<HENTSCHEL H1>

To design a real timeless watch is the sum of hundred details and none is unimportant.
My aim is the production of a three-dimensional sculpture for the wrist.
The dial, the hands, the case, and of course, the movement.
日本鶏友会 by Mr. Andreas Hentschel

ムーブメント
AS1130 5振動 手巻き
サイズ
36.5mm
材質
WG
ダイヤル
シルバー
バンド
純正
その他
オーダーメイドです

「HENTSCHEL HAMBURG Ref. H1-W-kl-01 」〜解脱時計?〜

・Introduction
 ごく一部の熱狂的な時計マニアの間でだけ有名な、独逸・ハンブルグのHentschelである。日本で最初にオーダーされたのは高名な時計ファンのT師で、まずはその端正な、まじめな、手作りの時計に衝撃を受けた。Web上で見てもそうだったのだが、現物はさらに素晴らしいものであった。
 その後続いて、友人でもあるa師が工房へ直接出向いて話をされた上でH1をオーダーしたと聞いて、とてつもなく羨ましくなった。出来上がった時計は全く師の好みどおりで、センスの良い同師ならではの端正なその姿に、完全にまいってしまった。これが新品で、ハンドメイドで今現在、手に入ると言うのは奇跡だと思った。そして私にもその機会が訪れた。息子が生まれたのである。
 アニヴァーサリーとしてこれほど素晴らしい時計は無いではないか!

・Inside
 機械をじっくりと見てみよう。
 いわずと知れたAnton Schildの1130である。13リーニュ、スモセコ輪列、5振動。テンワはチラつきをセレクト。AS1130はポピュラーなようなマイナーなような、微妙なポジションであるがGPなどに多く積まれていた。自動巻きはなんとJLCにも積まれた(AS1906)ことのある、スイスでは大手のエボーシュメーカーであった。ASはアラームムーブも有名であり、かなりたくさんの種類の機械をこの世に出している。そのなかでAS1130は同社でもベーシックな手巻き三針機で、30年間ほど製造された可能性があり、ブリッジのバリエーションも調べた限りでは4種類ある。15石および17石があり、初期の15石のものは耐振装置が無いものであった。その後17石になり耐振装置が付く。Hentschelさんのサイトで多く見られる直線的なカットのブリッジのものが一般的だ。対して私のオーダーしたモノは、GPに出していたタイプのブリッジのものである(GP27)。
 機械のレイアウトは全く一般的な2番がセンターにある普遍的なものであるが、特筆すべきはテンワの大きさだ。2番のアーバーぎりぎりまでチラネジが来ており、これ以上大きくするにはZenithの135のように2番をオフセットするか、懐中時代のように出テンプにするしかない。テンワを大きくして慣性モーメントを増大させることはロービートの機械で精度を出すには必然であり、極めて素性が良い。 
 またガンギの受けが別パーツで、シャトンの一種とでもいえるようなモノとなっている。私は、見た目重視の誘惑に勝てずにスワンネックを注文した。これが後付けとは思えないほどしっくりとハマっており、緩急針受けの微調整側はスワンネック用に若干短く成形されている。
 ネジは全て手焼きのブルースチールだ。角穴車のネジなどはかなり大きいため、青が映える。ロジウムコートされてストライプ仕上げされたブリッジ上にたくさんの青ネジとルビーの赤、このコントラストがなんとも言えず美しい。ストライプのピッチは比較的細く、なかなか高級ムーブに見える。なお地板はテンワ周りしか見えないが、全面ペルラージュ仕上げだ。日の裏側は当然見えないが、こちらもペルラージュ。
 脱進機周りの話に移ろう。この機械のバランススプリングは平ヒゲである。が、私は最近オーバーコイルにだんだんとこだわりがなくなってきた。なぜならブレゲヒゲはIsochronism調整において理想的であるが、ブレゲヒゲを捨て去って平ヒゲで精度を出すことは機械メーカーにとって挑戦であり、これに成功したもののみ薄型機械を世に出しえたのである。誤解を恐れずに言うが、パテックはあきらかに自動巻きを薄くすることが出来ず、60年代後半にJLC920を買うことになったのだと信じている。その頃、平ヒゲの薄型機械の製品化に成功したのはJLCとFP(21)くらいではなかろうか?なおAPとVCの薄型機械はいずれもJLC803ベースである。そんなわけでFP21や803、849、920は、平ヒゲであることこそ技術力の証。オーバーコイルであったらあそこまで薄くならない。特に自動巻きについてはPatekの240のように片方向自動巻きマイクロローターとか中途半端なものになってしまうと言うことか?
話が大きく逸れたが、そんなわけで当時平ヒゲの機械を量産していることは、ある意味技術力があることと同義、かもしれないわけである。(いささか詭弁?)
 最近の平ヒゲは緩急針の調整範囲が段付きで外側に離れているものが多いが、この機械のヒゲ持ち近くの外端は、きれいな螺旋形を描きながらそのままヒゲ持ちに至っている。この辺が実にオールドストックムーブメントであることを感じさせる。
 総じてこの機械は非常に気に入っている。そのジュネーブストライプを光にかざすと機械仕上げではありえない微妙なムラがあるのだ。ペルラージュも、グラスヒュッテサンバースト仕上げの角穴車も同様で、なんとも言葉にするのが難しい温かみがある。

・0utside
 ガワはどうであろうか?
 端的に言うと、「これはガワ時計である」と言ってもおかしくは無いほどの出来である。中も外も凄いのだ。Hentschelさんについては、前述のa師も「ケースヲタ」と呼んでいるほどであり。随所にこだわりが見られる。
 ケースはなんとスリーピースである。ケースバックはいわゆるスナップバックだが、36.5mmモデルは防水性も担保されている。グラスバックであり、またこのガラス面とムーブメントが非常に接近していること甚だしい。このケースバックは本体とは段がついており、このようなはまり方をする時計は希有であろう。またさらに私は過去何度か書いているが、なによりH1は細いラグが素晴らしい。なんというか、これほど繊細なラグは見たことが無い。普段無骨なレベルソばかり見慣れているせいかも知れないが、これに比肩する量産時計は思いつかない。ベゼルは薄く(狭く)、すっきりとした文字盤が非常に伸びやかに見える。とにかくこのケースは恐ろしいほど考えられている。材質はホワイトゴールドでパラジウムメッキされており、全てポリッシュ仕上げだ。ヘアラインとポリッシュ面の組み合わせを巧みに用いて繊細さや立体感を出すのに成功した時計は数多いが、この時計はケースそのものの形が非常に美しく完成されているため、そのような処理はなくてまさしく正解だと思う。
 この時計が特別なものであることを示すのが、息子の名前と誕生日を彫ってもらった事だ。シリアルは無理を言って彫ってもらった「SPECIAL MASTERPIECE No.1」である。さらに凄いのは、息子の誕生日がなんとAndreas師と同じなのである。息子にこの時計が手渡されるのは、もはや運命なのだ!
 ケース径については、34.5mmか36.5mmか最後まで悩んだ。私の腕には34.5mmのほうが納まりが良いのだが、まず第一にこれは息子の時計である。大きく育って欲しいと言う意味から大きいほうを選択したのだが、他にも理由がある。長くて伸びやかなリーフハンド、薄いベゼルと広々とすっきりしたダイヤルデザインを生かすには、この直径が絶妙だと思ったのだ。
 デザインに話が及んだので。
 Andreas師は、若輩の私が言うのもなんであるが非常に時計の古典デザインに精通していることは間違いない。その中で師の趣味がまさにこのデザインなのだ。36.5mm系のデザインは、アラビア数字が小さめで外周のレールロードが細く一周している。すっきりとしていて爽快なデザインである。
 私が「Andreasさんはわかってるなあ!」と思ったのは、分針の外端が、レールロードの外周線にぴったり届いていることだ。このデザインはこれしかない。絶対に拘っていると思う。そしてミニッツに比べ若干マッシヴなアワーハンド。長さ・細さも含めたこのハンドのバランス、これしかない。針はWG製で、台座に針をくっつけて磨いて先端を曲げてある、手間のかかったものだ。針の厚さも太い部分と先端では微妙に違っていて、とにかく立体的なのだ。私は彫像のようだと思った。痺れる出来である。さらにはスモセコハンド。これは「極力細いものを」とリクエストした結果であり、ものすごく繊細であり、ダイヤルが広い分、さらにそう感じる。とても綺麗なブルースチールで、昔の懐中用と思われるデッドストック針であり、全く見飽きることが無い。さらにこちらも長さが全く絶妙で、スモセコサークルの外端ぴったりなのだ!とにかく私は針の長さというものはデザイン上、極めて重要であると常々感じている。
 ダイヤルは銀製で、ブラストしてラッカー仕上げと思われる。針がWG、ダイヤルもシルバーなので注文時は時間を読みにくいかな?と思ったのだが、色のトーンも違うしピカピカにポリッシュされたハンドと梨地面とのコントラスト差から、むしろ非常に見やすい時計である。デザインはこれで完成してしまっているのでもはや手の入れところが無い。文字盤の平滑性(しかも外周近くは湾曲して、一見それとは気づかないほどのボンベ形状になっているのだ!)、仕上げ、塗りの塗料の盛り上がりなども素晴らしい。
 もう一つこの時計のガワで書いておきたいのは、風防である。なんの文句も無い全く絶妙なアールを描く、本当に美しい風防だ。これ以上の形状は、この時計には有り得ない。
 とにかくこの時計は全く見飽きることが無い。ソリッドバックをあえて選択するのも十分にアリだろう。

・Summary
 およそ誉めてばかりであるが、実際どこもけなしようが無い。唯一言えることは、オーダーであるが故なのだが納期がまる一年かかったことか。とはいってもこの出来を見れば何もいえないだろう。シンプリで5年とか8年とか、およそ信じられない納期から比べれば大分マシか。いや、時計士であるAndreas氏とのメールのやり取りの楽しさや期待感、高揚感などをその期間楽しめるのだから、これは長くても良いのである。
 改めて、この時計はなにか吹っ切れたものを感じる、私にとっての解脱時計である。ただオーダー主の満足のためだけに生み出された時計であり、世間の評価とか名声とか、そんなものを超越したところにこの時計は位置する・・・なんて大げさだが。値段的にもそれほどでもなく、誰も知らない手巻き三針。自分のオーダーした仕様のとおり、好みの姿で手元に来た時計。しかも、名前が彫ってあって転売なんて考えられない。しかし所有することの満足度は究極。何にも気を遣わず、人目を気にすることも無く、自然体で着けられる時計。なぜなら誰にも威張れないし自慢できないから。なんて力の抜けた時計であろう。実際に腕にすると本当に幸せを感じる。
 これは、総じて非常に深いものを感じる時計だ。「深い」の意味は、Andreas師の思いが深いのであり、それは先ほど一例を挙げたようにハンドの長さだったりラグだったりスリーピースのケースだったりするわけだが、駆け出しの時計好きである私がまだまだ気がついていない凄さがあると思うのだ。きっとそれは、時計に詳しくなればなるほどその段階でまた新たな視点からこの時計の凄さに気づき、なお愛着がわき続けるというものだと思う。多分一生、この時計の凄さを分かりきることは無いと思うが。
 また私にとってこの時計は、(イギリス懐中をのぞけば)マスプロダクトではない、初めての時計である。使ってみると、何とも言葉では表現のしようがない違いが感じられる。
 Andreas師はWeb上で、「エンスージアストのための日常使い時計」とHシリーズを表現している。私がエンスーであるかどうかは?であるが、全く狙い通りの時計に仕上がっていると思う。エンスーは日常使いにとっておきではなく、いつ見ても満足感を得られるシンプルな時計を使うものだ。これはその期待に十分以上に応えられるものを持つ、稀有な時計である。
 同師が、このH1を「今まで作った中でも非常に気に入っている一本」と言ってくれたのがまた嬉しい。彼の好みド真ん中でもあるのだろう。

<さらに追記>
 最初オーダーするときには高級ムーブを入れてもらいたいと思ったが、Hentschel Watchは汎用ムーブを「Hentscelさんが手間かけて美しく仕上げ、調整してくれる」ことにこそ意味があるような気がしている。デッドストックの機械を見つけて、それをワンオフで好みに仕立ててくれる、というのが正しい楽しみ方か。FP21の2針を34.5mmで仕上げてもらう、なんてのも捨てがたいが。

番外:この時計をオーダーしようと思うまで

 ここ2〜3年のJLC一辺倒の流れとうってかわって・・・
今回のH1は長男誕生アニヴァーサリーウォッチということだが、候補に挙がったのは以下の三つ。
・ マサズパスタイムの0型懐中改腕時計
・ Benzinger Unitas改スモセコ三針
・ Hentschel H1
どれも素晴らしいものだ(マニアックなものばかりだが)。
 マサズさんとこのは、オリジナルのシルバーケースに0型懐中を入れたもので、防水性も確保しているし、良き時代の機械をセレクトして眺められる。しかも日常使いできる(耐振装置が無いのはいたしかたなし)というのは、時計ヲタが追求する理想の腕時計の具現の一つであろう。しかし、生誕記念としてガワは新しいものの100年前の機械のものを選ぶのはイカガナモノかと思ったわけだ。逆にこれを選ばない理由はそれくらいしかない。
 次にBenzingerだが、身の回りにこんなものを持っている人は到底おらず(日本にあるのか?)、現物は確認できず。ま、ドンブリみたいな感じだがここは時計屋と言うよりエンジンターンドエングレービング屋さんであるから、彫は強烈。私はスケルトナイズドユニタスを候補にしていた。ケースはフォルツハイム製で多分ドーンブリュートと一緒。ダイヤルは当然自製であろう。針は外注だろうがメーカー不明。Webの写真やTZの記事を見るにクォリティは高そう。希少なことは間違いないし、かなりワガママも聞いてもらえそう。値段も十分に安いと思うが、あとはユニタスであることをどう評価するか。やっぱりなんといってもデカイ。それとこの機械、O/Hの度に各種車を交換することを前提とした最近の量産ETAの性質がどこまで入っているか素人ゆえ分からない、というところがある。逆にパーツの供給は潤沢、というメリットもあると思うが、とは言えマサズさんとこの100年前の機械と比べれば、そりゃ分解掃除と注油だけで100年使われてきたものほどの耐久性は到底望めないのが正直なところではないだろうか?
 そこで、Hentschel。ここで採用している機械は基本的に30年代〜70年代のデッドストックだ。懐中時代ほどではないにせよ、まだじゃんじゃんパーツ交換して使うべし、な時代になっていないものだろう。しかもパーツそのものはHentschelさんかなりストックしてあるとのことで、将来的にもソコソコ安心。Benzingerでは付いているチラネジとスワンネック(やっぱりこだわりたいのが本音)も、オーダーすればやってくれる。しかも標準のAS1130は13リーニュの手巻きスモセコと基本的なスペックは全く不満が無い上、仕上げも好みで。値段については、最近の値上げ攻勢にあっているスイス製のものを当たり前とするならば信じられない設定(モノとして、個人的には少なくとも2倍はするだろう、と)。ま、そこがブランド(メーカー)の力かもしれないが。H1はやりたい放題の仕様でオーダーしたが、非常にリーズナブルであった。
 機械がOldと言う点ではマサズオリジナルとどう違うのか?と聞かれれば厳密には答えにくいが、マサズさんのは100年使われてきた機械を十分に整備したもの、Hentschelさんのはデッドストックを注文を受けたあとに仕上げたもの、という違いだろう。よって前者はOldムーブメントの魅力を最大限伝える時計、後者は今、世に出た時計、という感じで、やはり新生児にはH1かな、と。
 機械はHentschelさんのオススメ(非常に安定しているし精度も出る、定評のある機械とのこと)どおりAS1130。40年くらい前までは当たり前のようにあった、13リーニュのスモセコ手巻き、チラネジ、スワンネックつきなんて今やどこのメーカーでも作っていない。もし作ればかなり人気でそうなのに、なぜ手を出さないのか不思議でならないが、無いものは無い。無いんならオーダーしかない。

 なお、私はドイツ語が全く出来ないのでやりとりは基本的に英語(自己嫌悪するくらいプアだが)で、非常にゆっくりと進む。師は、主に平日はビンテージの修理をしており週末にオリジナル時計を作っているということで、メールは週末に来ることが多い。
 文面はまじめな同師の性格が伝わってくるもので、非常にジェントル。懐中時代に時計をオーダーするのもこんな感覚だったのかな?などと思いながら、とにかく楽しい一年であった。

10.Dec.2005
13.Jun.2006 一部改訂