠であったのは間違いなく船が安全かつ正確に航行するために正確に時を刻む時計「マリンクロノメーター」であった。そして英国の世界覇権が米国に移る40〜50年ほど前に、米国では国内の急速な発展の一要因として交通、特に鉄道の発展があり、事故をおこさず正確に運行するために「レイルロードグレイド」が出来た。
 そのころ一方、欧州では従来デテント脱進機を装備したものをクロノメーターとしていたが、トマス・マッジの発明したレバ−脱進機でも正確なモノはクロノメーターとすることとなり、ニューシャテル・ブサンソン・ジュネーブ天文台の話が出てきて、それはいつか天文台コンテストとなっていくわけである。そして時代は懐中から腕へと・・・
 ちなみにJLCのGeophysicは天文台クロノメーターであり、歴史上はこのような繋がりがあるのだ。なお現在のCOSCについては、あまり語る意味は無いと思われる。

・Inside
 この年代のモノはたいてい綺麗な彫り物がブリッジやバランスコックにあるのが普通であるが、これは全く簡素である。軍用と思われる機械であり、ブリッジに大きな丸い彫り痕が有るがおそらくブロードアローがあったのではないか?ということである。しかし状態は非常に良く、全く美しい。なにより目を奪われるのはもちろんド迫力の脱進器周りである。巨大なバイメタル切りテンプ・ゴールドのチラネジ、2対のプラチナミーンタイムスクリュー、そして青提灯ヒゲにフリースプラング(Dove-Tail Type)、これ以上考えられないほど豪華絢爛である。巨大なテンワがゆったりと回転し、スプリングデテントで秒針がステップしながら脱進するのは、ヘリカルスプリングの動きとともになんともいえない味わいがある。振動数はスーパーロービートな2.5振動で、約0.4秒の間完全にガンギ車はストップしているので、クラブトゥースではない独特の形状が良く分かる。なおとても大きな良い音がするが、音が大きすぎて時限爆弾を持ち歩いているかのようである。
 このような1840年頃の鎖引き懐中は、モノメタルチラ無しテンプが一般的であるが、これはいかにもクロノメーターだ。もちろん機械は鎖引き(Fusee)で、これは古のコンスタントフォース機構でありIsochronism調整がなされているものである。
 ここでIsochronismについて簡単に。一般的にブレゲヒゲが採用されている時計はIsochronism調整がされている、などと言われるが、この刻印がある時計の本質的な意味は、主ぜんまいがフル巻上げとほどけた状態とで、精度変化が小さいように調整されていることを示す。
 一般的にブレゲヒゲの場合は、テンワの運動の際、天真に側圧がかからないため巻上げがほどけてくると当然振り角が落ちるが、空気抵抗や天真受けの抵抗は低減される方向へと働き、結果進みがちになる。対して平ヒゲは天真に側圧がかかる(ものが多い・・・ヒゲ持ち付近のヒゲ外端の形状を工夫することにより味付けが異なるそうである)ので、振り角が落ちると側圧による抵抗が支配的となり、遅れ方向となる。これは当然主ぜんまいの発生するトルク変動に起因するものであり、このトルク変動を一定に保つよう、古来から時計士たちは様々な方法を考えた。その一つがFuseeである。原理は単純で、テーパーのついたFuseeホイールに鎖を巻きつけて香箱を回転させる。香箱の回転トルクの落ち方に合わせてテーパーがついているので、この張力が落ちても鎖の巻きつく位置が変化し、半径が大きくなるので、結果トルクが上がる。すなわち主ぜんまいのトルクの下がりを打ち消しているわけで、すなわちこれこそコンスタントフォース機構であるのだ。なおそのほかの機構は、FPJで有名なルモントワール、巻き止まり機構などの簡易的な方法(擬似的であるが)、などがある。スプリングデテントは良く止まる、と聞くがこの機械はとても元気よく動き、鎖がほどけきるまで止まらない。なおスタートは多少揺すってやる必要がある。精度については平置きなら一日10秒以内、縦姿勢のみだとこれが数十秒に拡大するが、日常使いするのに全く問題ない(とても使おうとは思わないが)。

・Outside
 さてそれではようやく外観について書こう。ダイヤルは陶製で、黒いローマ数字に青スペード針、スモセコサークルは大きく、強烈に端正である。懐中のダイヤルデザインはこのローマン、青スペード針にとどめをさすのではないか?と個人的には思っている。ダイヤルにチップは無く、ヘアラインがあるが目立たず全体的に程度は良い。もちろん鍵巻き鍵セット(KWKS)。
 ケースについて。これは一番残念な点であるが、リケースである。しかしこの機械のためにあつらえたことは想像に難くない。なぜならあまりにぴっちりと径が合っているし、鍵巻きの穴もセンターにどんぴしゃ合っているからだ。なお銀ケースであるがスターリングシルバーでもない。へこみやキズは皆無である。
 産業革命以降イギリスに勢いがある時期はもちろん18世紀後半から19世紀初期であるが、その黄金期に作られた鎖引き懐中はどれも非常に手がかかっている。
 DENTはロンドンに居を置いていた工房であり、Big Benのマニュファクチュールとしても有名である。同社はロイヤルワラントを持っており、19世紀末には他のイギリス工房と同じく鎖引きを捨て、3/4プレートのイングリッシュレバーを作るが、相変わらず素晴らしい作りである。

・Summary
 機能としてはTime OnlyながらTime Keepingのために当時やれるべきことを全てやった時計。そして165年経った今も、当時と同じく正確に時を刻む。この行為は果てしなくエターナルであって欲しいものである。

05.Nov.2005